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【完結&書籍化】スキル『市場』で異世界から繋がったのは地球のブラックマーケットでした  作者: 石和¥
8:帰るべき場所

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352/422

352:朽ちる心

「「……どうした⁉」」


 共和国首都、議事堂内の会議室で、俺とミルリルは愕然としていた。

 コルロの姿を見ての第一声がそれだ。前にハーグワイで別れてから一か月くらいしか経っていないにもかかわらず、ゲッソリとこけた頬にカサカサの肌、落ち窪んだ眼は曇って、キョロキョロと落ち着きなく泳いでいる。

「……だ、大丈夫、……平気だ。……問題、ない」

「おぬしはもう、“大丈夫かどうか”の問題ではなかろう」

「そうだよ魔王に妃陛下。アタシが訊きたいのは、どうすりゃ止められるかってことなんだ」

 首都の評議会理事となって多忙なはずのエクラさんがわざわざサルズまで連絡を取って俺たちを呼び出したのだ。何かがあったのだとは思ったがここまでとは想像していなかった。何より不安を煽るのは、生気の抜けた顔で必死に笑おうとしているその表情だ。

「……大丈夫、大丈夫だよ。……俺は、やっていける。……絶対、上手くやるって、だってさ」

 やってけるも何も、お前もう完全にアウトだろ⁉

「え、エクラ殿?」

「ああ、アンタたちの考えていることは、わかる。アタシたちが無理に働かせた結果ってわけじゃない。病気でもないんだ。少なくとも、身体はね」

「……なるほど、そういうことじゃな」

「なに、もしかして」

「“ほーむしっく”じゃ」

 そうね。そりゃまあ、そういうことなんだろね。幸か不幸か俺には前の世界にさほどの人間関係は残してなかったし、家族や親族はほとんどが身罷っている。でも、コルロは違う。彼は必死に退路を断って思い出を封印して忘れようとしてきたが、それは逆に、そうまでしなければこう(・・)なってしまうであろう予感が――というより、たぶん確信が――あったからだ。

「休めっていっても聞かないんだよ。仕事をくれ働かせてくれって無茶な量を抱え込んでさ。就業時間外には、部屋にも帰らず暇さえあれば走ってる。事務方だってのに、何を目指してるんだか」

 何も目指してない。目的地が見つからないのが問題の根本だろうな。俺も若い頃の失恋経験から、何となくは理解できる。休めといわれても、部屋でひとりになると忘れたい記憶ばかりが押し寄せてくる。考える時間をなくそうとして酒に逃げるか女に逃げるか。両方無理なら身体を動かし続けるしかない。

「もしかして、コルロは酒が飲めない体質ですか」

「よくわかるね。飲めなくはないが好きじゃないそうだ」

 この世界で聞いたことはないけど、違法薬物でもあれば、それに逃げてたかもしれん。俺の場合はごく小規模な、かすり傷程度の傷心だったが、彼の場合は失ったのが愛する妻子だもんな。プライベートな話を聞いてはいないけど、家庭的な男だったみたいな印象だし。家庭的な傭兵ってのもピンとこないけど、それはともかく。

「どうするかの」

 ミルリルさん、“どうにかせい”って顔されても、それ無理よ? 俺たちにどうにかできる問題じゃないもの。家族の代わりはいない。例えば、他の女を作って、こちらの世界で別の家庭でも持てばいいんだけどさ。たぶん、そんな風に割り切れるような男なら、こんなことにはならない。

「わかっておる。わらわにも、理解はできる」

 俺にもわかるよ。ミルリルと引き離されてまた別の世界にでも飛ばされたら、正気を保ってはいられないと思う。でも……どうしたら良いかなんて、わからない。俺が彼の立場なら、きっと。

「……ほっといて、くれ」

 そうだよな。きっと、そういうと思う。どうせお前らには何もできないんだから、俺に触るな。そんなところだ。いっそのこと完全に気が触れてしまえば楽になるのかもしれんけど、そう簡単にはいかんだろな。自分より他人を気遣うような奴は、最後の最後まで正気なのだ。

「コルロ」

「……俺は、大丈夫だ。……上手く、やっていくって、……いったんだから。……だから、もう、忘れて、くれって……いったんだから」

 泣き笑いの顔でブツブツいいながら、コルロは部屋のなかを落ち着きなく歩き回る。

 それは、あれか。半月ほど前に預かった手紙の話か。何を書いたか知らんが自分で送った手紙の文面が、いまになって自分に刺さってるというわけだ。あるある。あるけど、あまりに痛ましくて突っ込めん。

「“こづつみ”は、コルロの家族に届いたのかの?」

「……たぶん」

 金貨や写真やルケモン師匠の特製魔道具と一緒に、サイモン経由で指定された住所には送ったけど。その後どうなったかまでは、わからん。リンコのときも、逆に荷物や手紙が帰って来たって話は聞いてない。返送自体はできるかもしれんけど、サイモンのいる地域はフェデックスやDHLみたいな大手が入っていない上に、紛失や窃盗で荷物の到着割合が低いのだそうな。だからサイモンは俺の頼んだ荷物を個人の手持ち輸送(ハンドキャリー)で信用できる国まで運び、そこで発送してくれていると聞いた。礼は伝えて謝礼も弾んだけど、逆ルートではそもそもサイモンのところに届かない可能性が高い。

「あのな、コルロ」

 どうにかしなきゃと思って話し掛けてはみたものの、伝えられる言葉なんてない。慰めなんて鬱陶しいだけだろうし、アドバイスなんてできない。代わりの女作れとかいわれたら、俺なら問答無用でぶっ飛ばす。

「……な、なあ、魔王」

 急に何か良いことを思い付いた顔で、コルロは俺に詰め寄る。近い近い近い……顔が近い。目が恐い。あと汗臭い。こいつ、もう身嗜みも整えられないようになってるのか。拙いぞ、それメンタル的には末期症状だ。

「……魔王に、何を捧げたら、……妻と娘を、返してくれる?」

 いやいやいや、俺が奪ったみたいにいうな。こっちもお前と同じ召喚の被害者だっつうの。これ、どう答えればいいのよ。何もらっても無理って正直にいってやるべきなのか? 教えて魔女様⁉

 ……目ぇ逸らされたし。じゃミルリルさん、ヘルプ……

「わらわからも頼む。なにか良い知恵はないかの、ヨシュア」

 そんなん、ないわぁあああッ!!

 心のなかで叫びながら、俺は小さく息を吐く。こういうとき、場当たり的な気休めでは傷を深くするだけなのだ。だから、正直にいってやった方が、却って本人のためになったりするのだ。たぶん。

「……ふッ、では教えてやろう」

 逆ギレ的に中二病的な魔王様を演じた俺は、“大丈夫かヨシュア?”“アンタ本当に大丈夫なんだろうね”という女性陣からの視線を受けて背中に冷や汗を垂らす。

 そんなんいうなら自分でやってください。

「あ、ああ。教えて、くれ。なんでもする、なんでも捧げるから!」

 いや、なんも要らん。ホント、何にも思い付かないんだけど……ああ、もう知らん!

「愛する者の名を呼べ」

「「「⁉」」」

 やべえ。やってもうた。コルロの目がキラキラしてる。希望を見出してる。一縷の望みに縋って全力で呼び始めた。

「シャアァアリイィイイイイィ……ッ!!」

 いきなりドン引きするほどのガチ絶叫である。

 疲労困憊するまで叫ばせておいて、“お前の気持ちは届いたが、召喚するまでの力ではなかった”とかなんとか、惜しかったね残念賞みたいな着地点を想定してたけど、これ無理。このスゲー()、もう俺には撥ね返せない。愛してるだとか会いたいだとか君がいなければ生きていけないだとか、そんなこと(コルロからは愛情表現の受付窓口だと思われている)俺に向かっていわれても困る。かなり本格的に困る。エクラさんとミルリルさんは、“うへぁ……”って顔で距離取ってるし。ひでぇな。

 ふと気付けば、コルロは静かになっていた。良かった落ち着いたか、と思ったところで大きく息を吸い込むのを見てヤバいと気付く。大の男が涙と鼻水をブチ撒けながらのガチ絶叫第二弾が、会議室の壁を揺らしてビリビリと響き渡る。


「エエエエリィィイイ……ッ!!」


「……ッ!?」

 いきなり、目の前に魔力光が瞬く。何かにゴッソリと、魔力を持ってかれた感覚があった。血の気が引き、視界が暗くなる。倒れそうになるのを、何とか堪える。異常を察したミルリルさんが、俺に肩を貸して支えてくれた。

「おいヨシュア、どうしたんじゃ⁉︎ なにがあった⁉」

「……い、いや、……それは、むしろ俺が訊きたい……」

 光が消えると、コルロに突進してゆく小さな影が見えた。


「だァいぃーッ!」

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― 新着の感想 ―
[気になる点] あー、願いを叶える魔道具をエリーが持ってて、エリーも会いたいと思ってた所にコルロの叫びでパスが繋がってエリー側から来たのかな?これ…… まぁ、どっちにしろ……愛は異世界にも届く!!
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