365:曰く
「曰く付き? もしかして、幽霊でも出るのか?」
俺とミルリルは首を傾げる。コロンとマケインは苦笑するが、ティグはまったく気にした様子もない。
「それで俺たちが呼ばれたんなら、残念ながら力になれるかわからんぞ。俺は魑魅魍魎の類を見たこともないし詳しくもない」
「わらわも知らんのう。せいぜいが、あれじゃ。皇国の……不死兵とやらを見たくらいじゃ」
動く死体みたいなやつね。でも、あれはどちらかというと頭に寄生した虫に操られているだけで、死んでるわけでもなければ呪いやら恨みで動いているわけでも……
「そうか、南大陸で見た傀儡とか、あの偽魔王の砂人形みたいのとか、あれは幽霊に近いものだった気がするな」
「であれば、銃で倒せるかもしれんのう。見えん殺せん触れられんという相手では扱いに困るが、体があるならどうにでもなるのじゃ」
「ああ……ミルもターキフも、盛り上がってるとこ悪いけど、そういうんじゃねえんだ。曰くってのは単に、験が悪いって程度でな」
「「えー」」
「なんで残念そうなのさ」
なんかちょっと新しい体験で話の種になると思い始めていたので、肩透かしである。コロンが呆れ顔で俺たちを見た。マケインは早くも話の輪から外れて、屋敷の方に向かっている。
「まあ、外で立ち話もなんだ。ふたりとも、なかに入ってくれ。ルイとエイノがお茶の準備をしている」
「それはありがたいのう」
長く空き家だったせいなのか、屋敷はどこか空気がこもっているような印象を受けた。とはいえ、特に嫌な感じはしない。
「良い家だな」
前の所有者が残していったという家具や調度品が置かれた空間は、センス良く落ち着いた高級感がある。ドアも手摺りや階段も華奢で凝った作りになっていて、いかにも上流階級っぽい印象だ。階級のない共和国とはいっても、やはり一般庶民とは違う暮らしというのはあるのだ。実際、三階まで吹き抜けの玄関ホールを見上げた俺は掃除が大変そうだとか暖房効率が悪そうだとか動線が面倒だとか思ってしまう。
「俺は、たぶんこういう暮らしに向いてないな」
「わらわもじゃ」
「それをいったら俺たちもだよ」
「最近ようやく慣れてきたけど、最初のうちは寝起きでよく混乱したな」
コロンとマケインが笑いながら、奥の食堂に案内してくれた。
「いらっしゃい、おふたりとも」
「おー、来たかターキフ。ミルも、そこ座ってくれ」
ティーポットの乗ったトレイを持って入ってきたのはルイ。エイノさんは、お茶菓子の並んだ皿を手にしている。エイノさんは元からちゃんとしてたけど、やっぱりルイは小綺麗になったな。なんというか、大人っぽい落ち着きが出ている。喋る前から拳で語る冒険者暮らしだったものが、政治の場まで同行する護衛を務めることになったせいだろう。プロポーションといい顔立ちといい、ルイも素材は悪くないのに仕上げが雑過ぎて光らない感じだったのだ。本人がどう思ってるかはわからんけど、いまの状況は良いことなのだと思う。
「茶菓子はエイノが焼いたんだ。この家、でっかいオーブンまであってな。たぶん有角兎くらいなら丸のまま焼けるぞ?」
うん。ルイも、中身はあんま変わってない風。
「こんだけ広いと大変だろ。ティグ、メイドとか雇わないのか?」
「募集はしてる。そこで、さっきの話に戻るわけだ」
「曰く付き? 呪いでも掛かってるんならエクラさんあたりに浄化してもらえよ」
そういうのもよく知らんから、あんまりアドバイスはできんけど。ルイがカップにお茶を注ぎ、俺とミルリルに出してくれた。案外、煎れ方は丁寧で作法もしっかりしてる、ように見える。元南領主の護衛ともなると、そういう礼儀作法みたいなところも叩き込まれるもんなのかな。
「ここの所有者だった一家が消えた話は聞いたか?」
ルイが、俺たちに尋ねる。
「いや。元は海運業者の商館を兼ねた屋敷で、何年か前に引っ越してったってことくらいだ」
「それがな、出身地の北領と中央領に係累がいて、そのどちらかで隠居するって話だったんだけど、聞いたらそのどちらにも着いてないらしいんだよ」
「戻ってない? 船でも沈んだか」
「いや、衛兵隊の記録じゃ、陸路だ。大型の馬車を連ねてラファンを出発してる。ノルダナンで南領を出たことは確認されてるけど、その先、東領を抜けたかどうかがハッキリしない。当時の東領は荒れてたらしいからな」
「話が見えんのう。それで、この屋敷にまつわる曰くというのは何なんじゃ?」
「馬車の積み荷は高額の商材と、金貨が数百枚。それが消えたとなれば裏があると考えるのが自然だろ。この家の所有者だったハイベルン商会の会頭ミード・ハイベルンは商売を畳んで以降、姿を見た者はいない。ただ、息子のウォーレは中央領で見かけたって話がある」
なんとなく、読めてはきたんだけどな。前にも似たような話がなかったかな。
「息子ウォーレが父親ミードを殺して、財産を奪った?」
「まあ、予想はそんなとこだ。その父子の関係については、ウォーレ自身が事故死してるから、いまさら掘り返そうとは思わんけどな」
半分ゲンナリ半分ワクワクなメンツのなかで、ティグだけが苦虫を噛み潰したような顔、というのがピッタリの渋面である。
「ミードは、この屋敷のどこかに埋まってるんじゃねえかって話なんだよ」




