338:アイルビーパーク
最初は、良いアイディアだと思ったのだ。
実際、山道に入るまでは問題なかった。連結した橇を騎乗ゴーレムで引っ張って、共和国から皇国まで来た道を戻る。いうのは簡単だが、実際やってみると、これがなかなかに難しい。
結局、二十二人の避難民たちは子供や小柄な女性が多かったこともあり三台の馬橇に分乗することができた。四、五台を想定していたのでそれよりは身軽なはずだが、それでも数珠繋ぎとなれば坂道のたびに加減速でぶつかるしカーブで引っ掛かる。橇にブレーキ(地面に棒を突き立てるタイプのもの)は付いているがハンドルがあるわけでもなし、基本的には牽引側でしかコントロールできない。
「もう少し右じゃ。よし、そのまま前へ……そこの木のところで左に切り返してくれんか」
「まおー、ウトラおちたー」
「ひろってきなさーい」
落ち着きのない小さな子は安全のために縁の高い貨物用の橇に乗せたのだが、それでも退屈になると景色を見ようと身を乗り出し、カーブで転がり落ちそうになる。子供らも同乗する大人もほとんどが反射神経と運動能力に優れた獣人なので本人がバランス取ったり周囲がキャッチしたり、落ちても走って橇に戻ったりするのだけれども、そもそも落ちんようにならんのか。
「まおー、おしっこー」
なんかお前ら、あれだな。ほんの二日前まで俺を見てビクビクオドオドしてたのに、急速に急激に馴染んでるな。良いことなのかもしれんけど。
結局、子供は十七名中、十二名が共和国組になった。クマ獣人のソックロン、人狼のマーイとケイテル、虎獣人のコッフ、ドワーフのカイニャ、エルフのルーとイエナ、ピーエラとウトラは子猫っぽいが、ミルリルによれば獅子獣人なのだそうな。皇国軍に捕まっていた子たちは、人狼の子オークルとチョシャがケースマイアン組になったので、九名。これに新しく乳幼児であるカイニャの妹とソックロンの妹、ピーエラの兄が加わった。
大人はマーイの姉と、ルーの叔母(エルフなので甥のルーとあんまり年齢差感じない)、コッフ、カイニャ、イエナはそれぞれ両親がいて、ウトラの母親と婆ちゃんだ。
子供と乳幼児が十二名で、大人が十名。ケースマイアン組より少ないとはいえ、大所帯ではある。
そして、戦闘になった場合に頼れそうなのは虎獣人であるコッフの父親と、ドワーフであるカイニャの父親くらいだ。イエナの父親はヒョローっとした学者っぽい草食エルフで、弓も魔法も攻撃能力はほとんどないらしい。
「ハーグワイまで何事もなければ良いけどなあ」
「それ以前の問題じゃの。これは、日暮れまでに山越えは無理じゃ」
ミルリルの言葉に、俺は往路の全行程を思い出して頷く。山間部ということもあり日は陰り始めているのだが、まだ半分も来てない。
「安全のために早めに野営しよう」
もちろん雪洞やら天幕やらは用意もないし労力も無駄なので、寝るのはキャスパーとグリフォンの車内だ。
「ソックロン、マーイ、ケイテル、点呼じゃ」
「「「はーい」」」
子供たちのなかでは比較的年長でしっかりした熊獣人のソックロンと人狼のマーイ、ケイテルには各橇の人員確認役を頼んだ。いくらモフモフの獣人でも、落車に気付かず冬山で置き去りにされたら命の危険がある。
「一番橇六名、異常なし」
「二番橇七名、いるよ」
「三番橇九名、揃ってる」
「よーし、三人とも立派に役目を果たしたな」
三人の“お兄さん”たちは、しっかり褒めてやって大袋入りのお菓子を渡す。もちろん彼らだけの贔屓などではない。夕食の後に、みんなで分けるようにといってある。
「ヨシュア、その先の平地になっておるところはどうかの。木々が風除けになるし、近付く者もそれなりに見通せそうじゃ」
滑落の危険がない場所ならどこでも良いや、とか思っていた俺と違って、ミルリルは敵対勢力や危険生物の接近にも気を遣って対処していた。うむ、気が緩んでしまっていた自分を反省する。
「皇国軍の残党が追ってくる可能性がある?」
「いや、それはあまり考えておらん。それよりも、獣の気配がすごいんじゃ。そこら中に、木肌を擦ったり齧ったりの跡もあるしの」
想定していたのは、人間じゃないのか。それが兵士の襲撃じゃないとしても、ホッとして良いのかどうかは不明だ。
「どんな獣なのかはわかる?」
「わからんが、ほれ」
ミルリルは近くの木を示す。樹皮に毟り取ったような痕跡がある。その高さは、優に二メートルほどはある。
「おいおい、ムッチャ大型じゃねーか」
「そのようじゃの。夜の間は、避難民を“きゃすぱー”に乗せるべきじゃ」
竃を組んでお湯を沸かし、簡単に缶詰やレトルトを温めてパンと一緒に配布する。昨夜に続いて手抜きっぽい感じの夕食だな。
「大型の獣がいるらしいんで、安全のために凝ったものは作れない。悪いけど、我慢してくれ。町に着いたら美味いものでも食べよう」
「まおー、これ美味いよ?」
「おにく、おいしい」
おお、子供らがフォローしてくれた……と思ったけど見た感じふつうにパクパクと満足げに平らげている。食後の菓子も堪能して、小さい子たちは眠そうな顔になった。
「まお……ねむい」
「おお、そこの乗り物のなかで寝てくれ。そこなら安全だからな。毛布と寝袋はなかに積んである」
後輪の車軸がひん曲がったので走れないが、装甲車の車体なら動物の攻撃くらいではビクともしない。子供らには来るときに何度も伝えたが、もういっぺん皆に安全性を説明しておく。日が落ちる前に全員が車の中に引き上げ、後部コンパートメントではぎゅうぎゅう気味だが気にする様子もなく、丸まって寝てしまった。
「不寝番は要るかな?」
「念のため置いた方が良いかの。とはいえ女子供と老人じゃ、わらわたちが交代で寝れば問題なかろう」
俺たちはキャスパーの陰に騎乗ゴーレムを寄り掛からせ、操縦席で夜を明かす。エアーコンディショニングはされていないが、そこそこ断熱は確保されているので、凍え死ぬようなことはない。
「おぬしは先に寝ておくが良い。魔珠のない獣であれば、厄介なものは大概が夜行性じゃからの」
なんかピンとこない感じのフラグめいた説明をしながら、ミルリルさんは俺を毛布で包んだ。




