346:荒野のフラグメンツ
おぅふ、23日19時更新予定分が投稿されとる……けど、このまま行きます。次は24日19時更新予定です。
あくる日、ホバークラフトの前に集まったのは俺とミルリルの他に虎獣人のコッフと彼の両親、ドワーフであるカイニャと彼女の両親、プラス乳幼児の妹、計七人だ。コッフの父親は若い頃に冒険者としての経験があり、危険な依頼の――比較的、ではあるが――少ないサルズの冒険者ギルドで再チャレンジするつもりのようだ。カイニャの父親は商業ギルドに登録して鉱夫兼野鍛冶として働く予定なのだとか。
「ミルリル、野鍛冶ってなに?」
「自分の鍛冶場を持たん鍛冶師じゃ。大きな工房に所属したり伝手で借りたりというのを含めれば、数の上では、そちらの方が多いの。いまのわらわも、広い意味では野鍛冶じゃ」
ケースマイアンに帰れば共用工房があるが、いまは期間限定フリーランス、みたいな意味かな。
「それじゃ、またね魔王、妃陛下」
「お世話になります。次にお会いするときは、荒事絡みじゃないことを祈ってますよ」
「それは、こちらがいうことじゃないかねえ?」
わざわざ忙しいなか見送りに来てくれたエクラさんローリンゲンさんたちに手を振って、俺はグリフォンをサルズに向けて発進させる。平坦な地形を選んで南下すること小一時間。最初のうちは轟音と奇妙な乗車感覚に落ち着かない様子だった避難民たちだが、すぐに慣れて後部コンパートメントで寝息を立て始めた。
「こっちのひとたち、わりとすぐ寝られるんだな」
「厳しい状況になったら、食事と睡眠は取れるときに取れ、というのが定説じゃ。あやつらも苦労はしておるようじゃからの。ひとまず安全が確保されたいまならば、爆睡は正しい判断じゃの」
「なるほどね。ミルリルも寝てて良いよ? たぶんもう、サルズまでの道中で問題は起きないだろうから」
「……ヨシュア?」
「ち、違うよ、いまのはフラグじゃないよ?」
「だと良いがの」
中央領にある首都から旧西領を掠めて南領の西端にあるサルズへ向かうコース。距離は概算で四百キロ強ってところか? わからんけど、五百キロはないと思う。グリフォンの最高速度は時速八十キロくらいだけど、平均時速で出せば、三、四十キロがせいぜいだろう。
「暗くなるまでに到着するのは……難しいな」
「急げばどうにか、といったところじゃの。しかし、そこまで急ぐこともなかろう?」
「まあね。どこかで一泊する気持ちで行こう」
最大の難敵も始末が終わり、いまは気を張ってるわけでもないので……というか、ハッキリいって気が緩みきっているので、丸一日ずっと操縦し続けたりすると、どっかで事故でも起こしそうだ。
太陽が中天に昇ったあたりで、お昼ご飯を兼ねた小休止。風を避けられる窪地にグリフォンを停止させ、食事用の竃を組む。といっても火力はガソリンストーブだが。
「あ、あ……」
轟音を立てていたグリフォンのエンジンを切ると、軽い耳鳴りが残って変な声が出る。正確には騒音の主体は推進用のファンブレードなんだけれども、それはともかく。ミルリルのいう金床耳の状態だ。優しいミルリルさんは俺の耳に手を当てて、魔力循環で治してくれた。
どうやるのか、自分ではわからん。相変わらず“市場”“収納”“転移”以外の魔術的能力は、からっきしの魔王である。そもそも魔力循環というのが、俺にはよくわからん。やり方を聞いてはみたが、上手くいかなかった。身体強化やら健康維持やらに役立つ便利な技術らしいが。亜人はみんな普通に、というか無意識のうちに使用しているらしい。なにそれ、ズルい。
実際、同乗していた避難民……いまはサルズへの移住者だが、彼らは騒音などなかったかのように手分けして食事の準備を手伝ってくれていた。食材はサイモンから調達したもの。ケースマイアン組にも分けたけど、ウラル軍用トラックの荷台には限界があったので俺たちの方が分け前は潤沢である。
「まおー、これなに?」
「缶詰だよ。中身は、ええと……コンビーフ、知らんか」
知ってるわけないよな。食用の牛がいないんだもの。諸部族連合領には、ツノ牛だかいうのがいると聞いたけど。そっちは俺も知らん。
「しらない。おいしい?」
「おう。そこの芋をな、刻んで一緒に炒めるんだ」
大鍋でハッシュドブラウンとコンビーフに卵。もうひとつの大鍋でシチューを作る。缶詰に野菜と根菜と冷凍のミートボールを入れた手抜き料理だけど、旅の途中はこれくらいでいいよな。美味しいご飯はサルズに着いてからだ。生鮮食品の中に混じってたパンがまだ残ってたので、それも一緒に出す。
たぶん味はそれなりだけど、見た目は豪華だしボリュームもたっぷりだ。食器はいつもの王国軍から奪った行軍用。テーブルは木箱で、段ボール箱から少しランクアップした。
「「たべていい? たべていい?」」
「いいぞ。はい、いただきます」
「「にゃひゃー♪」」
みんなで並んで、食べ始める。大人も子供も美味しいと好評である。ミルリルもモキュモキュと満足そうに食べている。
「これは何じゃ?」
「ハッシュドブラウン。芋の細切りを油多めで焼いたの。その細い繊維が、コンビーフ。塩漬けにした牛の肉だよ」
コンビーフの製法はうろ覚えだが、言葉の意味でいえば、そうだったはず。日本製のは馬が入ってたけどな。サイモンが揃えてくれたのはリビーとかいう海外メーカーので、ちゃんと牛肉感あって美味い。
「初めて見る料理じゃ。これは、なかなか美味いのう」
「細切りの芋は、“狼の尻尾亭”でも出てたね。調理法は、もっと繊細だったけど」
「うむ。旅の途中であれば、このくらいの方が良いのう。身体を動かすには水と塩、寒さに耐えるにはなんといっても脂じゃ」
なるほど。冬の旅にはカロリーの必要性が切実なわけね。乗り物移動だから、あまり意識したことなかったな。
「もっと食べられるひとはお代わりしてね」
「「わーい♪」」
食後にはお茶と、甘いものでも出そう。といっても既製品の安いやつだけどな。
食事を終えたミルリルさんは俺の背中に寄り掛かって空を見上げていた。
「ううむ……今日は良い天気じゃのう。ここまで平和だと眠くなってきそうじゃ……のッ?」
ミルリルは言葉の途中でガバッと立ち上がった。
「全員、撤収じゃ! 車内に急げ!」
ちょっと、勘弁してよミル姉さん。食器の片付けをしていた移住者たちを、俺たちは急いでグリフォンの車内に戻らせる。
「荷物は構わんで良い! なかに入って、扉を閉めよ!」
「まおー」
「ひへーかは?」
「わらわたちは、心配ないぞ。そうじゃろ、魔王陛下?」
「ああ、うん。がんばります」
けど、何が来るかわからんので、まだなんともいえん。車外に置いた荷物は一気に収納で仕舞い、代わりに銃器を用意する……といっても相手を想定せんことには選べんわな。
「ミルリル、何が来るの?」
「まだ距離はあるが……あの遠吠え、おそらく森林群狼じゃの」




