356:食うか食われるか
海上から見る大木は、壮観とか雄大とか以前に、どうにも禍々しいものに思える。南大陸で何万もの敵兵を呑み込み “恵みの通貨”に変換した光景を目の当たりにしてきたせいだろう。
「あれ、俺たち近付いたら食われないかな」
「わからんが、大丈夫ではないかのう。樹形を見る限り、エルフが神木やらいう水を呼ぶ木じゃ。同じものはケースマイアンにもあったであろうが」
「……うん」
「海賊砦の樹木に食われそうになった覚えはないのう。わらわたちを……あれじゃ、仲間と見なしておるのではないか?」
「それは……俺も、そう思いたいとこなんだけどね」
いってる当のミルリルさん自身も、そんなに信じてなさそうな感じ。
「まあ、襲われそうになったら転移で逃げれば良かろう」
「そうね」
あんまり根本的な解決になってないが、いざとなったらそれくらいしか思い付かない。サッサと転移で砦に飛んで、王子たちに安全確認してみよう。
「すげえな、おい……」
島の北側にあった小高い丘の内部が海賊のアジトだったんだけど、巨木の根はその丘を侵食している。
あれ、陸地の南側にある平地に生えてたはずなんだけどな。樹木というか、こんもり丸い樹形が天球みたいになっとる。
「見よ、王子が手を振っておる」
見よ、といわれても。まだ砦まで一キロくらいないですかね。アジトのあった丘は見えるけど、人影なんて視認できるわけないでしょうが。
「大丈夫のようじゃな。転移……いや、そうすると、“ぐりふぉん”は回収できんか」
「たぶんね。個別指定しても、この距離で収納は届かないと思う」
「では、素直にあちらから回り込もうかの」
ミルリルが指したのは島の反対側。環礁の南東に内湾への開口部がある。ラバー製のスカートを損傷しないためには、そちらを利用した方がいい。
海賊砦のある環礁の北西から西側に回り込む。海上から見える島の変貌ぶりを再確認して、俺は言葉を失っていた。海賊が使用していた頃は、旧南領府ラファンのある西側から接近してくる船舶を想定して造成されていたのか、城壁風の(近付いてみると見かけ倒しな)物見櫓は西と南に向いてた。その木製の壁は、樹木と草木に覆われて原型を留めていない。
前に来たときは、北東部に緩いスロープ状の位置を見付けて、そこから上陸したんだけど。いまは島の外縁部まで緑に埋まって、ホバークラフトが入り込めるような状態ではない。
「ほれ、そろそろおぬしにも見えるじゃろ?」
「あれは、モフか」
アジトのある丘の上で、白いものが動いていた。その横にいくつか人影のようなものも見えているから、あれが王子と子供たちなのだろう。
「王子と双子もじゃ。子供らも何人かおるのう」
そこまでは見えん。
以前、内湾の入り口は単なる環礁の切れ目でしかなかったのに現在は草木と花で色とりどりのアーチが形成されていた。見た目だけならメルヘンティックというかロマンティックというか、優美なデザインに思えなくもないのだけれども、近付いたらパクッと食われそうでちょっと怖い。
「おぬしの警戒ぶりは……」
「やり過ぎなのはわかってるけどさ」
「いや、おそらく正解じゃの」
「え」
「そこにあるのは、食われた沈船じゃ」
アーチの支柱というか台座というか、草花の根元を支えている物は浮きプランターと化した船の残骸だった。沈船というか、たぶん砦に攻め込もうとして“恵みの通貨”で沈められた船なのだろう。
「南領の……マッキン領主のとこの船じゃないよね?」
南領は、領主の船以外には漁船くらいしかなかった気がするけど。
「あの艦形はキャスマイアで見た、皇国海軍の船じゃな。移乗戦闘艦とかいうやつじゃ」
う~ん……俺たちが皇帝の影武者にケンカ売ってた頃、キャスマイアに攻め込もうとした皇国海上戦力の、別働隊かな。なんにしろ、あっちもこっちも全滅したわけだ。
「魔王陛下!」
「「「ひへいかー♪」」」
内湾の入り口まで、子供らや巫女さんたちが駆けてきていた。ミルリルさん人気者ね。
結果からいうと、島の緑に食われる心配はなさそうだった。あくまでも王子によれば、だけど。
“恵みの通貨”は死体を変換するとき周囲の恵みも取り込もうとするが、通常状態では安定している。高栄養価なエサを食らうのは、その変換期だけだと。食べ盛りの中高生みたいな。もしくは蚊や蟷螂のメスが受精・産卵期だけ食性を変えるような。
「ぜんぜん、安全じゃないじゃん」
王子の理屈でいえば、蚊は――特定の一時期しか――血を吸わないから安全な虫、てことになる。食われかねんリスクを背負った側からすると、“そんなわけねーだろ”、である。
だいたい、現状が安定していようがいるまいが、いっぺん変換が始まったら連鎖的爆発的に膨張拡大して、あの南大陸のポップミートみたいになるわけだ。あんなん誰も止められんわ。
これは……なんか起きないうちに、お暇しましょうかね。




