355:寄り道の樹
なんかアクセス数の伸びがスゴいんですが……
ちょっとサイモン編の作業進めるので更新不定期になります
翌朝、コルロ改めケインの家族に見送られ、俺たちは首都ハーグワイを出る。
自分を道化師と称した彼の精神的自傷行為は、ひと月と経たずに終了したわけだ。
「住民登録もやり直しだよ。面倒臭いったらありゃしない」
付き添いぽく顔出してくれたエクラさんは不貞腐れたようにいうけど、目は笑ってる。自分の部下がホームシックでゾンビみたいになってるより、家族と一緒に福々しい顔してる方が良いに決まってる。
「まあ、いいさ。家族も登録するついでに、ケインは空いてた“魔導学術特区”担当の初等政務官に突っ込んじまおう。二年も鍛えれば高等政務官くらいまでいけるね、うん」
なんか大変そうなことをいってるけど、ケインはもう全く動じない。静かで穏やかな笑みを浮かべたまま、上司であるエクラさんの要求を素直に受け入れている。
なんか、変貌し過ぎた気がしないでもないけど。
面白いくらいボッコボコにされたケインの顔と奥さんのズル剥けた拳は、エクラさんが治癒魔法を掛けてくれた。ケインのハナがいまも曲がっているように見えなくもないが、たぶん気のせいなのだろう。
「ああ、そうだ魔王?」
エクラさんが何か思い出したようにいう。思い出したんだろう。変な話じゃなきゃいいけど。
「ラファンの連中が、遊びに来いってさ。いまは“吶喊”も向こうだ。今度は、面倒な話も鬱陶しい敵も、いないはずだよ。暑苦しい領主もね」
「わかりました」
「ついでじゃ、海沿いからラファン経由で帰るかの」
海賊砦の王子たちも、ご無沙汰したままで気になるしな。前から頼んでおいたものも受け取ったから丁度良い。
「エクラさん、キャスマイアは、どうなってます?」
「どうにもなってないねえ。直近の脅威は消えて、復興には入ってるけどさ。人材不足は一朝一夕には、どうにもならないよ。その上、変な話だけどね。あそこはさ、急ぎじゃないだろ?」
そら首都と比べれば、優先順位は低いだろうな。皇国海軍の残存兵力を全滅させた実績もある精兵揃いだ。とりあえず防衛に問題はないだろうが、不安材料があるとしたら補給か。
「物資は、足りてます?」
「旧南領から、魔王の追加物資は送ってあるよ。春までは……いや、秋の収穫期まで大きな問題はないね」
であれば、キャスマイアに寄る必要はなさそうだ。海に出て一気にラファンを目指そう。
「最初に海賊砦じゃな。問題はないと思うが、あそこは子供だけだからのう」
「了解。それじゃエクラさん、俺たちはこれで」
「ああ。何かあれば連絡するよ」
それは、ないことを願ってますがね。
旧南領への支援と流通の確保は約束したけど、具体的な話は春になって俺たちがケースマイアンに戻ってからだ。とりあえず不足が予想される備蓄食料は既に納品してある。
「じゃあ、エリちゃん、またね」
「まお、みる、ばいばい♪」
「おお、エリも達者での」
「魔王陛下、妃陛下。本当に、お世話になりました」
娘のエリちゃんと奥さんシャーリーさんが、揃ってお礼をいってくる。家長のケインも幸せそうに微笑んで、俺たちに頭を下げた。彼の腰には奥さんが、首にはエリちゃんがコアラのようにしがみついている。可愛いけど、なんか三人セットで一体化した、“そういう生き物”みたいな印象。
それが家族っていうものなのだとしたら、少し羨ましい気はする。俺たちだってあのくらい、いやそれ以上に結び付いている自信はあるんだけどね。俺とミルリルさんはニッと笑って頷き合う。
ホバークラフトを始動して、海へと進路を取る。少し南下しながら、速度が出せるように無人の平地を選んで進む。雪の下は農地か放牧地なのだろう、しばらくはフラットな地形が続いた。
「敵がいない旅というのも久しぶりじゃの」
「そういってる端から敵やら魔獣やらが出るので、そこは黙っとこうね」
「何もないのも退屈ではないか?」
「……ないわ。せっかくのお休みなのに戦ってばっかりだったじゃん。少しはゆっくりしようよ」
ここ一か月ほどは、どうにか休みらしい穏やかな日々が続いていたけど。ここだけの話、それはそれで何か落ち着かない気分になったりして我ながら呆れた。俺は休む気ないんか。社畜根性が残ってるな。
経済速度で走ること二時間ほど。小高い丘を越えると、海が見えてきた。春が近付いているせいか、波は穏やかで白い波頭もわずかにしか立っていない。海面は淡い日差しを受けて、キラキラと輝いている。
「綺麗じゃのう」
ええと……“キミの方がキレイだよ”とかいうとこなのか。無理だな。俺はコルロ改めケインのように、真顔で甘ったるい台詞を吐くようにはなれん。
「そうな」
ひどく当たり前の返答しかできない自分に、少しガッカリする矛盾。まあ、改善に努めよう。
南下の途中で日が傾いたため、海岸に上がって一泊した。急ぐ旅でもなし念のため、という判断だが正解だったようだ。夜は風が出て軽く吹雪いた。
「ヨシュア、もう少し南じゃ」
一夜明けて翌朝も快晴。のじゃナビは相変わらず安定の精度で海賊砦への進路を示してくれる。海面を進むことしばし。水平線の向こうに、何やらモッサリしたシルエットが浮かび上がる。
「なんじゃ、あれは。ちょっと見んうちに、エラいことになっておるのう……」
近付くにつれて露わになる異様な全貌。世界樹のような巨木が、海賊砦のあった環礁全体を覆うように根を張り巡らせながら聳え立っていた。




