370:闇夜の澱
19時の自動更新忘れてた…
ミルリルが指す先に、炎は見える。射手が火矢を番えていることもわかるのだが、それを射撃で止めるには俺の視力(と射撃能力)では心許ない。UZIを構えたミルリルより早く、エイノさんが射った矢が襲撃者の射手を掠める。それで動揺したのか、放たれた火矢は屋敷から大きく逸れて庭先に落ちる。射手は、まだひとりいる。最初の方も、すぐ番え直してくる。
「エイノさん、もう結構です」
「ターキフ、ミル、援護は?」
コロンの提案を、ミルリルは笑顔で断る。
「要らん。あいつは、魔王の敵じゃ。……わらわたちに楯突くには、いささか器が小さ過ぎるがの」
俺とミルリルがテラスに出ると、遠くでふたつ火が点った。再び火矢に着火されたのだろう。ミルリルがUZIを発射し、呆れ顔で振り返る。彼女の背後、遥か彼方で火矢が雪原にポロリと落ちて消えた。死んだか、少なくとも脅威としては排除したのだろう。いつものことながら、ずいぶんと呆気ない。
「あやつら、戦は素人じゃの。火矢を放つのに射手がふたりというのは論外じゃ。消されんだけの数を降り注がねば意味がない。首謀者は、本当に騎士か?」
「俺に訊かれても知らん。皇国軍の編成上で騎士がどういう扱いなのかもわからんしな。案外、閑職なのかもしれんぞ?」
「たしかに。皇国軍は騎乗ゴーレムやら魔導師が主力だったからのう」
ひょいと背中に乗って、彼女は耳元に囁く。
「まあ、良い。いざ魔王陛下の降臨じゃ♪」
この場合、御輿に乗ってお出ましになるのはミルリルさんの方なんじゃないですかね。魔王は王妃の馬の役なんですけど。
暗闇で視界が悪いので、衝突を避けて少し離れた位置に転移する。高さの目測を誤って空足を踏み、転がりそうになってアタフタと身体が泳いだ。どう見ても“降臨”という絵ヅラではない。
「ごめん」
小さく謝ると、ミルリルは笑って俺の背中を叩く。どんまい、って感じか。
カッコ悪い登場をごまかすために、ミルリルさんを従えてザクザクと雪を踏み締めて近付く。
「我が眷属の館に、何用か」
屋敷の方に注意を向けていた襲撃者たちは、予想外の方角からいきなり現れた俺たちに驚いて息を呑む。馬橇を遮蔽にして弓持ちの応急処置をしていたらしい盾持ち三人は一斉にこちらに向き直り、騎馬の槍持ちふたりは俺たちを囲むように距離を取って回り込もうと動き出す。止まったままなのは中央にいる騎馬の男だけだ。
こいつが首謀者、イエルドなんだろうな。露出している革鎧も羽織った外套も、他の男たちよりもカネが掛かっているようだ。動こうとしないのは、肝が据わっているのか事態に対処できていないだけか。こちらを見る目は、狡猾そうな光を放っている。
「魔王の前に、抵抗は無駄じゃ。いますぐ詫びて兵を引くなら命ばかりは助けてやっても良いがの」
「抜かせ、半獣がッ!」
槍を振りかぶる動きは、それなりに鍛え上げられたものを感じないではなかった。その動きが合図だったか、盾持ちはこちらに突進してくる。背後でも、騎乗した槍持ちふたりの向かってくる音が聞こえていた。指揮系統はしっかりしていて、連携も取れてはいるのだろう。
「ッぐ」
「ぎゃ」
「あぁああッ‼︎」
UZIが淡々と炎を吐き、男たちを打ち倒す。ほんの数秒で、立っているのはイエルドただひとりになっていた。倒れた敵を見ると、全員が膝を砕かれていた。死にはしないのかもしれないが、痛みと苦しみは想像を絶する。誰もが患部を押さえ、悶絶しながら悲鳴を上げている。既に、抵抗どころではない。
「身の程を知らんのも、引き際を心得んのも、愚物の典型じゃの」
槍を振り上げたまま固まっていたイエルドが、いまさらながらにミルリル目掛けて叩き付けてくる。
「収納」
「……く、あッ⁉︎」
渾身の力で振る最中に重量物を奪われたイエルドは身体が泳いで前転するように馬から落ちた。俺はミルリルにアイコンタクトして、ゆっくりと接近する。主力武器の槍を奪ったとはいえ、帯剣しているのだから不意打ちの可能性はある。
「収納」
外套と皮鎧ごと武器と着衣を奪う。イエルドが身に着けているのは、上下つなぎになった……なんというか股引みたいな防寒下着だけだ。
「収納」
部下六人の武器と装備も奪う。人体は弾かれたので、動かなくなった部下たちもまだ息はあるのだろう。
「イエルド」
憎々しげにこちらを見る中年男。百八十センチ近い長身に屈強な体躯。商会乗っ取りを企むという話からイメージしていたのは狡猾なタイプだったが、見た感じは思っていたよりも武闘派だ。もう抵抗の術はないとはいえ、こちらの体格を見て侮ったのだろう。雪を蹴立てて突進してきた。直前に反応しかけたミルリルを手で制する。
「大丈夫」
距離は五メートルほどか。俺は収納から出したブローニング・ハイパワーで膝を撃つ。ミルリルのように上手くは行かず、初弾は外れ二発目は掠め、三発目でようやく止まった。うん、あんま大丈夫じゃなかったかも。
「あ、ああッ、くそがッ! あああぁッ!」
痛みと怒りと悔しさで転げ回りながらイエルドは雪原を拳で叩き続ける。
「これ以上わらわたちに抵抗するならば、次は逆側の膝じゃ」
「そして、その次は肘だ。たぶん、そのあたりで血が流れ過ぎて死ぬがな」
「ま、待って、魔王!」
ザクザクと雪を踏み締める音がして、ルーイーが走ってくるのが見えた。




