368:喪われた誇り
ミルリルが屋敷に手振りで何かを伝える。上層階にいるコロンかエイノさんに、だろうけど意図するところは、なんとなくわかった。
「いまの、“殺すな”って?」
「うむ。理解した風な合図があったのじゃ。大丈夫であろう。襲撃者たちは、“吶喊”と能力差があり過ぎるのでな」
「君も抵抗しないでくれると助かる」
「……うぅ」
不承不承、といった感じで頷く。実力差を知って、降伏するしかないと悟ったようだ。
魔術短杖を持った魔導師はルーイーと名乗った。皇国出身の、少数民族らしい。
いや、らしいではないな。これは、あれだ。名前が出てこないけど。
「スールーズというたかの。皇国の辺境に暮らす少数民族じゃ。モコモコの」
それです。さすみる。毛皮の防寒衣を身にまとい、刃渡り一メートルほどの剣鉈を手にした蛮族風の男たち。皇都に向かう俺たちは、皇国軍との遭遇戦のなかで彼らと会ってる。有翼族の少女ノニャと同じように、囮にさせられていた。家族を人質に取られて従わされてたんだったか。その後は知らないが、たぶん大丈夫だろうと思わせる無骨なタフガイ感だった。
ミルリルが覚えていたそのスールーズたちの名前を聞いて、ルーイーが頷く。
「ケーマニーは族長の三男。彼らは、スールーズの戦士で、その“もこもこ”は戦装束」
「おぬしや、いま屋敷に向かっておる奴らは?」
「我らも、スールーズ、ではあるが、街に降りた、ニュウジャクナヤカラ」
一瞬、耳では音が理解できず、しばらくして“柔弱な輩”だとわかった。スールーズの意識で、街に出るのは出世頭とかではなく軟弱者というニュアンスでもあるのか。フワッと九州人ぽいイメージが浮かぶ。リアルの知り合いいないので伝聞からの想像でしかないけど。
「それで、スールーズの者たちが“吶喊”に何の用じゃ」
「ハイベルン邸に宿る、ミード様の魂を、消すために、魔王が現れたと聞いた。それを、阻止するためだ」
ミルリルが俺をチラッと見て、“魔王の話を否定するか?”という表情になる。が、すぐに“事実だから、まあいいいかの”みたいな感じでニッと笑って会話に戻る。
待て。待て待て待て。否定しなさいよ。
「ハイベルンの家は共和国北部がルーツだって聞いたけど、スールーズの血でも受け継いでいるのか?」
「ミード様は、我らが、心の主人。流行り病で滅びかけた、スールーズに、手を、差し伸べた。その恩義、我らは忘れん」
血縁ではなく、主従関係か。死んでもなお忠誠を尽くすとは少々不器用そうな彼らスールーズの生き方に似合っている気がした。亡き主人の恩義に報いるというのであれば、ここに至った経緯はわからんでもない、けど。
「なぜ、いま?」
「ミード様の孫、カイア様が、当主の座に就き、ハイベルンの再興を、宣言したからだ」
行方が分からなくなったハイベルン商会の創設者、ミード・ハイベルンの孫。事故死したというウォーレの娘。新生ハイベルン商会のトップか。
「わからん」
「うむ。出てくる人物が全て伝聞では、意図も背景もサッパリわからんのう」
「もう少し、面倒なことに、なる」
ルーイーが、苦虫を噛み潰したような顔で呻く。ミルリルさんが呆れ顔で笑った。
「馬の息吹きと金属音がするのう。あれはおぬしらの……」
「敵。おそらく、ウォーレ様を殺した、カイア様の、叔父イエルド」
もう、ぜんぜん、わからん! 誰か相関図、プリーズ!




