340:鋼の鹿威し
「ヨシュア、わらわは降りて牽制と支援攻撃に回るのじゃ。“けーぴーぶい”と、頭だけ赤い方のタマを頼む」
なんとなく一緒に乗っててくれるのかと思ったんだけど、巨大怪獣との戦闘ともなると無理か。ずっと座席の後ろにつかまってるのも振り回されて大変そうだもんな。跨乗とか絶対無理だし。
「魔王陛下の膺懲を、最前列で見せてもらうのでな、存分に戦うが良い」
「了解」
キャスパーの陰にミルリルとKPV重機関銃を下ろし、弾薬の箱を渡す。金属ベルトで連結された、四十発の14.5×114ミリ弾。弾頭の先だけが赤い、焼夷徹甲弾だ。
「ひとつ約束してくれ。いざとなったら、自分の身を最優先すると」
「うむ。死ぬときは、おぬしと一緒じゃからの」
微妙にニュアンス変えて返答されたのが、はぐらかされたようで引っ掛かるけれども。鹿くらいで“のじゃランボー”が倒される未来は見えん。大丈夫だと思いたいし、彼女の安全のためにも、さっさと俺が仕留めるしかない。
「待ってろ、すぐ終わらせる」
ミルリルは俺を見て満足げに頷く。
「楽しみにしておる」
俺は複合素材ゴーレムの操縦席に戻り、暗闇のなかで位置取りを考える。機動力に勝る四つ足の獣を相手に、開けた場所では不利だ。かといって、あまり入り組んだ場所では、こちらも武器を振り回せない。
「ブゥモォオオォ……ッ!」
雄鹿は角を振り、こちらを威嚇している。俺を、というか少なくともゴーレムを、自分の敵と認識しているようだ。そこまで恨まれる覚えもないのだが。
「縄張りを荒らした、ってとこか?」
往路では見かけなかったから、ここらに常駐してるって感じでもなさそうだけどな。なんにしろ、戦いを避ける手段はない。厳密にはないこともないが、諸般の事情を鑑みるに、ない。
相手は軽装甲車レベルの頑丈な皮膚に密生した長い毛を纏い、巨大で分厚く強靭なツノを持った怪物。俺の基準では全然、鹿じゃない。
ゴーレムの武器は、左腕に装備した魔導防壁を発生させる魔法陣と内装杭打ち機。右腕には殻竿を持つ。リンコが標準装備にした三メートル級のものよりひと回り大きい、皇国軍の樹木質ゴーレムが持っていた物に替えた。たぶん速さや手数よりも、一撃の威力が要るとの判断だ。
「……お?」
一瞬で距離を詰めてきた防盾角鹿の突進速度を見て、戦法を間違えたかと後悔が頭を過る。
暗視ゴーグルの受像機を跳ね上げて外し、騎乗ゴーレムの搭乗ハッチを閉じる。周囲は闇に包まれるが、どのみち粗い緑の視界では戦闘に集中できない。モニターの解像度がそこそこ高いのがせめてもの救いだ。
目の前まで迫る巨体に、騎体ごと回転させる勢いで殻竿を水平に払う。突っ込んできた鹿は避けようともせず、巨大な角で弾き飛ばすため頭を傾けながら肩を入れてきた。
激しい衝撃とともに金属音が上がる……って、なんだ、その素材。ツノから金属音とか、おかしいだろ。鹿はゴーレムと重量で拮抗しているのか、お互いに弾き合って踏み留まる。俺はそのまま殻竿を切り返して、逆からの袈裟掛け。そのまま上下左右に振り分けて全力の滅多打ちを叩き込む。
「こいつ、余裕で受けやがって……」
鹿の分際で剣道師範のように軽く受け流しながら、角を振って殻竿を捌きつつ真正面から一歩ずつ押し込みにかかる。体高でわずかに勝るゴーレムを角でいなし、フルスイングに合わせて距離を取る。溜めに入った鹿は頭を下げ重心を落として、こちらを吹き飛ばす勢いだ。突っ込んでくる鹿の額に、俺は騎乗ゴーレムの左腕を向ける。
「パイルバンカー!」
額のど真ん中に叩き込まれた金属杭が、わずかに弾かれた感触があった。四肢は萎えず未だに力を残して、暗闇にも白く息吹きが上がる。
「なん……だ、それ?」
ここまでやって手詰まりかよ、クソが。いざとなったらミルリルがKPVで援護射撃をしてくれるんだろうけどさ。でもそれは、子供たちに見られてしまう。戦闘では幼い妻に助けられる魔王だと。まあ事実だけど。魔王夫妻の戦果だから、いいか?
「いや、良くない。良いわけがない! 俺がミルリルなしじゃ何もできんヘタレなのは……」
俺は逆袈裟で殻竿を振り回して防盾角鹿の顎をカチ上げ、泳いだ横っ面に再び内装杭打ち機を叩き込む。
「魔王領の、極秘事項だ!」
鉄杭で目玉を打ち抜かれた防楯角鹿は一瞬、棒立ちになった後、そのまま横様に倒れ込んだ。
ああ、左右の目玉を繋いだ位置が、唯一の急所とか、いってたっけ。戦闘中そんな記憶は完全に飛んでた。思い出してたとしても、攻撃手段が思い付かなかったけどな。
地響きが収まると、歓声が聞こえてきた。そちらに目をやると、キャスパーの車体から出て大喜びの避難民たちと、呆れ顔で首を振るミルリルさんの姿があった。何か、俺の方を指して教えようとしてる。なんのこっちゃわからんので、外部音声を上げて声を拾う。
「“まいく”が、入っておる」
「え」
「しかし、わらわなしでも戦えることは、十分に証明できたようじゃな。おぬしが自分に厳しいのは知っておるが、わざわざ大声で叫ぶことでもなかろう?」
「ぎゃぁあ……ちょっと、おいリンコこれ外部出力のスイッチどこー⁉︎」
結局、超巨大防盾角鹿は明日どこか景色の良いところで焼肉をしようと収納に入れた。夜明けまでは、まだ数時間ある。暗闇のなかでの移動は危険なだけなので、そのまま休むことになった。
「ばーべきゅーか、楽しみじゃの」
「ひへーか、あのしか、おいしい?」
「うむ、美味いぞ。おぬしら、ふつうの鹿は食うたじゃろ?」
「うん。ひへーか、くれた、くしやき」
「「おいしかった」」
「あれの、何倍も美味い」
「「「「‼︎」」」」
子供らが驚愕に固まっているのを見て、俺は首を傾げる。子鹿の串焼きですら泣くくらい美味かったみたいだから、想像が付かないのだろう。
「まあ、明日のお楽しみだ。朝日が昇ったら移動開始して、焼肉は平地に出てからだな」
「「「「……うん」」」」
「もう寝なさいよ。おっかない生き物は、もう出てこないからね」
「「「はぁい」」」
日の出とともに移動を開始した俺たちは、携行食を齧りながら山道を移動する。ゴーレムによる馬橇の牽引にも慣れてきて、昼前には共和国西領の平地に出ることができた。ここから先は、入り組んだ小道を進む必要はない。
「ここから首都まではホバークラフトで行けそうじゃの」
「小一時間……四半刻もあれば着くだろ」
すっかり酷使してしまった騎乗ゴーレムを仕舞い、グリフォンに乗り換えるため馬橇で寝ていた子供たちを起こして回る。
「この揺れと寒さで良く寝られるもんだな」
「さむくないよ?」
モフモフだからかな。橇に積んでいた荷物を片付けようとしていた俺たちに、ミルリルが警告を発する。
「ヨシュア、なんぞあったようじゃ」
完全武装の兵士たちが、こちらに向かってきていた。その先頭に立つのは、共和国中央領の騎兵部隊。
「あれは、ファーナス殿じゃな」
中央領の飛び地キャスマイア衛兵隊の元副長で、首都に引き抜かれた人物だ。彼が率いる戦力となれば、ターゲットは俺たちじゃないか。
「よかった、面倒な話にはならなそうだ」
ホッと胸を撫で下ろす俺に、ミルリルが呆れ顔で首を振る。
「“そんなわけねーだろ”、じゃの」




