333:迷える羊と馬の足
「市場……お?」
動きが止まった世界で、俺はいつもの演台を前に首を傾げる。
太ったり痩せたりラリったりヒゲ生えたり哺乳瓶シェイクしてたりと色々あったけど、このパターンは初めてだな。
「……何してんだ、お前」
「おぅ、ブラザー久しぶり。ちょっと待ってな」
サイモンは演台の上、三メートルほどのところで逆さに顔を出していた。姿が消えて、別のところから入ってくる。
「いま店舗を改装しててな。ここは前まで店先だったんだけど、もう少しで応接室になる」
「意味がわからん。何のために?」
「ウチの店だったところもその周囲も含めて、区画丸ごとが複合商業施設になる。ここは、その管理事務所になるわけだ」
なんだかわからんが、怪しげなブラックマーケットが潰されてショッピングモールかデパートか、なんかそんな感じになるんだろう。
「それは良かった……んだよな?」
「もちろん。治安も景気もそうだが、地域の購買力も上がってる証拠だしな。これもアンタのお陰だ」
喜んでくれてるのは嬉しいんだが、少しだけ気になる。これ、もしかして俺との取引維持のために演台を応接室になるよう調整してくれてる? 祟る御神木を避けるために道路曲げるみたいに。
「こっちに気遣いは要らんぞ。取り引きさえ維持できれば体裁はどうでも良い」
「そういうとは思ったけどな。そうもいかないだろ。アンタは俺の……俺たちのカミダナ、みたいなもんだからな」
サイモンは笑って、いつもの演台に手をついた。カミダナ、祭壇とかに翻訳されてないからたぶん日本語でいったんだろう。なんだかんだで勉強熱心な男だ。
「それで、今日はどんなものをご所望だ?」
「四十名くらいの人間が一ヶ月くらい暮らせる食料を頼みたい。保存食が半分で、日持ちのする食材が半分。それとは別に、あれば生鮮食品や嗜好品もだ」
「……うん? 今度は、ネイティブの居留地でも奪還したか?」
「まあ、そんなとこだな。あとは……雪のなか大人数を運べる乗り物があれば助かるんだけどな」
「前に渡したグリフォンのホバークラフトとか、ウラルのトラックじゃ無理なのか?」
無理ではないな。グリフォンの客室は詰めて二十人強ってとこだから、往復すりゃ行ける。ウラルの軍用トラックでも全輪駆動だから走れなくはない。四十フィートコンテナの方なら余裕、通常サイズでもギリいけるか。いまケースマイアンにあるから取りに行かなきゃいけないけど。
「いや、何かあれば助かるという程度だ」
「雪上車なら、別件でボンバルディアの営業が来てたが……こっちに、まず在庫はないな。本国からだと、届くまでに半月くらいは掛かる」
そらそうだろな。ボンバルディアってのはどっかで聞いたような聞かないような会社名だが、サイモンのいる地域で雪上車の需要があるとは思えん。
「乗り物の話は、いったん忘れてくれ。食料だけ頼む」
「OK、五分ほど待ってくれ」
サイモンはテキパキ動いて、俺の前にミネラルウォーターのシュリンクパックやら木箱やら段ボール箱やら保冷ケースやらが積み上げられる。ついでに防寒衣料と寝袋もだ。こういうのもサイモンの地域には需要がないと思うんだけど、気を利かして揃えていたのかもしれない。
「こんなもんかな。他に必要な物があればいってくれ」
ざっと確認して受け取る。四十人の一ヶ月分というには多いが、ストックしておいて無駄にはなるまい。
俺は少し考えて、今回の支払いでは木箱入りの贈答用金貨を渡した。
「これは?」
「大陸共通金貨、だっけ? 品質は前までのと同じだけど、贈答用に確保された鋳造したばかりの新品らしい。お前なら何か別の使い道が考えられるんじゃないかと思ってな」
ふむ、と顎に手を当てて考えるサイモン。どうだろうなと首を捻りながらも、ちょっと口元が緩んだのを俺は見逃さなかった。
「そうだ、これはサービスだ。使ってみてくれ」
取り引きが終わった後で、サイモンが細長い樹脂製のガンケースを渡してくる。ライフルサイズなので、不安半分期待半分である。
「……お?」
ケースを開けた俺は、思わず困惑した声を出す。何でまた、これを俺に? もしかして、珍銃趣味の人間だと思っているのか?
「これも贈答用に確保しておいた物なんだけどな。もう渡す相手もいない」
同じ機関部を持ったライフルが二丁、大小揃って入っていた。思わず苦笑する俺をみて、サイモンが笑う。
「M1894と、メアーズレッグだ」




