336:ちょっとだけお別れ
大盤振る舞いの宴会の後、俺たちは貧民窟で一泊して朝を迎えた。配布した防寒衣と寝袋が好評で、住民たちの体調も良さそう。朝ごはんは保存食の箱にあった小麦粉で焼いたパンケーキみたいなものと、地物の野鳥と山菜の入った具沢山スープ。野鳥は猟師の爺ちゃんが朝に射って、ついでに山菜まで摘んできたのだとか。味付けは塩と香草だけなのに、しみじみ美味い。やっぱり現地の食材の方が滋味……こちらのひとたちは魔力と呼んでいるようなのだが、“身体が喜ぶ感じ”が強い気がする。
「それで、どうするかは決まったかの?」
食事の後で、俺たちはみんなに尋ねる。残るか移動するか、移住先も共和国にするかケースマイアンを選ぶか。こればかりは、彼らが決めることだ。
貧民窟から連絡があって、皇都の隅で隠れ暮らしていた獣人――エルフやドワーフは城壁外にしかいない――にも集まってもらった。総勢五十四人。そのうち子供が十七人と乳幼児がふたり、老人が六人。幸運にも病人や怪我人はいないようだ。
「我々は、ケースマイアンで世話になりたい」
「わしらもだ。亜人の楽園を、いつかこの目で見たいというのが妻の遺言だったのでな」
六割ほど、三十二人が手を挙げた。老人組と中高年層にケースマイアンへの移住希望者が多いのは、おそらく過去の栄光を知る世代だからだろう。
残る二十二人は共和国への移住希望者。子供と若い世代が多い。意外なことに、皇国で虐げられていたはずの彼らは人間への偏見をあまり持っていないようだ。むしろ……
「いろんな人種がいて、いろんな暮らしがあることを見せてやりたい。人間がみんな悪人でもないし、亜人がみんな善良でもないことを教えてやらないと、子供らはこの先どこかで道を誤る」
若いエルフの父親(実年齢は知らんけど)が冷静で理知的な判断を見せて驚かされた。
「拓けた港町が良ければ元領府のラファン、小さな田舎町が良ければサルズじゃな。聖女がローゼスという廃墟の街を復興する予定なので、仕事が欲しければそこも良いと思うがの」
「とりあえずは、首都のハーグワイで避難民の受け入れを頼んでみようか」
俺たちは共和国移住組に同行して、いっぺんサルズに帰るつもりでいる。せっかく太っ腹のマッキン(元)領主から宿代を出してもらってるというのに、定宿の“狼の尻尾亭”にほとんど泊まれていないのだ。あの女将の絶品料理も恋しい。
「ノニャとワウ、お前らはどうするんだ?」
「のにゃ、けーすまいあん、いきたい!」
「ワゥ♪」
自由に生きる、とかいい出しそうな感じのふたりだが、案外あっさりと行き先が決まったようだ。
「それじゃ……あれ、通信機って、どうしたっけ」
「“ぐりふぉん”か、“きゃすぱー”のなかじゃの」
避難民がケースマイアンに向かうとしたら、迎えを頼まなくてはいけない。後部コンパートメントにギューギューでも良ければホバークラフトで三十何人も運べなくもないが、残りの二十二人は年少者と若夫婦っぽい面子で、送迎の間ここに置き去りにするには少し心許ない。
通信機を引っ張り出して、ミルリルが声を掛ける。少ししたら上空から有翼族のお姉さんたちが舞い降りてきた。ルヴィアさんとオーウェさん、メイヴさん。ケースマイアンが誇る有翼族の上空偵察チームだ。
「ご無沙汰しております、魔王陛下」
「妃陛下もお変わりなく」
「うむ、いつもすまんの」
「ルヴィアさん、向こうは変わりないですか?」
「はい。順調です。先日の大型鉱石質ゴーレムの解体がようやく済んで、ドワーフの皆さんがそれを素材に何か色々と作り始めているようです」
なんだかよくわからんけど、またケースマイアンの機械化と先進化が進むわけだ。まあ、楽しそうで何より。
「御用は、こちらの方々の移送でしょうか?」
「そうなんです。できればヤダルか……」
「お?」
西側から派手なクラクションの音が聞こえてきた。見ると、街道から雪煙かディーゼルのスモークか白い煙が上がっている。姿は見えんけど、たぶんウラルのトラックだろう。
「そろそろ着く頃だと思ったんですけれども、思ったより早かったようですね」
気が利くといえば気が利くのだろうが、よく走ってこれたな。上空から見えてたのかもしれんけど、貧民窟のみんなと接触したのなんて丸一日前くらいだと思うんだけど。
「運転手はヤダルさん、護衛にミーニャさんです。雪で道が悪いので、トラックの小さい方ですが」
たしかに四十フィートのコンテナ積んでる方は、一応は固定してあるといっても悪路で無茶するようにはできていない。
そうこういってるうちに、皇都城壁の外側を回り込んできたウラル軍用トラックの車体が見えてきた。
「「「おおおぉ……?」」」
貧民窟の住人たちが突進してくる巨体を見て驚きの声を上げる。運転席で手を振る虎獣人とエルフを見て敵ではないと理解したようだが、見慣れない巨大な物が突っ込んでくれば誰だって驚く。
「ケースマイアンから、お迎えにきたぞー!」
トラック野郎みたいになったヤダルが運転席から飛び降りてくる。俺たちを見付けると、“褒めろ!”とばかりにドヤ顔になった。
「よく来たなヤダル、ミーニャ。助かったよ」
「よう気が利くのう。いま迎えを頼もうと思っておったところじゃ」
「そうだろそうだろ。本当は、あたしのトラジマ号で来たかったんだけどな。あの子は春まで冬眠中だ」
そうだな。スノータイヤもチェーンもないスクールバスじゃ、スタックして終わりだ。
「あら、この子……」
有翼族のルヴィアさんが、ワウの背に乗るノニャを見て首を傾げる。同じ有翼族だから何か感慨でもあるのかと思ったが、俺の予想とは違っていた。
「フラッターですね」
「ふらったー? なんじゃ、それは?」
「翼をパタパタ羽ばたかせて飛ぶ小型の有翼族です。わたしたちはソアラーといって、風や気流に乗るのであまり羽ばたかないのですが」
スズメとトンビみたいに、鳥としての種類が違う、という感じかな? いわれてみればルヴィアさんたちは、飛行中ずっとパタパタはしてなかった気がする。
「フラッターの有翼族は、ルヴィアさんたちと何か違ったりするんですか?」
「あまり接する機会がなかったので詳しくはないのですが、性格が明るくて群れを好み、良く歌うとは聞きます」
「のにゃ、うたう?」
ノニャが歌うのを聞いたことはないが、性格が明るいのは、そうかもしれない。これも“いわれてみれば”だけど、ノニャが成長したところでルヴィアさんたちみたいなスレンダーボディのおっとりお姉さんになるような気はしない。良し悪しではないんだけど。
「その子はノニャというんですが、ケースマイアンへの移住希望者です。何かあれば相談に乗ってもらえますか?」
「はい、もちろんです」
どうもノニャは自分以外の有翼族と会ったことがないように見える。それでも自分が話題になっていることは理解しているようで、白雪狼の背でワクワク顔を輝かせていた。
「わたしはルヴィア、こちらはオーウェと、メイヴです。よろしく、ノニャちゃん」
「のにゃ、よろしく!」
「ウウ、ワゥ?」
さて、ケースマイアン組はなんとなく上手く収まりそうだな。後は、俺たち共和国組だ。




