371:前言撤回
公開予定時期を過ぎたので、サイモン編は消去しました。
ウソですけど。下記にまとめました。
https://ncode.syosetu.com/n7289fn/
駆けてきたルーイーは俺の前に平伏する。
「待ちッ、魔……イエ、ドッ、身、を……我らに、どうか!」
「落ち着け」
息切れと片言でよくわからんけど、たぶんイエルドの身柄引き渡しを頼んでいるのだろう。襲撃者たち殺したら嬉しい、みたいなこといってた気がするんだけどな。
「お、話は……屋敷、にッ!」
ティグたちのところで、何かあったのかな。渡してよいかと小首を傾げるミルリルに、俺は目顔で同意する。
「うむ、引き渡すのは構わんぞ」
あら、えらいあっさり。
「なんとなく、そんなことになるような気がしておったからのう」
「では、こいつは、我々、が……」
「ルゥ、イイイィ……ッ!」
涙と鼻水と涎と冷や汗をドバドバと垂れ流しながら雪原を転げ回っていたイエルドは、現れたルーイーに怒りと憎しみと殺意を撒き散らす。無事な方の脚で飛び掛かろうとして魔術短杖でぶん殴られ、さらに血と歯も撒き散らす。イエルド、撒き散らしすぎ。
「半獣の、ぶ、分際で、よくもッ」
スールーズは辺境で暮らすワイルドな少数民族ではあるものの、半獣でもなんでもなく普通に人間のようなんだが。なんとなく、差別意識を示し罵倒したいだけの文言という気がする。
「貴様、ミード様、ウォーレ様の仇。ただで、済むと、思うな」
現状ただで済んではいないが、たぶんこれから更なる“話し合い”を重ねることになるんだろうな。
「なあルーイー、よくわかんないんだけど、こいつ屋敷を襲って何をする気だったんだ? 邪法でも使ってミード・ハイベルンの声でも聞くのか?」
「だま、れッ! 魔王……の、糧に、……など、すッ」
失血が激しすぎたのか、イエルドは息を呑んで震え始めた。
「……ッ、か」
グリンと白目を剥いて仰向けに倒れる。一瞬、死んだかと思ったが胸は動いているし白い息も漏れている。
「気を失っただけじゃの。早く屋敷まで運ぶのじゃ」
ルーイーが頭を下げつつ周囲を見渡し、イエルドの部下たちも死んでいないのに気付いて怪訝そうな顔になる。
「なぜ、生かして?」
「それは……あれじゃ。わらわたちにとって、この程度の小者は脆弱過ぎて殺すに値せんからじゃの。まったくもって、“脅威”と呼ぶのもおこがましい弱兵であったわ」
ミルリルさん鷹揚に頷くけれども、いま思い付いた感じの建前である。
とりあえずそれで納得したのかそれどころではない何かが起きているのか、ルーイーとお仲間のスールーズたちは手分けしてイエルドと部下たちを屋敷に運ぶ。襲撃者たちもいまはまだ生きているものの、膝を撃たれて身動きできず、着衣も剥いているので小一時間で失血死もしくは凍死する。
「予備に何人か生かしておれば十分だったかもしれんの」
「かもしれんけど、いまさらですな」
ちなみに俺が襲撃者を殺さなかったのは、単にミルリルの射撃で意図を察したからに過ぎない。そもそも俺の射撃の腕では、殺すより生かして無力化の方が遥かに難しいのだ。そしてミルリルは……
「幽霊話の終着点に、興味があってのう」
「だろうと思った。それは俺もだよ」
一次情報が手に入るなら、それに越したことはない。黒幕と思われるイエルドを殺してしまえば、得られるものは伝聞と推測しかなくなるのだから。
「それはわかるけど、だったら最初から吶喊やらスールーズの連中にも伝えておけば良かったんじゃない?」
「あのときは、“殲滅の魔王”の役割を期待されておる感じだったからのう。こちらに被害が出るようなら話は別じゃが、そう急ぐこともあるまいと思い直したんじゃ」
要は、あんま先のこと考えてなかったのね。俺もだけど。どんな敵かもわからんでは判断もつかんし、体裁として引き受けておけば殺すも殺さんも現場の判断で、どうにでもなるだろと。
なんか俺たち、他人との協調とか考えなくなってきてるな。
だが今回についていえば、結果的にそれが奏功したのだ。屋敷の扉を開けて、俺はすぐにそれを思い知った。




