369:再会の約束
俺たちはルーイーを連れて屋敷まで戻り、“吶喊”の五人から状況を聞く。
「そっちは」
「誰も死んでない。大した怪我もさせてない」
「というか、あいつら殺意はなかったしな」
ティグとルイはアッサリいうけど、一般人はお前らにぶん殴られただけで死ぬんだよ。
二階のテラスに繋がる(たぶんパーティー用の)大食堂で、投降した襲撃者たちは隅に座らされている。まだ若い男性ばかり六人。みんな彫りが深く目鼻立ちがハッキリしていて、共和国でも王国でも見かけない顔立ちだ。そこそこ屈強な体格ではあるんだけど、どこか場慣れしていない感じで気まずげに俯いている。
「武装解除を命じたんだけど、どうする?」
「いっぺん返した方が良さそうじゃな。なんやらいう、こやつらの敵が攻めてきよる」
「いや待て。そんなの、こいつらの都合じゃねえか。なんで俺たちの屋敷でやんだよ」
「それは、おぬしが煽って、あちこち派手に吹聴したからじゃティグ」
「……いや、俺はそんなつもりは、その」
モゴモゴいってるけど、今度ばかりは俺たちじゃなくてティグの責任だ。自分たちの屋敷にまつわる因縁話をクリアにしたいだけだったかもしれんけど、掘り起こされたのは幽霊じゃなく現在進行形の揉め事だ。
「ルーイー、敵の素性は」
「首魁は、イエルド。ハイベルン家を乗っ取ろうとした、ミード様の娘婿。現当主カイア様にとって、血の繋がらない、叔父。……そして、父上の仇」
う〜ん。前いた世界でも、ありがちな話ではある。特に驚くことはないが、いまの俺たちが巻き込まれる筋合いもない。
「殺した証拠はあるのか?」
「ないから、野放し。でもミード様が、行方不明になったとき、馬車の護衛だったのが、イエルド。ウォーレ様が、事故死された、西領も、国境を越えれば、イエルドの出身地」
「ふむ。イエルドとやらは、皇国の出なのじゃな」
「実家を追われて、共和国に逃げてきた、下衆」
何をやったんだか、話を聞く限り胡散臭い男だ。ハイベルンの件も、状況としてイエルドはクロだけど、尻尾はつかませないだけの悪知恵は回るようだ。
「イエルドの目的は、カネ? もしかして、この屋敷にお宝でも残ってたりする?」
「違う。財産、ミード様しか、知らない場所に、ある。それを、聞き出そうと、してる」
「誰に?」
「この、ハイベルン邸に、現れるという、ミード様の霊に」
「「「「え」」」」
コロンたち“吶喊”の常識人三人は、勘弁してよという顔で眉をひそめる。
「あたしは幽霊なんて信じないから、どうでもいいんだけどさ。いまになって攻め込んでくるくらいなら、なんで売りに出すのを止めなかったんだ?」
ルイの疑問はもっともだ。俺もそれは思った。
「物件の売却まで、ずっと魔道具で、結界と、監視があった。それに、買うほどのカネは、ない」
「それでルーイーも、ここに攻め込もうとしたわけじゃな」
「相手が、魔王で、なければ、新しい所有者と、交渉する、つもりだった」
「やっぱティグのせいじゃねえか」
事態急変の焦りから力押しになったけど、本来はあんまり力に頼るタイプじゃないのか。ルーイーとルイは名前こそそっくりだが見た目も性格もずいぶん違うようだ。
「来たぞ」
テラスの窓を開けて、コロンが外を指す。
「騎乗している槍持ちが三人と、馬橇に盾持ちが三人、弓持ちがふたり。全員が帯剣してる。元兵士なのか、最初の襲撃者より練度は高い。装備もな」
「イエルド、元は皇国の下級騎士。たぶん、その伝手で雇った、兵士崩れ」
お家騒動だか相続争いだか知らんけど、いまは他人ん家になってる屋敷でやんなよとは思う。俺たちがどう絡むべきか読めん。
「なあ、ルーイー」
俺は、落ち着かない様子でキョロキョロしているスールーズの娘に尋ねる。
「あいつら殺したら、どうなる?」
「我ら、喜ぶ」
正直だな。いや、質問が曖昧過ぎたか。
「質問を変えよう。敵の援軍は来るか? それと、イエルドから別の誰かに利権が移って、新たな争いが始まる?」
ルーイーは首を傾げ、しばし考える。
「ない。イエルドに手を貸すの、カネ欲しい兵士崩れだけ。イエルドに利権、ない。誰にも、移らない」
なるほど、とミルリルさんが息を吐く。
「それでは、魔王陛下の平穏を妨げた罪、思い知らせてくれよう」
「なぜ」
ルーイーが、不思議そうな顔で俺たちを見る。なぜ魔王が手を貸してくれるのかという疑問だろう。ルーイーとイエルドは、俺たちから見れば同じようなものだ。片方からしか事情を聞かずに決めるのはフェアじゃないといわれれば、その通りでもある。
「知ったことか」
俺は笑う。殺すか殺さないか。敵と判断するか味方として扱うか。その差は、あまりロジカルじゃない。それどころか、俺たちの場合ほとんどがたまたまだ。
「不可解」
ああ、俺もだ。スールーズの戦士たちも、きっとそう思ったんじゃないかな。最後にイエルドと会って、話くらいは聞いてやってもいい。そう思いかけて、やめる。
「ヨシュア、迷うまでもなさそうじゃ」
ミルリルが笑みを含んだ声で告げる。指差す先を見ると、弓持ちが火矢を番えようとしているところだった。
「あれは、わらわたちの敵じゃ」




