331:お宝プライスレス
静まり返った皇宮のなかを、俺たちは歩き回る。
「貧民窟に行く前に、何か皇宮で欲しいものとか、ある?」
「特にないが、行き掛けの駄賃じゃ、宝物庫でも破るかのう? 虐げられておった者たちの手土産には良かろう?」
それは良いかも、とかいって俺たち完全に盗賊の発想である。
「屋上から転移で城外に、と思ってたけど、階下からか……っていうか、宝物庫って、どこにあんのかわかる?」
「わらわも縁がないので知識もないが、皇帝が我が身の側に置きたいというのであれば玉座の近く、守りを固めるのであれば地下かのう?」
玉座の間に繋がる部屋は、正面階段を除けば家臣や護衛が詰める控えの間と緊急脱出用の隠し階段だけだった。ちなみに隠し階段の先は崩落した階段室に繋がっていて使用不能。皇帝が逃げ切れんかったわけだ。
「玉座の近くにはなかった、となると階下のどこかだな」
崩れていない方の階段から、ゆっくりと降りて行く。……のは良いんだけど、ミルリルさん何でそんなカツコツ足音を立ててますのん?
「魔王の武威を音高く示すのじゃ。皇帝に与する者が生き残っておったら、ケジメを付けさせんとイカンからのう」
要約すると“死にたくなきゃ逃げろ”というミル姉さんの温情である。
とはいえそのまま、地上階まできてしまった。とっくに逃げたか息を殺して隠れているのか、誰にも会わず気配も感じず、物音ひとつ聞こえてはこなかった。
「お?」
玄関ホールというのか、入り口のところにある吹き抜けの広い空間で、壁際に兵士の死体が折り重なっていた。長身巨軀、というか手足や頭や体幹に魔道具的なデバイスを装着している。身体補綴ゴーレムとでも呼ぶのかな、とは考えていたが正式名称不明。要はサイボーグ兵士だ。
「みな頭が吹き飛ばされておる……これは、隷属の首輪が弾けよったな」
「そういうことか。別の敵でもいるのかと思った」
「それは、居らんとも限らんがの。こやつらにとって最大の敵は身内だったわけじゃ。己を縛っておった魔導師が死んで、巻き添えを食らったんじゃろ」
魔道具である首輪の契約により、主人である施術者が死んだら装着者も死ぬ。残敵の姿が見えないのは、こんな風に人知れずどっかで連鎖的な死を迎えていたからかもしれない。
「貧民窟のみんなは無事かな」
「ここまでの例を見る限り、亜人に枷を付けるのは捨て駒として敵陣に送り込むときだけのようじゃ。皇国の阿呆どもも、そこだけは褒めてやろう」
まあ、それも善意からではなく差別意識からなんだけどな。
玄関ホールの奥に入ると、一転して飾り気のない白壁の区画だった。シンプルな通路が縦横に走って、角ごとに数字らしき文字が書かれている。ここは裏方、城の機能を支えるスタッフの仕事場なのだろう。人でごった返す前提の場所に誰もいないと、無人の学校みたいで妙に不気味だった。
「地下室とか、あるのかな」
「わずかにこちらから、風は通っておるようじゃな。妙な臭いがしておるが……」
いわれてミルリルに付いて行くと、階段室から奥に進んだところで小さく風が鳴っているのがわかった。何やらコンコンと拳で音を確かめながら、のじゃロリ非破壊検査が続く。
「隠し扉は……これじゃの」
正面にあるドアの脇を開けてレバーの様なものを操作すると、どういう仕掛けなのか少し離れた場所の壁が落ちた。負圧が解放されて風が通る。
「……うぷぁッ、臭ッ!」
「うむ……これは、なかで何人か、いや何十人か死んでおるの」
何がどうなってるかも何が原因の惨劇かも知らんけど、冬の最中にこれほどの腐敗臭ってことは、内部はあんまり見たくない状況になってる。
「やめとこう。腐った死体からは病原菌が撒き散らされてる」
べつにお宝が必要なわけではないのだ。ついでのご褒美でしかないのに心的外傷を食らうとか意味わからんしな。ミルリルさんがレバー横のクランクをコリコリと回して隠し扉を再度封印。宝物庫探索は中止にして、俺たちは正面入り口から外に出た。
「……ヨシュア、ちょっと待ってくれんか」
すぐ城壁まで転移で飛ぼうとしたが、ミルリルさんが何かに気付いて路地裏に誘う。
「こっちじゃ」
「敵? 避難民?」
「わからん。なにやらおかしな音が……」
先に立って角を曲がったミルリルさんが、何かを見付けて呆れた声を上げる。
「……おぬしは、何をしておるのじゃ」




