37:フライング・ワイバーン
「おう、ハイマン! 弾薬交換完了じゃ!」
「ええぞ! 銃身加熱はあらかた押さえた。まだまだ行けるぞ!」
わしらは機関銃座のなかで、新たな敵を待ち受ける。
開戦早々、王国軍の度肝を抜くような“爆発仕掛け罠”の洗礼で始まった。
度肝を抜かされたのは王国軍だけではない。ヨシュアから事前に聞かされ、対策を取っていたわしらですら、あれを間近で体験したときには一瞬、気を失いかけた。
城壁側からの合図で身を伏せ耳を塞ぎ、口を――耳の奥にある鼓膜やらいうもんが破れないように――開けておらんかったら、わしらも確実に気絶しておったな。
そっからはもう、ムチャクチャじゃ。丹精込めて整備した重機関銃を頼りに、必死んなって銃弾を撃ち続けるばかり。殺しても殺しても延々と押し寄せる騎兵やら歩兵やらを、手当たり次第に撃ち続けた。
幸いにも重機関銃はいっぺんも拗ねたり駄々をこねたりせず、着実に致死の鏃を敵兵に注ぎ込んでくれたが、それにも限度というものはある。銃はふたつの銃座に1丁ずつの重機関銃の他に、護衛の獣人が抱えている手持ち機関銃と、予備の連射式小銃だけじゃ。一騎当千とはいえ、万が相手では手数が足りん。
「RPKは、あんまり出番なしだな。護衛なんか要らなかったんじゃねえのか?」
獣人の若いのが笑っていう。ペルンといったか、逞しい肉体を持った人狼の青年で、危険な任務を買って出た勇敢な男じゃ。無理に余裕を見せてはおるが、手足は震えておる。
まあ、そんくらいは当然じゃ。わしらの銃座だけでも、押し寄せてきた敵兵は3百は下らん。
「アホなことを抜かすな。何度か危ないところもあったじゃろうが」
「おう、手持ち式の機械弓、あれは難物じゃ。ミルリルの嬢ちゃんに何度も警告されておらなんだら、危うく串刺しにされるところじゃ。あれは隙を見て回収せんといかんな」
決死の覚悟で忍び寄った軽歩兵が一斉に打ち出した短い鉄の矢は、いまも銃座の壁に突き刺さって先端から鈍い毒の色を滴らせている。おそらくは致死毒。鏃が掠めただけでお終いだったはずじゃ。
単純に数の暴力というのは何物にも代えられん強力な武器じゃ。幾重にも設置したトゲ付きの巻き鉄縄と馬防柵、陸走竜の甲殻がなければ、蹂躙されるのは時間の問題でしかなかった。
「大したもんじゃな。重機関銃は」
目に入る範囲に、敵兵の姿はない。狂ったように突撃を繰り返していた奴らも、ようやく後退して体勢を立て直しているようじゃ。負傷兵でもいれば回収に人手を割くのであろうが、幸か不幸か、機関銃に撃たれて生き延びられる者などおらん。
わしらの知っている戦争とは、ずいぶんと、違う。あまりの猛威に、敵も引き際がわからんのじゃ。
いま戦場は、静まり返っておる。長い戦のなかで、こういう時間は一番神経に堪える。
こういうとき、数に勝る敵は何かを企んで計画を進めているものだし、こちらはといえば逃げ隠れする場所も裏で企む余裕もないのだから。
「敵方に立って考えれば、ここは退くのが正解じゃが……」
「退けるもんかよ。指揮官は王国貴族だぞ」
わしの希望的観測を、ペルンがあっさりと一蹴する。
「わかってはおるが、聞きたくない話じゃな。利でなく面子の問題か。厄介じゃの」
「そりゃそうだろ。3万の兵を率いて100の亜人に蹴散らされました、じゃ帰還したところで吊るし首にされるのがオチだ。なにせ向こうからしたら、討伐どころか、亜人の首をひとつも上げてねえんだからよ」
「到底、受け入れられるもんではなかろうな。それどころか、半数の兵を喪っておきながら、なにが起きたのかも理解しておらんじゃろう」
装弾手として死地に付き合ってくれたカレッタとペルンに、わしは銃座の端に積まれていた包みを手渡す。
「戦闘というのは、優勢になってからが正念場じゃ。この隙に水を飲んで、飯を食うぞ」
「「応ッ」」
ヨシュアが持ち込んだ“えむあーるいー”と“かんづめ”と“ぺっとぼとる”じゃ。色も見た目も呼び名もけったいな代物だが、味はそう悪くない。
わしらは銃を傍らに警戒を続けながら、肉と穀物の混じった煮込みのようなものを、不可思議な材質の匙で掻き込む。
「手旗信号じゃな。……おう?」
城壁に目をやっていたカレッタが首を傾げ、含み笑いをした顔でわしらを見やる。
「どうしたカレッタ爺さん、おかしな顔して」
「エルフのやつら、有翼竜を墜としたらしいぞ?」
「ああ、そういや飛んできてたな。放射火炎も見えた。人死にが出ていなければいいが……それで、何匹やったんじゃ?」
「14、だそうじゃ」
「「はあ!?」」
「ミルリルの嬢ちゃんが復唱しておった。あれは、間違いなさそうじゃ。やつら、14のワイバーンをぶち殺しよったぞ」
「おいおい、あいつら、とんでもないことをしやがったな……」
それどころの話ではない。生涯にいっぺん、凄まじい幸運と卓越した技量、信じ難いほどのクソ度胸を持った者だけが(そして多くは耐え難いほどの犠牲と引き換えに)成し遂げる奇跡、それが龍殺しなんじゃが。
「7人で14のワイバーン? それはなんの冗談じゃ」
「わしにいわれても知らん。それで、晩飯はワイバーンの……カラアゲ? とやらが出るらしいから、楽しみにしておけといっておる」
「喰うのか、ワイバーンを!? それに、カラアゲ? なんじゃ、それは」
「だから、知らんというに。楽しみにしておけというくらいじゃ、美味いもんなんじゃろう」
◇ ◇
わずかに後退してこちらの隙を窺っていた王国軍も、日暮れを待って、ようやく完全に兵を退いた。
とはいえ、平野の端まで下がっただけで、戦意はまだ残っているようだ。末端の兵にまでそれが残っているのかは疑問だが。
「お待たせ~ッ!」
俺は渓谷の入り口まで転移で飛んで、機関銃座のドワーフと護衛の獣人たちを回収してきた。もちろん機関銃やアサルトライフルも弾薬ごと収納してきている。王国軍兵士が入っても盗まれる物は残していないが、もし侵入されたらわかるように、いくつかトラップは仕掛けておいた。
明日の朝にもう一度ドワーフたちを機関銃座に送り込むかどうかは未定。なんにしろ、戦況を確認してからになる。
「おお、おつかれさん、爺さんたち大戦果だったな。何人倒した? 5百か? 千か?」
「100から先は数えてられんかったわ。後から後から湧いてくるのを、叩くのだけで精いっぱいじゃ」
まあ、上から見た限りでも、千以下ってことはないな。夜の間にいっぺん死体を収納しないと、銃座の前に遮蔽が出来て射撃の妨げになる。いまは死体でトラップを隠しているので放置しているが、このままでは衛生的にも良くない。
「ヨシュアー、お肉捌いたわよー」
「ありがとうございま-す。じゃあ、こいつをまぶしてください」
女性陣が切り分けた肉を、俺が考えたレシピで下拵えする。
有翼竜は鶏肉に味が似てると聞いて、唐揚げが食べたいと思った俺は、こっちに似たものがないか尋ねてみたのだ。亜人に限らずこの辺りの文化では揚げ物自体あまり馴染みがないとかで、当然ながら唐揚げも通じず、俺がでっちあげることにした。ニンニクの代わりに精が付くという香草を混ぜて塩で味を付け、小麦粉とトウモロコシ粉と卵を混ぜたものを衣にしてみた。
有翼竜の巨体からすると肉を全部揚げるのは無理なので、最も美味しそうな2体だけ、それもいちばん美味しそうな部位を中心に食べようということになった。もちろんチョイスは俺にはわからないので、食肉の選定に詳しそうな獣人女性陣にお願いした。
残った肉は、傷む前に塩漬けや干し肉にするらしい。有翼竜ベーコンとか、有翼竜ジャーキーか。それはそれで、胸が高鳴るな。
「なあ、ケーミッヒ。エルフなら知ってるかと思うんだけど、有翼竜って、美味いのか?」
「知らんな。こんなもん食ったことがある奴なんて、聞いたこともない」
それはそうかもしれない。なにせ、倒せないんだから。あれこれ話を聞くうちに、エルフの長老が文献で読んだという話を、小耳に挟んだことがあるとかないとか。又聞きの又聞きである。意外なことに、ドワーフのなかに文献そのものを読んだというやつがいた。というか、まさかのハイマン爺さんである。
あら、脳筋タイプと思ったら、案外インテリ?
「竜種のなかでも有翼竜は空を飛ぶから、身に脂が薄いらしくての。パサパサしてて美味くないという記述もあったし、別の文献では、肉が臭いという話もあった。ただ、人間側の文献では否定的な内容が多かった気はするのう。もしかしたら、おかしな考えを持たせて竜騎兵の戦力を削がれないようにしていたという面があるのではないか?」
絶対に不味いから間違っても殺して喰ったりすんなよってか。うん、ありそう。
ともあれ、大鍋ふたつになみなみと注いだ油(サイモンから調達した食品のなかにあった、たぶんコーン油)で、有翼竜唐揚げにチャレンジする。
「「「「おおおぉお……」」」」
じゅわーっと、揚がってゆく音と立ち上る香りに、周囲の皆さんがどよめきを上げる。
思ったよりずっと美味そう。唐揚げというよりもフリッターな感じだけど。
「付け合せにイモも揚げようか。ミルリル、こうやって切ってくれる?」
「イモを、油に? 面白いことを考えるのう? これはヨシュアの故郷の料理なのか?」
「そうだね。俺の国の料理、ではないんだけど、俺の国で、すごく人気のあった料理だよ」
竈を増やして大鍋を追加して、流れ作業で揚げまくる。どんどん積み上げられてゆく膨大な量の唐揚げとフライドポテト。涎を垂れ流しながら我慢している獣人ボーイズ&ガールズが不憫なので、途中で取り分けて食べ始めることになった。調理担当の女性陣には別途なにかお礼をしないとな。
「ねえ、ヨシュア、いい? もう食べて、いい?」
「いいぞー、熱いから気をつけてなー」
「「「「「わーい、いただきまーす」」」」」
「あ、獣人の子たちも、いただきますっていうんだ……」
「おわ熱ちぃ!」
「君ら、ひとの話を聞きなさいよ。熱いから、ふーふーしなさい、ふーふー」
ふと横を見るとミルリルが唐揚げを口に入れて熱かったのかハフハフしながら涙目でこちらを見る。あなたも、ふーふーしなさい。……って、いわんといかんのか。
揚げ鍋の前で、俺も小さなひと切れを齧ってみる。カリッと歯応えの良い衣のなかから、肉汁がジュワッと溢れ出した。変なクセも臭いもなく、ジビエのような濃厚な旨味とハーブチキンに似た複雑な風味を感じる。
「うむ、美味いぞ、ヨシュア! これは、素晴らしく美味いのじゃ!」
「うん。臭みは、全然ないな。これは新鮮だからか?」
「飼われていたから、というのもあるかもしれんのう? 野生の獣や魔獣でも、死肉喰らいや雑食のものは肉が臭くなることがあるんじゃ」
肥育していたわけでもないんだろうけど、良いエサ食べてたから肉が美味しくなったと。ふむ。
ドワーフたちが、ドラゴン系の肉は精力と魔力が付くとか話しているが、それは実感としてはわからん。ただ、単純に美味いということはハッキリした。肉質はムッチムチかつジューシーで、パサパサなんて全然してない。……けど鶏胸肉みたいなもんだとしたら、冷めたときにはパサつくのかもな。
「実に美味いのう……敵の騎獣を屠るのみならず、これほどの逸品に仕上げるとは、さすがヨシュアじゃ」
「喜んでもらえて光栄だけど、これは狩ってきてくれたエルフのみんなにお礼をいわないとね」
エルフの皆さん、ハフハフしてますが、嬉しそう。美味いですか。それはよかった。
なんだろな、俺この世界に来て初めて、何かを作ったような気がする。召喚されてからずーっと、逃げて壊して殺して奪って、その先で、いまようやく、何かを作ることが出来たんじゃないかって。変な感じだ。ただの唐揚げなのに。すごく、大事なものに思える。
「どうしたんじゃ、ヨシュア。食わんのか? 早よぅ行かんと、食い尽くされてしまうぞ?」
「食べるよ、うん。ホントに美味しそうだ」
食べ尽くしてくれるのって、作る側からするとすごく嬉しい。調理役の女性陣も、つまみ食いしながら笑顔で手招きしている。辛い戦闘の合間だというのに、俺はなんだか、ちょっとホッとした気分になる。
「ヨシュアー、有翼竜も良いけど、このおイモが、すーっごく美味しいの♪」
「同じ鍋で調理したから有翼竜の脂が染みてるんじゃないのかねえ。味と香りがすごく濃厚で、力が湧いてくる感じだよ?」
「ヨシュアー、こっちこっちー」
子供たちに誘われて、俺はミルリルと一緒に宴の輪へと入ってゆく。
笑顔に囲まれて、胸の奥に温かいものが広がる。俺は束の間の幸せを噛み締めていた。
こんな時間がいつまでも続く訳はないって、どこかで思いながら。




