372:魂の牢獄
ルーイーに先導されて屋敷に入ると、スールーズの男性が三名、玄関ホールで門番のように武装して立っていた。いったい何を見たのやら、みな緊張した顔で背筋を強張らせ、落ち着きなく周囲を警戒している。
彼らの傍らには呪符らしきものが描かれた敷布に香炉が置かれていた。焚かれている香は広がる淡い煙が青白く明滅している。よく知らんけど、何がしかの呪いなんだろう。
「……これは、屋敷の所有者だったミードとやらが出たかのう?」
小声でいうミルリルに、俺は無言のまま頷く。それにしては、生前の彼に恩義を感じ敬服していたはずのスールーズたちが妙に怯えているのが不可解だった。事情を聞こうとはしているのだけれども、ルーイーもスールーズの男性陣も、こちらと目を合わせようともしない。
「吶喊の連中は」
「……み、みな、三階の、書斎に」
スールーズのひとりが指差す上階で、廊下からの灯りが漏れているのが見えた。屋敷のなかはしんと静まり返って、声も物音も伝わってはこない。
「ありがとう。こいつらを頼めるかな」
「あ、ああ。だが、イエルドだけは、連れて、来いと」
「了解」
イエルドの雇った瀕死の傭兵たちを玄関ホールに残し、イエルドだけを連れて階段を上がる。床や絨毯に血が落ちそうなので太腿を着衣で縛った。血流が止まるかもしれんが、元は殺すつもりだった相手だ。壊死しようが知ったこっちゃない。失血と低体温でイエルドの動きは鈍い。何度か膝がカクリと砕けて転びそうになったが、その度に引きずり起こして歩かせる。
ひどく怯えた様子で足を止めるところを見ると、イエルドは何かを――おそらくは上階で待ち受けているものが何なのかを――知ってるようだ。俺は襟首をつかみ、無理やりに階段を上らせる。
書斎がどこかは知らなかったが、三階の廊下まで来ると迷うことはなかった。灯りが漏れている部屋はひとつしかない。開いていた扉をノックしてなかに入る。日本人の感覚では二十畳ほどはある書斎は窓際に大きな執務机が置かれ、壁には作り付けの本棚が一面に組まれていた。その部屋の隅に吶喊の五人とスールーズの三人が壁際で身構えている。武器こそ抜いていないが、緊張感は倒すべき敵を前にしたときのものだ。
室内に何かいるのかと見渡してみても、それらしきものは見当たらないのだが。
「お待たせ」
首根っこをつかんで歩かせてきたイエルドを床に放り出す。絨毯の敷いていない部分なので多少は血が流れたところでどうにかなるだろ。
「……それで、どうした。ミードの霊とは会えたのか」
転がって呻いていたイエルドが顔を上げて周囲をキョロキョロと見渡す。
「……ミー、……ド、……だと? どこに、……どこにある!」
「“いる”、ではなく。“ある”か」
ルーイーが冷え切った声で吐き捨て、イエルドを見据える。その目に浮かんでいる感情は怒りや憎しみじゃない。摘出された寄生虫でも見るような、静かな忌避。
「やはり、ミード様を、手に掛けたの、お前か」
“そうじゃねえよ、ルーイー”
声が聞こえた。そしてふわりと、ルーイーの髪がなびく。誰かが触れたかのように。部屋のなかの全員が、ビクリと身体を震わす。
“こいつは、お宝のありかを聞きたがってんのさ”
俺とミルリルはキョロキョロと声の主を探し、ルーイーの視線を辿って天井を見上げた。
「……む?」
「お……おい、なんじゃこりゃ」
どこか宗教画めいた装飾が施された天井は、一枚の巨大な風景画のようになっていた。光が降り注ぎ天子が降臨するというような意匠になっているその絵画の中心、まさに天子に当たる人物像のところに……
“あんたらも、えらい迷惑掛けて、すまねえな”
えらく恥ずかしそうな顔で禿げた頭を掻く、中年男性の姿がぼんやりと浮かび上がっていた。




