363:青臭いままで
夜中にドッカンドッカン銃声を鳴らして、いきなり静かになったからだろう。周囲の住人たちがゾロゾロと家から出てきた。先頭になっているのは、カルモンとノーラちゃんの父娘だ。
「ターキフ、無事かー?」
「ミルねーちゃーん?」
一応、という感じで声を掛けてくるが、あんま緊迫感はない。海妖大蛸が旧南領の象徴とすると残念だけど、旧東領の象徴シーサペントと比べると二回りくらいスケールダウンするもんな。タコに殺される想像は一度もしなかった。
「ああ、ノーラ、こっちじゃ」
「無事、だよな?」
「大丈夫、もう終わったよ。でも、ちょっと問題がな」
「問題って……」
雪を漕ぎながら近付いてきたカルモンとノーラちゃんは暗闇のなか松明を掲げた。畑には軟体動物の死体がノルンと伸びていて、臓物がぶちまけられている。俺たちにも。
「「臭ッ!!」」
ルフィアさんにお湯を沸かしてもらい、布で身体を拭う。
「すみません、助かります。こんなに生臭いと思わなくて」
「いえいえ、こちらがお世話になったんですから。服は、そこの籠に入れておいてください。洗い粉のお湯に漬けて後で洗いますから」
“洗い粉”というのは、汚れを落とすために混ぜる粉だそうな。粉石鹸みたいなものか。そういや俺こっちの世界の日常生活って、いまだにほとんど知らんな。休暇の比率は戦闘8に揉め事1に日常1くらいだもんな。
別室で着替えていたミルリルさんがクンカクンカと自分の腕を嗅ぎながら出てくる。
「ハナが麻痺しておるのか、自分ではわからん」
「ああ、ミルリルひとりで前に出て戦ってくれてたからね。大丈夫だよ、良い匂いする」
俺が首筋をスンスンすると、のじゃロリさんは顔を真っ赤にして怒る。
「な、なにをしておるのにゃッ!?」
にゃ、て。ノーラちゃんがニコニコしながら後ろからミルリルに抱き着く。
「ミルねえちゃん、お母さんの香油つけたの。お花の匂いするでしょ?」
「うん。良い匂いだよ」
「だから、やめぃ!」
ノーラちゃんとふたりで嗅ごうとすると、ミルリルは嫌がって逃げ回る。ノーラちゃんは抱き着いたままキャッキャいうてるけど、オッサンがやるのは完全にセクハラである。
「おーミルー、ターキフー無事かー」
「つうか、無事には決まってるわな」
玄関からドヤドヤと入ってきたのは“吶喊”の連中である。ラファンの冒険者ギルドに所属する一級パーティにして旧南領主マッキン氏のご指名護衛でもある……のだが、いまの立場は知らん。先頭は脳筋虎獣人のティグ。なんとなくリーダーっぽいポジションを務めているっぽい。
「ふたりとも久しぶりだなー。いや違うか、どっかで会ったなー」
会ってるが、どこだっけ。首都か。偽皇帝と会議室で対峙したときだ。なんかドタバタしてて、ほとんどすれ違いだった。
「おお、みんな元気そうでなにより……だけど、どうした? こんな、まだ夜も明けないうちに」
訊いたら、揃って苦笑された。ティグと同類の脳筋ガール、ルイが呆れ顔で首を振る。
「なに他人事みたいにいってんだターキフ。内陸部に海妖大蛸が出たっていうから駆り出されたんだよ。あたしたち休暇中はマッキン様からラファンの防衛を頼まれてるからな」
「それはご苦労じゃな。裏の畑に出よったので仕留めておいたぞ。肉は不味いというから、“ばーべきゅー”はなしじゃ」
「いや、それを期待してきたわけじゃねえって」
不味いっていうか臭いんだよな、とかいうてるがルイ、クラーケン食ったことあるんか。
「みなさん、せっかくですから奥へどうぞ。お茶を出しますから」
カルモンの奥さんルフィアさんが、みんなを居間に誘う。すっかり大騒ぎで起きてきちゃったみたいね。漁師町だと元々、朝が早いのかもしれんけど。
俺は五人を見渡して、ふと目を止める。
「ルイとティグは、なんか小奇麗になったな」
「ティグは毎日風呂に入るようになったからな。あたしは、前からこんなだ」
ティグの毛艶が良いのはそれか。護衛として首都の議事堂とかに入るからな。ルイも自分では否定しているが、明らかに小奇麗な感じになった。脳筋とはいえ若い女性なので風呂に入るようになったとかではないだろうが、服装がちゃんとして前より髪型が整っているせいか。あんまツッコまんとこ。
ハーフエルフの魔導師お姉さんエイノさんとハーフドワーフの好青年コロン、巨漢の盾持ち――いまは持ってないけど――紳士のマケインは、元々けっこうちゃんとしてたので外見に大きな変化はない。ふだんの必要性からか私服が少しフォーマル寄りになったことで、前よりしっくりきた感じさえする。
「そういやお前ら、家を買ったんだっけ」
「家というか、屋敷だな」
横で聞いてたカルモンが笑い、吶喊の五人は苦笑する。
「ラファンでやってくんなら家を買えっていわれただろ。将来的にパーティを拡大したり商売を始めたりって可能性を考えると……って、どんどん話が大きくなってな。下手にカネを持つと使ってしまいそうなのもいたし……」
マケインが横に視線を向けると、ティグとルイが、ついっと視線を逸らした。お前らか。
「依頼によってはバラバラに仕事することもあるだろうけど、集まるところ……っていうか、帰る場所があると安心だろ」
「……あと、何か後に残るものがあった方が良いかなって、思ったのもある。俺たちは、ほとんど身寄りも何もないからさ」
ティグとコロンの言葉に、残りの四人も頷く。
わかる。そういう時期、あるよね。社畜だった頃、俺も何度か思った。大袈裟にいえば、“生きた証”が欲しくなるのだ。ひとによってはキャリアだったり家族だったり家だったりするんだろうな。結局、元いた世界では俺は、なんも残せなかったけど。
ミルリルさんが五人を見渡して、嬉しそうに頷く。
「それは良いことじゃのう。うむ、実にめでたいことじゃ。ついに吶喊もアジトを持ったか!」
「……せめて、拠点と呼んでくれ」
そうね。




