361:夜のタコ狩り
「海妖大蛸というのは、漁場ではなく農場を荒らすのかのう?」
「さあ……俺、クラーケンとか見るのも初めてだし」
でも、あれだ。郡山の婆ちゃんが前にいってたことがある。婆ちゃんが子供の頃、畑にやってくるタコに大根を盗まれたとか。冗談だと思ってけど、あれ案外ホントにあったことなのかも。それが何度も続くからイラッとして心張り棒で引っ叩いて大根と一緒に煮てやったとかなんだとか。婆ちゃんお気に入りのジョークだと思ってたんだけどなあ。
「でもあれ、心張棒じゃどうにもならんわな」
「なにをいうておる」
「いや、どうやって倒すかなと思ってね」
海の怪異の常として、陸上生物の比じゃないくらいに巨大化する。まあ、この世界は物理の常識以外に魔法の力があるからドラゴンなんてもんが空を飛び回ったりもするわけなんだが。
タコなのかイカなのかは微妙な感じだけれども、要するに頭足類な感じのシルエットをしている。のるーんと放射線状に伸びて広がった状態なので全長は不明だけれども、真っ直ぐになったら十メートル以下ということはないだろう。ぐんにゃりしながら軽くもたげた頭の大きさだけでも俺の身長くらいある。
「倒す必要あんのかな。野菜食べたら帰ってくれたりしない?」
「あの図体じゃ、生半な量では済まんぞ?」
「アンタたち、危ないよ!」
誰かが、雪を漕ぎながらやって来る。見ると、近所のおばちゃんだった。前に来たとき野菜と魚をいっぱいくれた太めのおばちゃん。
「あら、ターキフさん?」
「こんばんは。あいつを、追い払う方法は、何かないかと思ってたんです」
「ないんだよ。うちの婆ちゃんに聞いたら、あいつ追い払っても、また戻ってくるらしいんだよ。ここらの作物は魔力が濃いんで産卵前の魔物が好んで食べるとかでね」
「魔力はどうか知らんけど、南領の野菜とか美味しいもんな……」
となると、討伐はしないわけにもいかなくなる。おばちゃんにはお礼をいって家に戻ってもらった。
「ミル、クラーケンの急所はどこかわかる?」
「見たところ、あの両目の間じゃろうな。防盾角鹿と同じじゃ」
「ええぇ……」
「今度は、頭の正面で盾になる角もない。厚い頭蓋もないから、正面から撃っても問題ないぞ。武器は……」
ミルリルさんは、そこまでいって少し迷った。
「“うーじ”では難しいかの?」
さすがに、あの巨体は拳銃弾じゃビクともしないと思う。目玉を撃ったところで、たぶんタコの脳は目の奥にない、はず。どうだったかな。
「口惜しいが、あの厚みでは奥まで届くまい」
「ウィンチェスター、使ってみる?」
「森林群狼を倒した銃じゃな。せっかくじゃ、借りてみようかのう」
フルサイズのM1894レバーアクションライフルと、同じ機関部を使ったソウドオフライフル。両方出して差し出すと、ミルリルさんは手に取った短縮版小銃を興味深そうに眺める。
「なんでこんなことをしたんじゃ」
「さあ。室内戦闘用とか?」
「だったら拳銃でよかろう。もしくは、ミーニャに渡したような鉛玉をばら撒く散弾銃じゃ。この弾薬でこの銃身長では、弾頭が加速しきれんし、弾道も安定せん」
「だろうね。それじゃ、ミルリルさんはフルサイズのライフルを……」
「いや、この“めあずれぐ”を使わしてもらうのじゃ」
「あれ? なんで? 欠点と問題点はわかったんでしょう?」
「そうじゃな。機械の多くにいえることだがの」
ミルリルはメアーズレッグを捧げ持つ。
「多少の欠点がある方が、愛されるものじゃ」




