35:銃弾の行方
俺は最初、勘違いしていた。
騎兵相手の戦争など詳しくは知らないし、その対策を考えたこともなかった。なので、馬防柵というのは馬の突進を防ぐもので、要はバリケードのひとつなのだと思っていたのだ。
「完全に間違いではないがのう」
機関銃座で射撃手を務めることになったドワーフのハイマン爺さんは開戦前、陣地構築のため丸太に有刺鉄線を固定しながら、その有効な配置を俺に教えてくれていた。
「騎馬兵なんぞ目方が人間の10倍は優に超える、そんなもんが突っ込んで来たら剣や弓どころか槍や戦槌でも対処なんぞ出来ん。だから突進を防ぐっちゅう狙いは、たしかにその通りなんじゃ」
ただし、とハイマン爺さんは用意した丸太の量と平原の広さを示して、いった。
「馬の動きを完全に止めるのなんぞ、無理な上に無意味じゃ。相手もよほどのバカでない限り、止められるとわかって突っ込んでは来んしのう。だから、隙や粗を見せて、上手いこと走らせて、やつらに自分の意志で敵陣を突破してきたように思わせて、誘導するんじゃ。そう、例えば……」
機関銃の、殲滅用の空間に。
「我が名は第1近衛騎兵隊カーク・ヴァイシュトル! いまこそヴァイシュトル家の武勇を、蛮族どもに見せてくれ……るッ!」
まず飛び込んできたのは騎兵槍を水平に抱え、輝く銀甲冑の上に真紅の外套を翻した屈強な騎士。
どこぞの貴族なのか所属と家名を名乗り一番槍を宣言していた彼は、殺意に酔い高揚した雄叫びを上げたまま、銃弾に全身を喰い千切られた。
血飛沫を上げて崩れる馬体に、後続が巻き込まれて次々に倒れ込む。
脇を抜けて突破しようとした数騎もまた、別の方向から飛来した銃弾で横殴りに吹き飛んだ。いくつか着弾時点でのダメージ差があるものは狩猟用弾頭なのだろうか。俺の目からは距離があり過ぎて視認できない。
なにが起きたのかわからないまま、数百の騎兵たちはそれぞれに意識を生命ごと刈り取られ倒れてゆく。見る見る折り重なり積み上げられてゆく馬と兵士の死体の山が、後続の進路を塞ぎ視界を迷わせる。迷いは足を止め勢いを殺し、そのまま彼ら自身をも殺す。
それは、戦闘ではない。ただの虐殺だった。
身体を低く構え、騎兵の死体を遮蔽にして突入してきた軽歩兵の集団も、銃火による蹂躙を免れることは出来ない。声もなく仰け反り糸が切れたように倒れる彼らの血肉は必死で足掻く騎馬の馬蹄に踏み潰されて泥濘に混じり合う。
逃げられない。誰も。
兵たちは突進を続ける自軍に背後を塞がれ、押し出されるように銃弾の前に身を投げ出すと、流れ作業のように死体となって血溜まりに沈む。
「助けて」か「許して」か、聞き取れない懇願の叫び。
いくつもの声が連鎖的に甲高い高音となって響くが、銃声と怒号に掻き消されて判然としない。
何十何百の屈強な兵士たちが呆気なく屠られてゆくさまを、俺は100数十mの高さから俯瞰している。大きな構図としてはまるで、アナクロなパチンコ台みたいなものだ。銀色の粒がそれぞれに渓谷の入り口を目指してあちこち跳ね回りつつ大回りしながら押し寄せてきて、だが大入賞口の手前で詰まる。赤と銀に染まった粒が、台の底辺近くにどんどん溜まってゆく。
地獄絵図というのは目の当たりにすると、ひどく滑稽で、遠くから眺めると、案外単調なものだとわかった。この茶番劇は、まだまだ続くのだ。俺は心のどこかで溜息を吐く。逃げることも出来ないし、目を逸らすことも許されない。
自分が始めたことの、これは結果なのだから。
気付けば、俺の隣でミルリルが無表情に惨禍を見下ろしていた。俺も彼女も、手持ちの銃は射程が短いので、後半戦に向けて弾薬を温存しているのだ。手持無沙汰な時間が、余計な感情を想起する。
「わらわは、これが狩りというたな」
ミルリルが静かに呟く。
「間違いじゃ。とんでもない、大間違いじゃ」
ミルリルはそういうと、迫撃砲の観測支援に戻る。俺も同感だ。まったくその通りだが、受け入れたくなかった。
「ああ、そうだな。……こんなことになるとは俺も、思ってなかった」
いいや、それはウソだ。俺は知ってた。ハッキリと理解していた。そして、これから、もっと酷くなることも。
俺は王都方向の空に浮かんだ黒点を見据える。それは、どんどん大きくなる。全部で10数個。いや、もっとか。待ちに待った本命。
有翼龍だ。




