362:ガールズン・アンビション
カションとレバーを操作して、ミルリルはソウドオフライフルに弾薬を装填する。銃身とともに並行して走るマガジンチューブも切り詰められているため、装填可能なライフル弾は二発。無理したらもう一発入るか、てとこでミルリルさんはエンジニア判断でやめといた感じ。
「面白い機構じゃのう」
薬室に初弾が入った後で、機関部の横にあるローディング・ゲートから30-30弾をもう一発込める。
「本来の設計では、強力な拳銃弾を使うものなんだけどな。俺のいたところでは、百五十年近くも前から人気のある形式だ」
「百五十年?」
凄腕エンジニアのドワーフが、感心した顔で振り向く。
「その銃自体はもっと新しいけど、機構はミルリルが触れた銃のなかでは最も古いんじゃないかな。レミントンみたいなボルトアクション式の小銃に押されて、主流にはなりそこねた」
レバーアクションはボルトアクションほどの精度も強度も出せない上に、機関部に汚れが入り込みやすい。連射性能は高いけど、オートマティックライフルが台頭してその利点も消えた。それでも多くの人に愛され、現在でもライセンス生産などで製造が続いていたはずだ。
「……うむ、実に美しいのう。姿も、設計も、来歴もじゃ」
うっとりした顔でメアズレッグを眺めるミルリル。前からちょっと思ってたけど、ドワーフやエルフや獣人の皆さんて、判官びいきなところがある。自分たちの種族や部族がメインストリームにいないせいだろうか。
なんとなく付き合うべきかと思った俺もフルサイズのM1894を抱えて、弾薬を装填する。レバーアクションライフル装備のふたりが冬の夜の畑で海妖大蛸と向き合う。何この絵ヅラ。タコの方はまだ野菜に夢中でこちらに気付いていないが、なんとなく防盾角鹿のときに似てて嫌な予感がしないでもない。
「……ねえ、ミルリル。どうせなら、重機関銃とか使ったらどうかな。今回はホラ、肉は食わないわけだし」
綺麗に殺さなくても、倒しさえすればいい。確保する部位は、せいぜいが魔珠くらいのものだ。北西側数百メートル圏内に民家はないから焼夷系の弾頭でも周囲に被害を与える心配はないし、収納で海に捨てれば処分に困るということもない。
「それは、道理じゃがの。わらわは、メアーズレッグで仕留めたいのじゃ」
「なんでまた」
「その方が面白いではないか。ヘンな話じゃが、この銃はハイダルに似ておる」
……王子? ウィンチェスターライフルに似てるところなんて、ひとつも浮かんできませんが。
「正確には、おぬしに救われる前の、あやつじゃ。自分の能力を十全に生かすこともできず、柵に囚われて縮こまっておる」
だから、とミルリルさんは笑う。
「誰かが、こやつの価値を認めてやらねばいかん。可能性を生かしてやらねばいかん。……そう、思うたのじゃ」
誰かも何も、ミルリルさんなわけだが。もちろん、そういうことなら俺も付き合いますがね。
「動き出しよったぞ」
ようやく腹がいっぱいになったか、こちらの殺意を感じたか。ミルリルが指した先で、大蛸がノソリと巨体をくねらせ始める。彼我の距離は、百メートルくらいか。思ったよりも動きは機敏で、知能もそれなりにありそうだ。内陸まで数百メートルを移動してきただけあって、筋肉量も多いのだろう。
「さすが魔物じゃ、豊富な魔力を筋力強化に魔導防壁、おまけに索敵のような使い方をしておる」
初弾はミルリル。射撃競技のピストルでも構えるような立射姿勢。ちょっと、なんでわざわざ片手で狙うかな!? 短いながらも銃床はあるんだし、小柄なミルリルなら肩付けできるだろうに。
発射した瞬間、轟音とともに腕が跳ね上がる。ルガー・アラスカンの454カスール弾でも抑え込んでたミルリルの剛腕が、四十五度近くまで上がっている。
「ほお」
いや、“ほお”じゃねえ。エネルギー量はカスールと似たようなもんだと思うんだけど、30-30はフルサイズのライフル弾だから、反動の差は燃焼速度の違いか。つうか、やっぱ拳銃サイズでライフル弾って無理あるだろ。着弾はしたものの効いてるんだか効いてないんだか、タコの方は明らかにこちらを敵と認識したようだ。巨体に似合わぬ速度で頭を下げながら突進してくる。
ミルリルはレバーを操作して次弾を装填、近付いてくる海妖大蛸の眉間――というのかどうか知らんけど目と目の間――にライフル弾を叩き込む。海の魔物はビクンと仰け反ったが、致命傷を与えた感じはない。距離は三十メートル強。俺は転移で逃げるべきか迷う。
向かって来るタコが震えるのが見えた。その直後、巨体が視界から消える。
「おおぉッ!?」
「なに、表皮の色を変えただけじゃ。水のなかならば目眩ましにもなるかもしれんがの」
使用した分の弾薬をローディングゲートから装填し、ミルリルが雪景色のなかで瞬く揺らぎに銃弾を叩き込む。俺には雪原としか見えていなかった風景が濁った白濁色に変わって、再びタコの身体が現れた。
「うははははは!」
ムッチャ笑ろてはるでオイ、どうしたミル姉さん。
「まだじゃ! おぬしの力は、そんなものではないぞ! もっと強く、吠えてみせよ!」
ミルリルがレバーを動かして装填すると、魔力なのか指輪からメアーズレッグに淡い光が注がれる。
「喰らえッ!」
ドゴンと轟音が鳴って、わずかにヨレた螺旋状の軌跡を描いて銃弾が突き刺さった。タコの頭は蹴り飛ばされたように揺れる。海妖大蛸は伸び上がった姿勢のままわずかに静止すると、ふにゃりと倒れて脱力した。




