351:奇跡を継ぐ者たち
本作書籍版一巻、5月25日発売!
オーバーラップノベルスさんのサイトでアナウンス開始されました。
https://over-lap.co.jp/Form/Product/ProductDetail.aspx?shop=0&pid=9784865544978&vid=&cat=NVL&swrd=
※書籍版では「スキル『市場』で異世界から繋がったのは地球のブラックマーケットでした」に改題しました。
「ああ、良いところで会ったな魔王、できたぞ」
サルズに戻って半月ほど経った頃、俺は市場で出会ったルケモンさんにいわれた。いきなりのことで、何の話かわからず戸惑う。できたって、何がですのん?
このひと、“奇跡のルケモン”と称えられる伝説の名工なんだけど、色々と足りない。説明とか愛想とか飾り気とか商売っ気とかな。これで宝飾品店の店主というんだから面白い。トップランカーってのは、どの分野でも多かれ少なかれ変わってるもんなんだろうな。
差し出されたのは、薄くて素っ気ない木の箱がふたつ。あ、ああ……思い出した。
「コルロの……あれですね」
離れた家族に贈る魔道具だ。頼んでおいて忘れてたことは、何とか誤魔化す。奥さんの身を守り、娘さんの願いを叶えるとかなんとか。まだ研修で首都から離れられないコルロに代わって、ミルリルがルケモンさんに頼んでおくという話になっていた。聞いてはいたんだけど、久しぶりの休みを満喫するうちに、すっかり記憶の既決箱に入っていた。
「嬢ちゃんから聞いた、望み通りには仕上げておいた。悪いが、魔力供給はお前の指輪に紐付けておいたぞ」
「……供給?」
「ああ。急速な魔力消費が発生した場合の逃げ道だ。魔石にも魔力を込めてはあるが、状況によっては足りん。魔力消費が蓄魔力を越えると身に着けている者から供給することになるが、魔力量の少ない女子供では健康を損ないかねん」
なんとなく、わかった。わし、また外部燃料タンクみたいな感じになってるわけですな。別にいいけど。
「構いませんが、それ異世界まで届くんですか?」
「知らん」
ちょっと、ルケモンさん⁉︎
「そんなもん、やってみんことにはわからんわい。試す方法なんぞあるわけなかろうが」
まあ、それはそうでしょうけど。
受け取って礼をいうと、奇跡の名工ルケモンさんは仏頂面のまま首を振る。
「礼をいうのはこっちだ、魔王」
ルケモンさんがいってるのは、サルズの商業ギルドと共同で始めた集団工房の話だ。それも商用ではなく、教育用の。鍛冶や職人を目指す若者を育てる、職業訓練施設みたいなものだ。場所は押さえて志望者も揃ってたんだけど、商業ギルドの内紛で資金を止められ頓挫しかけていたらしい。そこに折り良く“ケースマイアンの魔王”からの大口契約――俺とミルリルの結婚指輪――が入ったんで、その報酬をまるっと全部、突っ込んだのだとか。
職業訓練施設の開始資金を個人で持ちますか。オットコ前な大盤振る舞いですなルケモンさん。
「ルケモンさんの収入から出したんですから、礼をいわれるべきは俺じゃないでしょう。それはそれとして、ケースマイアンも資金援助しますよ?」
「それは筋が違う。サルズの職人たちは層が薄く技術がない。それを底上げするのが目的なのだから、カネを出すべきはサルズの人間。少なくとも最初は、利益を享受する者たちからだ」
「それは、そうですけど」
「俺が自分でカネを出すのも、嬢ちゃんから聞いた話で思い付いた。あのエクラをも震撼させた、異界の商法、“うぃんうぃん術”からな」
なんかまた知らん名称で話が盛られてる気はするが、まあ良いや。
ミルリルから聞いた話っていうのは、サイモンの再建した学校とか病院とか工場とかの話かな。そっからどういう経緯があったかは知らんけど、サルズの若手を支援するのに役立つなら素晴らしいことだ。
「工房の様子は、どうです?」
「イカレてる」
偏屈ドワーフの名工は突き放すようにいうが、その顔は嬉しそうだ。
「どいつもこいつも、頭がおかしいくらいに、のめり込んでる。なにせ最初の仕事が、あれだからな」
俺が教材を兼ねた修理依頼として出した、装輪装甲車のことだ。修理箇所は曲がった後部の車軸だけど、他の部分も分解して良いと伝えてある。もちろん、必ず元に戻すという条件でだ。
初めてキャスパーを見せたとき、工房にいたドワーフたちは一斉に息を呑んだ。指で触れ、あちこち覗き込み、拳でコンコン鋼材の音を見ながら、顔色と目の色が変わってゆくのは面白かった。
ミルリルによれば、ドワーフはひとつのことに興味を持つと過集中状態になるそうだ。飲まず食わず寝ず倒れるまで作業し続けることになるというので、ミネラルウォーターと携行食を大量に差し入れしておいた。
「どうにかなりそうですか?」
「するさ。多少の困難で諦めるようなら職人には向かん。まして、あんな化け物を前にして奮い立たんようなら、他の職を探した方が良い」
ルケモンさんは宝飾品というか魔道具が専門だけど、機械工学の素養もあるようだ。最初にキャスパーを見たとき、最ものめり込んだのがこの人だからな。
「伝えるのを忘れていましたね。無事に仕上がったら、報酬は金貨千枚です」
「多過ぎる……」
ルケモンさんは言葉を止めて、俺を見る。首を振って、小さく笑った。偏屈な彼が初めて見る、優しげな笑いだった。
「なるほどな」
「そうですよ。俺は、施しなんてしない。自分だけ損を被るのも、自分だけ利益を総取りするのも、商人としては二流三流。出した金貨くらいは楽に回収できると踏んでのことです」
ホントはけっこう被ったり被されたりしてるけど、そこは頬被りで笑う。最終的に利益が出れば、それは失敗ではない。
まだ達成していないだけ。南大陸ソルベシアのエルフを笑えんな。
「おーい、揃ったぞヨシュア」
市場を回っていたミルリルが帰ってきた。両手に山ほど荷物を抱えている。ルケモンさんに挨拶して、手を貸そうと駆け寄る。
「……エンシェント・ドワーフか。いいつたえは、本当だったのかもしれんな」
去り際、奇跡の名工は、よくわからんことをつぶやいて、笑った。




