357:巫女に印を
内湾でホバークラフトを収納した俺とミルリルは、砦側に案内される。
「お陰様で、ずいぶん過ごしやすくなりました」
「……お、おう」
その変貌ぶりに、俺たちはポカンと口を開ける。島の外は冬にもかかわらず暖かな森には穏やかな日差しが差し込み、草花が咲き誇る絵に描いたようなエルフの楽園になっていた。
「なんじゃ、これは」
神木の根元には――というか根は巨大になり過ぎて平野部全体を跨ぐようなサイズになっていたのだが――環礁の入り口にあったようなアーチが作られ、その下に置かれた石に魔法陣が彫り込まれていた。
「エクラさんが、ソルベシアとの転移ゲートを開いてくれたんです。いまでは、相応の魔力を注ぐだけで行き来ができます」
いわれてみれば、子供しかいなかったエルフのなかには何人か大人が混じっている。人数も、三十人ほどはいるようだ。どっかで見たことあるような顔もいるが、大人のエルフは量産型美形なので、いまひとつ印象が弱い。
「……まあ、幸せそうでなによりだな」
パタパタと駆けてくる女の子がいた。
「まおうへいか、ひへいか」
「おお、ミリアン!」
ミルリルがミリアンちゃんを抱き留めてワッシャワッシャと撫で回す。巫女服みたいなのから私服に変わっているので印象がずいぶん違う。
「他の巫女さんたちも、こちらに来てるの?」
「はい。じゅんばん、です」
それは良かった。良かったというか、ちょうど良かった。俺は収納から小さな木箱を出す。
「ミリアン。これは、君にだ」
「……え?」
開けても良いかと首を傾げるミリアンに笑顔で頷く。テニアンのときはドキドキしたものだが、今度は大丈夫だ。ルケモン師匠の相変わらず素っ気ない木箱のなかには、細いチェーンに付けられた小さな魔珠のネックレス。
ごく小さな乳白色の魔珠はキラキラと光を放っていたが、彼女が触れると輝きは収まって淡いオレンジ色に変わる。ミリアンは戸惑いながら、俺とミルリルの顔を見た。
「きれい、です。けど……?」
巫女というのが清廉な生きざまを強いられるものなのだとしたら、装飾品は慣れないのかもしれんけど。これは彼女に……彼女たちに、必要なものなのだ。俺はネックレスを受け取ってミリアンの背後に回り、細い首に掛けてやる。触れていた指先から魔力を吸われる感覚があって、チェーンは自然にくっついた。
「……あの」
「他の巫女たちの声が、聞こえるようになったはずだ。君たちの、ひとりずつに持っていてもらいたい。どこにいても、ソルベシアの民のために、そして王子のために、働けるようにね」
「魔王陛下、妃陛下」
そうね。そうなるんだよね。ミリアンの口調から、スッと幼さが消えた。舌足らずな感じがなくなって、雰囲気が幼女から少女に変わる。かつてテニアンがそうなったように。ある意味、無垢で純真な時間を大人の都合で奪ってしまうことになるのが、申し訳ないとは思う。
「できれば、他の巫女たちにも、こちらに来てもらえるとありがたいんだけど」
「魔力を消費してしまいますが」
「それは、もちろん魔王陛下が下賜してくださるのじゃ。こちらが頼むのだからのう」
俺は転移魔法陣の横にある、魔力供給用の魔珠に触れる。しばらくすると魔法陣の紋様が光って、わらわらと五人の少女たちが姿を現す。
「ミリアン?」
「魔王陛下から、あなたたちに御用があるそうです」
「「「「「?」」」」」
みんな私服というか、巫女服より少し実用的な格好になっている。華美ではないが、年頃の女の子っぽい感じ。もう神殿やら宮殿やらに縛られなくても良くなったからかな。
「忙しいところ、ごめんね。すぐに済むから、ちょっと時間もらえるかな」
ミリアンがキョロキョロして、何かに耳を傾ける。すぐに頷いて、俺に向き直った。
「テニアンとカイエルは、砦で子供たちの世話をしています。呼びますか?」
「頼む。フェルたちも、ちょっと来てくれ」
「「……何をするつもりだ?」」
常に王子の横にいる護衛の双子、フェルとエアルが俺たちを……というか、急に滑舌が大人びたミリアンを怪訝そうに見る。
「「……ミリアンもか」」
「そうじゃの。テニアンと同じ魔道具じゃ。ヨシュア、このふたりにもあるのじゃろ?」
「もちろん。お前らふたりは、王子に付けてもらえ」
フェルとエアルの分は、木箱をふたつ王子に渡す。
「「王子に、そのようなことをさせるなど不敬な」」
「いいよ。ほら、ふたりとも後ろを向いて」
「「……あぅ」」
なんだよもう、相変わらずのツンデレコンビか。俺はテニアンとカイエルが来るのを待って、全員に木箱を渡す。テニアンは以前に渡してあったので、仲間の巫女たちに使い方を教えてくれるようお願いしておいた。
「君たちは王子を支え、ソルベシア王国と魔王領ケースマイアン、そしてハーグワイ共和国との友好関係に大きく貢献してくれた。今後とも、三か国の和平と紐帯を維持する親善特使としての活躍を期待している。この首飾りは、ケースマイアンからの褒賞の品であり、君たちの能力を生かすために必要なものだと信じている」
巫女たちの首に掛けてあげると、ネックレスは同じように魔力を吸収して乳白色の魔珠はそれぞれ違う色に変わった。
よし。内心でホッとした俺の横で、ミルリルさんがふむと小さく相槌を打つ。
「なるほどのう。巫女たちの見分けが付かんという問題をこれで解決しようというのじゃな?」
あら、バレた。もちろん、巫女さんたちの間でのコミュニケーションツール機能がメインではあるのだけれども。魔珠に魔力を込めると装着者によってそれぞれ違うイメージカラーに変わるようルケモン師匠にお願いしておいたのだ。さりげなく贈り物として首飾りを渡し、見た感じがそっくりな巫女さんズに目印を付けさせる作戦。
「フハハハハ……! 我が妃よ、これぞ魔王の深謀遠慮というものだ。名付けて、“ジュエリーマーカー作戦”!」
「まあ、内心ではバレとると思うがのう?」
「「「「「「「ありがとうございます。魔王陛下、妃陛下♪」」」」」」」
「「まあ、礼はいっておく」」
俺たちと王子が南大陸に行っている間、海賊砦で幼子たちのお世話とお留守番をしてくれたテニアンには最初にネックレスを渡してある。彼女の魔珠は透明になったが、他の巫女たちはルケモンさんへのオーダー通り、それぞれの色に変わった。
ソルベシアの城壁上で救出したミリアンはオレンジ。砲座に倒れていたマシアンはピンク。城の前にいるところを回収したルキアンはパープル。城の尖塔監視哨にいたシャリエルはブルー。その後、帝国軍の馬車にいるところを救ったカイエルはイエロー。帝国軍本陣にいたメリアンがグリーン。最後尾の白天幕にいたオリクエルがブラウン。双子の護衛フェルとエアルはゴールドとシルバーに変わった。ちょっと派手だな護衛双子。
「……って、あれ?」
今度こそ、見分けはつく……かもしれんけど。彼女たちは魔珠の部分を、大切そうに服の胸元に入れてしまった。あっ、と思ったけど、わざわざ止めるのもなんだな。バレちゃうし。
「ヨシュア。見分けるたびに、あやつらの胸元を覗き込むのかの?」
「そんなん、するわけないでしょ。それ衛兵呼ばれちゃうやつだよ」
良いんだけど……なんか、思てたんと違う。




