364:雪上の楼閣
ミードの商館売却時期「十数年前」⇒「何年か前」に修正
仮眠を取って夜が明けて、俺たちは“吶喊”の本拠地となった豪邸に向かう。昨夜というか今朝がたというか、カルモンの実家で彼らに招待されたのだ。
ちなみに海妖大蛸は魔珠だけもらって、死骸の処理から討伐実績の申請まで冒険者ギルドに顔が利くティグたちに丸投げである。ラファンの冒険者ギルドはリンコの友人に送る写真撮影で訪ねたけど、知り合いはいない。俺はそのときエクラさんからの紹介状をギルドマスターに渡して世間話をしたくらいの記憶しかない。リンコは受付嬢さんが“男装の麗人”って感じのキリッとした長身で切れ長の目で巨乳で猫耳の美女だったって興奮してた。盛りだくさん過ぎてイマイチそのひとのイメージが浮かばないのだが。
移動は久しぶりにミルリルと並んでの徒歩である。カルモンの実家から北西に一哩半ほどだと聞いて、そちらの方角に見えている森を目標に真っ直ぐ進む。こちらの世界では自動車の通りがあるわけでもなく除雪も行われないので、本来の道路は雪の下に埋もれてわからん。雪原には誤差程度の起伏と、馬橇の轍やひとの足で踏み固められている部分があるだけだ。
まだ気温が低いせいか雪が硬く締まっていて歩きやすい。
「転移も乗り物も好きではあるが、たまには動かんと身体が鈍るからのう」
「そうね。中年以降は特にね」
「ヨシュアは、最近少し健康的になった感じがするのじゃ」
「ああ、太ったかも」
「そういうことではなく、初めて会うた頃は……なんというか、干物のような顔をしておったではないか」
「え」
ちょッ、なんすかそれ。そんな評価は初めて聞いたわ。“死んだ魚のような目”はいわれたことあるけど。
「最近は、ちゃんと生き生きしておる。むしろ生気に溢れておる感じじゃ」
ちゃんと、って……喜んで良いんだよな。まあ、それもこれも……
「ミルリルと一緒だからだよ」
そういうと、のじゃロリさんは少しはにかんだ顔で嬉しそうに笑う。かわええ。
彼女と出会ってからの人生には、何ひとつ不満はない。いくぶんトラブルとのエンカウント率が高過ぎるような気はするものの、それは必ずしもミルリルのせいではないしな。健康的になってるのか、飯も美味い。出会いも冒険も驚きの体験も目白押しで飽きることがない。
「でも、あれですな。あいつら、えらく人里離れた場所に買ったもんですな」
「家でくらいは仕事を離れて、のんびりしたいのであろう?」
とかなんとかいいつつ歩いていると、見えていた森の端に行き当たった。
「北西に一哩半となると、この森を回り込むのかのう?」
距離的には、あと数百メートルはありそうだ。森の奥か、抜けた先ということになる。藪のような細かい枝の下生えが雪から露出している。地面から一メートル近く密生した状態になってるのか。歩きで突っ切るのは難しそう。転移で飛ぶか。森の木の隙間を透かし見ると、奥に人工物らしき壁面が見えた。
「あれが“吶喊”の屋敷かな」
「少なくとも何かの建物ではあるようじゃの。おぬしの転移で行けそうかの?」
「たぶん」
俺が転移で飛べるのは視界内、しかも通過可能な隙間だけだ。間に障害物があればぶつかる。意外と使い難い。今更だけど、そしてネーミングは俺じゃないけど、これ厳密な意味では転移というより瞬間移動といった方が正しい気がする。
ミルリルをお姫様抱っこして、途中の枝にぶつからないように出来るだけ胸元に抱え込む。
転移で飛ぶと、開けた場所に出た。ちょっと服に掠った気もするが、ミルリルを見ると大丈夫とばかりに頷いてきた。
「お?」
右手にちっこい城門みたいのがあって、“吶喊”の男連中がこちらに背中を向けて並んでいた。気配に気付いたティグとコロンが振り返って目を丸くする。
「おーいティグ、どうした?」
「どうもこうもねえよ」
「入口がわかりにくいから、ターキフたちを出迎えに行こうと思ってたんだよ」
ティグは俺たちの出てきた森の先を見て考え込む。
「道からふつうに来ると思ったから、裏を掻かれたな。籠城戦するときには考えねえとな」
「そんな予定はないぞティグ」
マケインは苦労人ぽく静かに笑う。
「入口がわかりにくいっていうのは、この森のことかのう?」
「ああ。最初の所有者が敷地を造成するときに、防風林として残したらしいけどな。長く手入れをしてないから伸び放題でほとんど密林だ。冬でこれだからな。雪が消えてからは、かなり大変そうだ」
とりあえず三人の案内で屋敷に向かう。何時に来るとか――そもそも時計がないので――明言してなかったんだから室内で待っててくれたらいいのにとは思うけどな。電話もメールもないとなると、そういう気遣いになるのかもな。
「えらい大きいのう」
「ラファンじゃ領主館の次に大きいそうだ。元は、なんだかいう海運業者の建てた屋敷で、当時は商館を兼ねてたんだとさ。何年か前に商売を畳んで、北領だか中央領だかに戻ったという話だ」
白い壁で、たぶん三階建て。白亜の豪邸、という表現がピッタリのお屋敷だ。建物の前が広く空けられているのは、馬車を付ける車回しなのだろう。どんなお貴族様か……って共和国に貴族はいないんだっけか。どんなお大尽様か知らんが、最初の所有者はスーパーリッチだな。
なんとなく、あれだ。バイオレンスでサバイバルなホラーゲームの舞台とかに似合うような気がしないでもない。失礼だし通じないと思うから、いわんけどな。
「見た感じは、かなり綺麗だな。これは高額かっただろ」
「そうでもない。最初に想定した予算よりはずっと安い」
コロンとマケインはティグを見る。虎獣人のリーダーは豪快に笑って俺たちに胸を張る。
「ああ、かなりの買い得だったぜ。なにせ、ラファンじゃ有名な曰く付き物件だからな!」




