341:プリデターミンド・ランデブー
「……魔王?」
「こんにちは、ファーナスさん。どこかにお出かけですか」
「お出かけっていうか、相変わらずの討伐行だよ」
すれ違いざま、俺やミルリルを知る衛兵たちが手を振ったり頭を下げたりしてくる。彼らはそう緊張している感じでもないが、元キャスマイアの衛兵隊の猛者たちなので基準にはならんか。周囲の兵たちは背筋が強張っていて表情も硬い。
「なに、今回のは、狩りみたいなもんだ」
「狩り?」
討伐行にしては、編成が妙だなとは思ったのだ。ファーナスさん率いる騎兵が十ほどで、残りは馬橇に乗った弓兵と槍兵。重装歩兵もなく軽装の盾持ちがいるだけだ。攻撃も防御も手段が限定的過ぎる。
それはまあ、良いんだけどさ。
「田畑を荒らして根こそぎ食い尽くす、災害級の鹿だ。地元の自警団が火攻めでなんとか山まで追い立てたらしいが……」
知らず識らず目を逸らしてしまう俺とミルリルを、ファーナスさんは溜め息混じりに見据える。
「……なあ嬢ちゃん、まさかとは思うんだがな」
「ナン、デスジャ?」
「怒らんから正直にいってくれ。お前らの……“ぐりふぉん”くらいある鹿を見なかったか」
「ミタ、カモシレンノ」
うむ。ミルリルさん、相変わらずのウソ下手すぎ問題。これは、ごまかしても意味がない。
「もしかして、もう仕留めたか」
「すみませんファーナスさん、実はそれ自分が」
「うむ。魔王の逆鱗に触れて討伐されたぞ」
ミルリルさん、開き直ったな。いや、別に逆鱗には触れてませんが。
「残念じゃが、早い者勝ちじゃ。この後で焼き肉をするのでの。食いたければ、祝宴に加わるのは構わんぞ?」
「残念も何も、その“早い者”から順に死んでるから決死の覚悟で来たんだけどな。頼みの綱のエクラ理事も、いまは首都から動けんしな。……というか逆に、何がどうしてそうなった」
「あ……ええと? たまたま、通りすがりに、ですかね。鹿がいたので、お昼に食べようかな、と」
「そういって、何か裏は……まあ、ないか」
ないですね。鹿だし。
「疑うわけじゃない、というか、もうお前らだと確信してるが、念のために見せてもらって良いか? 引き上げた後で別の個体でした、ってことになると面倒なんでな」
ミルリルに目配せするのと、構わんじゃろとの首肯が返ってくる。
「「「「おぉぉおぉ……!」」」
近くの雪原に出すと、周囲の衛兵隊からどよめきが上がる。明るいところで改めて見ると、しかも横たえると昨夜の印象以上にデカく感じる。
「皇国馬の五倍はあるって聞いてたが、そんなもんじゃないな。体高十二尺超の雄、間違いないな。ここまでの鹿は、ノルダナンの雌くらいだ」
それって、あれだよな。……よし、セーフ。なんとか顔には出さずに済んだ。ファーナスさんに隠す理由もないんだけど、あんまり“さすまお”的な噂が広まっても嬉しくないしメリットもない。
「あの防盾角鹿も、同じように目玉を打ち抜かれてたな」
「ごふッ」
「違うのう、今度のはターキフがひとりで仕留めたんじゃ。それも、安全な場所から射抜いたのではなく、真っ向勝負で杭を叩き込んでのう?」
「ほう?」
ミルリルさん、ふつうにバラしてますやん。いいけど。
「ノルダナンで食うた防盾角鹿は絶品でのう、此度の鹿狩りは、あやつらにも食わせてやりたいと魔王陛下のご厚意じゃ」
あやつら、のところでファーナスさんが馬橇の上にいた避難民たちに気付く。
「あれは、魔王領から来たわけじゃないのか」
「皇都で酷い暮らしをしていたので、移住せんかと誘ったんじゃ。半分ちょっとはケースマイアンに行ったがの」
ファーナスさんと愉快な仲間たちは生暖かい目で俺を見て、避難民たちを見て、首を傾げると溜め息混じりで笑った。
「あー、うん。共和国へようこそ。魔王の同類だとしたら、あんまり無茶なことはしないでくれると助かる。逆に、もし巻き込まれただけの一般人なんだとしたら、だ」
少し考えて、首を振った。
「……お前らも、きっと、すぐ慣れるさ」




