367:囚われた魂
「ヨシュア」
ミルリルに揺り動かされて、俺は薄暗がりのなかで静かに欠伸をする。仮眠程度のつもりだったので着衣はそのまま、防寒衣も編み上げ靴も、すぐに身に着けられる様になっている。
吶喊の屋敷で通されたのは窓が玄関側に向いた二階の客室。窓の外はまだ真っ暗で、外の様子はわからない。暗視ゴーグルを付けてみるが、視認できたのは防風林の陰にいるひとりだけだ。
「本当に動いたのか。ティグも勘は凄いな」
「勘ではない。あやつがそうなるように煽ったのであろう」
ミルリルさんは、良い様に使われたことに少し憤慨している。でもまあ、本気で怒ってるわけでもないのだ。なんだか面白そうな話だし、俺たちはどのみちトラブルに吸い寄せられてしまう運命なのだろうと、最近は割り切ってもいる。
「ターキフ」
ノックの音に応えると、コロンが入ってきた。彼も完全装備で武器も身に付け、いつでも出られる格好だ。
「みんなは?」
「ティグが正面玄関、ルイとマケインが裏口だ。エイノは長弓装備で三階のテラスにいる」
「相手は、どの程度じゃ?」
「短剣や短弓、手槍を持ったのが六人。魔術短杖持ちの魔導師がひとりだ。魔導師は隠蔽魔法を掛けて距離を取ってる」
「たった七人で魔王に挑むとは、ちょっとした英雄譚じゃの」
のじゃロリさんが軽口を叩く。俺も正直、危機感はあまりない。
コロンに位置を確認すると、防風林の陰に見えているのがその魔導師らしい。残る六人の配置を聞く限り、そいつが指示を出している、もしくは監視と火力支援のために残っていると思われる。
「どこかの兵士という可能性は?」
「いや、連携は取れていないし身のこなしも練度も装備もバラバラだ。素人か、せいぜい下級の冒険者だろうね。白い上着で隠れているつもりみたいだけど、接敵の技術がない。獣や魔物しか相手にしてきてないんだろう」
「冒険者か。雇われたにしては、編成するまでが早過ぎんかの。ティグが噂をバラ撒いてから半日ほどしか経っておらんぞ」
「そうでもないさ。最近ラファンじゃ食いっぱぐれた冒険者が大量に流れ込んで、常に仕事を探してる。平和になったのは良いことだけど、争いの種は飯の種だったからさ」
「へ、へえ……」
俺たちのせいじゃないぞ、きっと。
細かい話は後回しにして、魔導師のいる位置から死角になった窓を開けて二階のテラスに出る。
「コロンは、他の連中のサポートをしてくれ。俺たちは、その魔導師を捕まえる」
「気を付けて。ターキフとミルがどんなに強くても、危険は消えないからね」
「うむ。肝に銘じるのじゃ」
鹿やら兎やら獣人の女の子やら、油断して何度も危機的状況に陥ったヘナチョコ魔王も改めて気を引き締める。
「ミルリル」
「わかっておる。情報を得るまでは殺さん」
「それもそうだけど、最優先は自分の安全だからね。別に店仕舞いした商会のお家騒動がどうなろうと俺たちには知ったこっちゃないんだから」
「それも、わかっておる」
彼女が背中に乗ると、俺は転移で防風林まで飛んだ。雪原に着地すると、その勢いのままミルリルが突進して魔導師のボディに拳を叩き込んだ。
「げゥッ⁉︎」
何が起きたのか認識するより早く、魔導師は内臓をシェイクされて悶絶した。そうね。のじゃロリフック食らうと立てないんだよ。いま魔導師の意識は揺らいで走馬灯がクルンクルン回ってることだろう。
「抵抗は無駄じゃ。既に貴様らの動きは把握して、こちらの監視下にある」
“オールユアベイスアービロングトゥアス”……ってやつか。良くないな。どうにも気が散ってる。
「……ま、ぅ」
「うむ。こちらにおわすお方こそ、魔都ケースマイアンを統べる“殲滅の魔王”、ターキフ・ヨシュア陛下じゃ」
「……ッで、な……う」
「何をいうておるのかは、わからんがのう。ひとつだけ忠告しておいてやろう。魔王陛下を仕留めたくば、最低でも万の兵士が必要なのじゃ。仮におぬしが精鋭魔導師であっても、逆鱗に触れれば一瞬で消し炭にされるぞ?」
何ですかね、そのリアル魔王感。他人事として聞いてたら思わず信じちゃいそう。
「いますぐ武装解除して降伏するのであれば、命まで取るとはいわぬがな」
俺は似合わんドヤ顔で、雪原に転がった魔導師を見下ろす。
「くッ……こ、ころ、せ」
すげえ、ガチくっころだよ。声と目元の感じを見る限り、この魔導女子、そこそこ若そう。俺に触手とか使えたら、足首に巻きついてプラーンとぶら下げてやるところなんだが。
「貴様はそれで満足だろうが、巻き込まれた冒険者どもも道連れにするつもりか?」
俺の和平交渉を、彼女は視線だけで撥ね付ける。
「われ、ら……落ちた、薄汚い……傭兵。……考慮の、余地……ない」
う〜ん、もしかして……この子、言葉が覚束ないのはミルリル先生の半殺しボディブローのせいじゃないのか。
「外国人?」
「ううむ……どこの国の者かは知らんが、ティグのやつめ、ずいぶんとややこしい話を持ち込みよったようじゃな」
魔導師は、這いつくばったまま俺たちを睨み付ける。悔しそうな、涙目で。
「……我らが主の魂を、奪わせる……ものか……」




