344(閑話):君を思う
『すまない、シャーリー。約束は果たせそうにない。
帰ったら見に行くはずだったポーチのテーブルセットも、春になったらやるはずだった屋根の修理も。小さなエリが大学に入ったら、夫婦でマイアミに移る計画も。いつものことだと呆れるだろうけど、忘れたりしてない。神に誓って、破るつもりもなかったんだ。俺は、約束を守ろうとして、選択を誤った。それだけだ。
オルランドとの契約を延長した経緯は電子メールで送った通りだ。月六千五百ドルで三か月更新。比較的安全な後方地域での要人警護と物資移送。そこに大きな嘘は、なかったんだけどな。
ひと月半ほど経ったところで、俺のいた部隊は撤退行動中に遭難した。おかしな砂嵐が過ぎた後に、気付けば俺たちは雪に埋もれた古い都市にいた。ひと気のない廃墟みたいな街で、どこぞのエンペラーだとかいう偉そうで怪しげな爺さんに引き合わされた。そいつはオルランドを“勇者”と持ち上げ、部下の俺たちごと雇用するって、山ほどの金貨を渡してきたんだ。どう考えても警戒するべき状況だが、オルランドはそれを受けた。アルカホリックで二度の離婚歴があり膨大な慰謝料と養育費に喘ぐ五十七歳の“勇者”は、“魔王”を殺せば莫大な褒美とともに帰還させてやるなんて、何の裏付けもない怪しげな口約束に乗ったんだ。
その後どうやら、“魔王”との戦闘で部下や雇用主と一緒にエンパイア・パレスごと吹き飛ばされて死んだようだが。俺はといえばさっさと逃げて、当の“魔王”に拾われたよ。
それも君のお陰だ、シャーリー。危険な状況になったら何もかも捨てて逃げろって、何度も約束させられていたことが、俺の命を救ってくれた。
会ってみれば当の“魔王”は、俺と同じように拉致されたエイジアンの一般市民だったよ。既にこちらの世界で地位と信用を得ていた(それで魔王というのがよくわからないのだけど)彼は俺の安全と今後の生活を保障してくれて、生き延びる知恵を貸してくれた。故郷に荷物を送るために小さなポータルゲートを開いてくれた。この手紙と荷物が、それだ。問題は、そこを通れるのが命のない物質だけってこと。残念ながら、帰還の方法はないそうだ。
ああ、シャーリー。本当にすまない。そして、こんな荒唐無稽な話を、信じてもらえるとは思っていない。同じ状況なら、俺だって信じないからな。だから、せめてもの言い訳として、写真を同封する。異世界の存在証明がコダックのポラロイドフィルムだなんて、笑えるよな。デジタルデータと違って改竄できないらしいから、用途には合ってるのかもしれんが。
写真の背景は、俺が保護された共和国のキャピタルだ。名前は忘れた。映ってる大きな建物がカンファレンスホール。俺の横にいるスマートフォンのセールスマンみたいな笑顔の男が魔王。小さな女の子が彼のワイフだ。俺が手を置いているクリスタルボールは、鑑定を行うマジックアイテム。能力から資質まで調べられるそうだ。どっかの王族みたいな耳の長い男女が、この国のガバナーで魔法使いのエルフ。そう、エルフだ。どうか笑わずに聞いてくれ。ふたり合わせて年齢は三百を超えるらしい。
笑える話なら、他にもある。俺には、魔法の素養があるんだとさ。前職がシステムエンジニアだって話したら、その経験が生きるかもしれないと“魔王”にいわれたよ。何の冗談だろうな。俺が書ける呪文は英語くらいだってのに。こっちじゃウィッチクラフトがCやらパイソンで動いてんのかな。じゃなきゃユニティか。仕組みはプログラムと大差ないとか慰められた。ああ、そうだろうさ。コードを書いた成果がソリューションかイリュージョンかって違いでしかない。
石造りのオフィスみたいな場所で机に向かっている写真、それが俺の新しい職場だ。端に写ってる白服はボスのエルフで、横にいる同僚はドワーフとセリアンスロープだ。いまの俺は、もうそのくらいじゃ驚かない。きっと上手くやるさ。
だからシャーリー、俺のことはもう忘れてくれ。俺たちは行方不明のまま、死亡通知が出るはずだ。もう届いてるかもな。それを受け入れて欲しい。
同封した金貨は、エンペラーの犯罪行為に巻き込まれた俺への補償金みたいなものだ。正真正銘の金純度99.99%超で、売ればトータルで十万ドル以上にはなるはずだ。メディスン通りのカークランドという古物商に頼めば買い取ってくれる。あいつには貸しがある。いまが返す時だと伝えてくれ。換金して、そのカネで新しい人生を送ってくれたら嬉しい。君を守るための特製の魔法を掛けた指輪を送るが、新しく君を守ってくれる男ができたら、捨ててくれ。
最後まで勝手な頼みばかりですまない。君とエリは、俺のすべてだった。いままでも、きっとこれからもずっと。
追伸、同封した手紙とネックレスは、いつかエリに渡してくれないか。』
◇ ◇
『エリ。大好きなエリ。君に会えなくて寂しい。君の声が聞きたい。君に触れたい。君が生まれてからの俺は、君なしには生きられなくなってしまった。君の成長が見られなくて残念だ。きっと世界一魅力的な女性になるんだろうな。たった三年だったけど、エリといられて本当に、本当に幸せだった。近くにはいられないけど、いつまでも君の幸せを祈ってる。同封した木箱は、パパからのプレゼントだ。エリの願いを叶えてくれる魔法が掛かっている。困ったときに君を守り、支えてくれるはずだ。傍にいられなくてすまない。俺の天使。世界中の誰よりも、君を愛してる。永遠に』




