332:戦い終わって日が暮れて
ミルリルが首を傾げる視線の先、路地裏に積み上げられた瓦礫の陰で、大きな尻尾がファッサファッサと揺れていた。何してんの君は。
「ゥウ、ワウ?」
「うむ、こちらの用は済んだのじゃ。ワウが居るということは、ノニャもかの?」
「のにゃ、いない」
いや、ノニャ自己申告してますやん。
「隠れておるつもりか知らんが、尻が出ておる。早う出てこんか」
ヒョコリと顔を出したひとりと一匹は悪びれた様子もなくニカッと嬉しそうな笑みを浮かべる。
「城外で待っておれといったであろう?」
「まお、あそぶ?」
「え? ……ああ、うん。“みんなのところに顔を出す”、とはいったけどな」
「わう、のにゃ、あそぶ!」
魔王が遊びに行くから声掛けてね、という感じに受け取ったのか? まあ、大筋で間違ってはいないけど。
「皇都のなかは、まだ危ないかもしれんのに勝手に出てきてはいかんのじゃ」
「のにゃ、あぶない、ない!」
「ウワゥ?」
ノニャと揃って不思議そうに首傾げるワウ。いまのは、なんとなくわかった。
「それは、おぬしがいれば多少の敵は大丈夫かもしれんがの。保護者なんじゃから、そもそも敵とカチ合わんように自重させんか」
「ひー、あそぶ?」
「ひー、て。えらい略されようじゃの」
妃陛下のひー、ですか。珍しくミルリルさんが困った顔で翻弄されてますな。まあ、現状そう大きな危険がないという判断があるからこそ、なんだけど。
「おお、そうじゃ。わらわたちは乗り物が壊れてしもうての。悪いがワウ、城外まで乗っけてくれんか」
「ウワゥ」
ワウはヒョイと屈んで、ノニャが首の方に移動して俺たちの乗る場所を作ってくれた。
「ありがとワウ」
「すまんの、助かるのじゃ」
「ワゥ」
俺たちが乗せてもらって礼をいうと、ノニャはニンマリと幸せそうに笑った。
「のにゃ、わう、すき!」
「それは良かったのう」
ミルリルとふたりでモフモフの背中に収まっていると、ちょっと眠くなってきた。本当は良くないんだろうけど、なんか皇帝を倒したところで気が抜けてしまったようだ。もう、あんまり動きたくない。
「ミル、今日は城外の貧民窟に泊めてもらおうか。なんなら、天幕代わりに壊れた装甲兵員輸送車でも出してさ」
「それも良いかもしれんの」
「あ、いた!」
反対側から声がして、獣人の一団がワラワラと駆け込んでくる。貧民窟で自警団みたいな役目を果たしていた人狼の三人組だ。その奥で、クマ獣人と虎獣人のふたりが息を切らしながら後を追いかけてくる。
「すまん、ちょっと目を離した隙にピャーッと駆け出してしまって」
五人のなかでは健脚と思われる人狼三人にしたって、かなり走り回って探したらしく背中から湯気が立っている。
「いや、それは無理もないわ。白雪狼が本気で走り出したら、追い付けるわけもないのじゃ」
「のにゃ、ぴゃーって?」
「そうじゃ。みなに心配かけたのじゃ、ちゃんと謝らんか」
「ごめん」
殊勝な顔で頭を下げるノニャに、自警団の男たちは苦笑交じりに笑う。
「ああ、無事なら良いさ。魔王を探しに来たのか?」
「そう、のにゃ、あそぶ」
「それは良いが、もうすぐ日が落ちるぞ。遊ぶのは明日、明るくなってからにした方が良い」
「ああ、まだどこかに皇国軍の残党がいるかもしれんしな」
人狼男性の後に続いたクマ獣人の言葉に、俺たちは少しだけ気を引き締める。
「生き残りを見たのか?」
「城壁の外しか知らんが、壊れた城門から黒い服の兵士が十五、六人、逃げてくのは見た。武器も装備も放り出して必死に走ってたから、戻っては来ないだろうな」
「なるほど。しかし、まだ皇都内部に残っている可能性はあるのう」
「それは、そうかもしれん。残党を狩り出す必要があるなら協力するが、貧民窟の戦力は俺たち五人と若いのが何人かだ。皇都全部を見て回るのは難しいと思うぞ?」
ああ、俺もそう思う。虱潰しに調べるには皇都は広過ぎるし、人手も少な過ぎる。あまり時間を掛けてると移動してしまったりとか、外から入ってくるのもいて切りがないだろうしな。
「そんな面倒はことはせんでも、多少の生き残りくらい居っても構わん。召喚された走狗ごと皇帝を殺したのでな。もう皇都に……というか皇国に、用はないのじゃ」
「ということは、ふたりとも帰っちゃうのか?」
そんな意外そうな顔をされても困るが、そら帰るわ。俺たちは皇国の人間じゃないし、皇都で暮らす気もない。たったふたりの占領軍とか、あまりにもシュールだろ。
「そうじゃな。用も済んだし、明日か明後日には皇都を出る。今夜は、おぬしらのところで世話になろうかと思っておるがの」
「それは、もちろん構わない、けどな……」
「前にもいうたが、おぬしらも一緒に来んか? ケースマイアンでも、共和国でも、当座の暮らしに困らんように手助けはできるぞ? だいいち、皇国はもはや国の体を成しておらん。こんな廃墟で暮らしても、特に良いことはなかろう?」
「う~ん……」
男たちは小さく唸りながら首を捻る。まあ、この五人だけで決めて良いものでもないし、すぐに決められることでもないだろう。
「とりあえず、いっぺん城外に戻って飯でも食わんか。腹がいっぱいになれば、良い考えも浮かぶやもしれんぞ」
「そうだな、俺も腹が減った」
「あ、ああ。……それは、そうかもしれんけどな」
「なに、いままで魔王陛下は、そうやって難局を乗り切ってこられたのじゃ」
悩んでいるのが今後の生き方なのであれば、他のみんなとも話し合う必要があるだろう。たぶん、すぐに終わることでもない。でもこれ、もしかしたらそれ以前のところで悩んでる?
「食い物のことなら心配いらないぞ。こっちで用意があるから、みんなで食おう」
とかいいつつ本当は、実はもうあんまり食材のストックがない。いまから狩りやら料理やらって気分にはならないので、“聖者様”に何か美味そうなものを見繕ってもらおう。
サイモンと会うの、なんだか少し久しぶりな気がするな。




