342:災厄の宴
「……アンタたち、今度はまた何をしてくれたんだい」
いくぶん疲れた顔のエクラ女史から、俺たちは微妙な歓迎を受ける。いや、そんな顔されるようなことは、してないと思うんだけどな。
ようやく辿り着いた首都ハーグワイの西側外縁部にある中央領の兵営。衛兵宿舎と食堂と輜重倉庫、練兵場や厩なんかがひと塊りになった、かなり広大な区画だ。ふだん一般人の立ち入りは制限されているようだが、俺たちは避難民ごと特別に入れてもらっていた。
「「「わぁあ……♪」」」
名目は、災害規模の害獣とされる巨大防楯角鹿の実況検分。実際は衛兵隊への獲物のお披露目と、日頃の慰労を兼ねた焼き肉のためなんだけど。食堂に詰めてる厨房スタッフに解体も手伝ってもらった。トン単位の肉なんて食い切れないので半身のアバラ肉と後ろ足一本分くらいをもらって、あとは寄付である。どうやら素材の売却益から、ここまでの農業被害補填や犠牲者に対する見舞金も出るようだしな。
「まだ、かな」
「おいしそ、しか」
獣人を中心とした子供らは揃って目をキラキラさせ、ヨダレをダラダラと垂れ流しながら炙られてゆく鹿肉を見つめている。それをいうなら焼いてる衛兵隊の面々だって、似たようなものだ。たしかに美味そうだもんな。俺も寝不足と空腹で頭が回っていない。
「……で、エクラさんすみません、なんでしたっけ」
「何がどうなったんだい、これは。中央領で動ける衛兵を総ざらいで掻き集めて、決死の化け物退治に送り出したはずなんだけどね」
はい。目撃地点の手前で俺たちと会って、すぐに引き返してきたわけですね。仕留めた鹿肉と一緒に。
「たまたまです。ファーナスさんたちの探し物は、俺たちが先に見付けてしまっていたと」
「それは大変ありがたい話だけど、アンタたちが動くと、いつも血祭りかお祭り騒ぎかだねえ……」
「わらわたちは、良い子にしておったのじゃ。今回は、鹿肉で“ばーべきゅー”をしようと思っただけでのう。あとは、ヨシュアがわらわの尻に敷かれておるのを大音声で告白しよったくらいじゃな」
告白してねえ……つうか、したけど。事故じゃないのかな、あれは。
「何の話か知らないが、そんなのは皆わかってることじゃないか」
「えー」
みんな……には、さすがに、知られてないと思いたいんですけどね。事実だったら凹むので、訊く勇気はないが。
「まあ、アンタたちのおかげで、あの大鹿の被害も最低限で済んだようだし、事故なく死者なく解決できて助かったよ。討伐報奨金はサルズの冒険者ギルドで受け取れるようにしておくからね」
「ありがとうございます」
「「「おーぃひぃいーっ!」」」
練兵場に並んだ炉の前で、避難民たちが焼き上がった鹿肉をもらって歓声を上げている。彼らを見て、エクラさんは小さく笑った。
「避難民たちのことは、評議会に任せてもらって構わないよ。もう皇国も関係ないだろうから、共和国市民としての身分証を作っておく。まあ、とりあえずの移住先はサルズかラファンになるかね」
「ふむ。それでは、わらわたちも久しぶりにサルズに帰ろうかの。“狼の尻尾亭”でゆっくりするのじゃ」
「そうだね」
せっかく宿を確保してもらったのに、ほとんど滞在してなかったもんな……。
「そういえば、皇都の話は聞いたよ。皇帝ごと皇宮を吹っ飛ばしたんだってね」
「……ん? たしかに俺たち皇帝は倒しましたけど」
「皇宮は、吹っ飛んだとしたら別口じゃの。おそらく皇帝が召喚した異界の兵士じゃ」
「それは、ターキフの同類みたいなもんかい?」
「当たらずとも遠からず、じゃな。そやつらが考えもなしにポイポイと爆薬を投げつけてきよって、皇宮のなかでドカンドカンいわせておったからの。……なんぞあったとしたら、その結果じゃ」
「なるほどね」
基本的なところでは事実しか伝えていないのだけれども、納得したようなしてないような顔でエクラさんは頷いた。
「その“異界の兵士”が、共和国に向かってるようなんだよ。悪いけど、詳しい話を聞かせてくれるかい?」




