330:皇国の残滓
「ミルリル、敵兵の生き残りは」
「城内にはいくらか残っておるであろうが、この部屋には死体だけじゃ」
玉座に転がった皇帝の死体はそのまま、皇国軍の兵士とPMC戦闘要員及び指揮官の死体は装備ごと収納する。鹵獲兵器は、いくつか仕様違いのM4が十二丁と、分隊支援火器のミニミが二丁。これはM4と同じ5.56×45ミリ弾を使用する、要は軽量の軽機関銃だ。
「これがヨシュアのいた世界の兵士か……武器はケースマイアンで支給されたものと大差ないのう?」
「まあ、そうね。半世紀近く新しいけど、機能は大きく変わらない」
指揮官が持っていたのと同じサブマシンガン、H&KのUMPが三丁あった。拳銃は十二丁、ベレッタ92とH&KのUSPとグロック17がほぼ同数ずつ。大量の弾薬と弾帯と弾倉。狙撃用の装備はなし。屋上で見た(そして使えないことがわかっている)ボルトアクションライフルだけだ。
「こやつらの“あいいーでー”は品切れかの?」
「ああ、見当たらないな。俺たち相手に使い切ったんだろ」
どういう状況で召喚された連中なんだろうと疑問には思うが、正直それほど知りたいわけでもない。殺した相手のバックボーンなんて、わかったところで夢見が悪くなるだけだ。
他には、破片手榴弾が十二個と、スタングレネードが四個。スモークグレネードが二個。軍用通信機らしきものがあったが、通話先が不明なので使えない。スマホが十台ほどあったが、これも使えないので無意味だ。
あとはウォッカのボトルが三本。そこそこ規律も統率も維持されているようだったから、飲酒用というより気付と消毒が目的と思われる。医薬品はなし。個人装備のなかに、タバコの未開封カートンがひとつと、開封済みのパックがいくつか。俺は吸わないし、こちらの世界で喫煙者を見たことがないのでタバコは収納せず放置する。
皇国軍の兵士は魔導師だったらしく、魔術短杖がいくつも転がっている。俺には使い道がないものだけど、念のため収納しておく。
「ヨシュア」
玉座の手摺りで、砕けた魔珠の破片が明滅していた。通信機の呼び出しサインのように見えなくもない。俺が指先で触れると魔力を抜かれるような感覚があって、部屋の白壁に次々と画像ウィンドゥが開き始めた。
「これ、監視映像?」
「そのようじゃの。手でも振ってやれ」
「え?」
部屋の隅にある、魔珠を抱えた皇帝像。あれが受像機か。
「おそらく皇都や皇国のあちこちに映し出されておるはずじゃ」
ウィンドゥのいくつかには、カメラを見上げている無気力な顔が映し出されていた。背景は裏寂れた街角と、倉庫か収容施設か薄汚れた建物のなか。それに……貧民窟。
「皇国で生き延びたのは、ほとんどが亜人だけのようじゃの」
たしかに、いわれてみれば獣人の他に写っているのはクセ毛で小柄なドワーフか、耳が特徴的なエルフくらいだ。差別意識から犠牲にならずに済んだのは皮肉でしかないな。
「獣人やドワーフやエルフのみんな、聞こえる?」
俺の声に、映っていた何人かがビクリと身を強張らせる。その怯えた表情が、いままでの過酷な扱いを物語っていた。
「俺は、ターキフ・ヨシュア。ケースマイアンの商人で魔導師で……魔王だ」
どう受け取られるかは知らんが、他にわかりやすい表現はない。俺は玉座の横に立って、頭のない皇帝の死体を示す。
「俺たちに敵対してきた皇国は、魔王とその妻が滅ぼした。もう君たちを虐げるものは、何もない。これから城壁外の集落に向かう。みんなのところにも顔を出すから、助けが必要ならいつでも声を掛けてくれ」
貧民窟の映像の奥で、一緒に鹿肉を食べた子供たちが手を振ってくれているのが見えた。




