329:神の名は
いつの間にやら手製爆弾の大盤振る舞いは止まっていた。いまいる廊下の隅にも魔珠を抱えた皇帝像はあるから、こちらの位置を把握していないということもなさそうだ。品切れか、それとも……。
「己に被害が及ぶ距離にある、ということかの?」
だとしたら、どこだ?
俺たちは周囲を警戒しながら進む。十メートルほど先、廊下の中間地点に広く短い階段。そこから一段高くなった広い踊り場がある。兵士が控える場所なのか踊り場の左右には手槍と盾と剣が置かれ、磨き上げられた重甲冑が飾られている。剥き出しの武器を配置するのではなく皇宮に飾られた調度品の一部として馴染ませようとした結果か。正直かなり浮いていて、あまり上手く行っているとは思えない。兵の配置はない。刀槍の戦いならともかく、銃器を相手にするなら遮蔽もない立哨など的にしかならんからな。
「当たりじゃ、ヨシュア」
踊り場の先に続くのは装飾を施された階段で、突き当たりには重厚な両開きの扉。
「護衛の気配は?」
「……二十ほどか、もう少し多いかのう」
「皇帝が隠れている部屋で間違いなさそうだな。そこが護衛の最終防衛地点なら、おそらくPMCの指揮官もいるはずだ」
俺たちは階段下の壁に身を隠し、収納していた手製爆弾を扉の前に放り出す。轟音が鳴り響いて、木材やら建材やらが崩れる音が聞こえてきた。
「“ぴーえむしー”も居る」
俺が遮蔽から顔を覗かせると、M4と思われる大量の小口径弾が階段と床に当たって跳ね回った。反撃は想定内だったので、俺は射線を外れて扉の脇まで転移する。配置と同時にミルリルの二丁短機関銃が室内の男たちを薙ぎ倒していた。
「十二名排除、残りは……十五といったところじゃ。ヨシュア、これを……」
両手のPPShを差し出してきたので、収納してM79を手渡す。最後まで聞かずに判断したが間違えてはいなかったらしく、耳元でむふんと嬉しそうな鼻息が聞こえた。即座にグレネードが室内の要所に撃ち込まれ、皇帝の居室は阿鼻叫喚の地獄絵図に変わる。再装填しやすいように俺が弾帯を捧げ持った状態ではあったが、五発を発射するのに三秒ほどしか掛からなかった。
「脅威排除……いや、親玉が残っておるの」
玉座と思しき中央の偉そうな椅子に、塔状大楯を重ねて身を守る初老の男と、そいつに庇われたヨボヨボの老人がいた。
PMCの指揮官と、皇帝か。あんまり威厳はなく、品位も風格も感じない。想像していたような人物像ではなかった。これなら影武者の方が、些か演出過多ではあったがまだそれらしく見えたくらいだ。
「散々に手を焼かせてくれた老害の、最後の悪足掻きがこの程度とは、呆気ないものよの」
「貴さ、まッ」
ぱすんと、PPShが鳴った。ミルリルが背中に回していた予備の銃だろう。露出していた爪先を撃ち抜かれて、PMC指揮官の身体が泳ぐ。肩と膝に被弾した初老の男は、呻き声を上げて転げ回る。
「黙れ、下郎」
ミルリルは俺の身体と繋いでいた革帯を手早く外し、ひょいと背中から降りる。
「こちらにおわすお方を知らんとはいわせんぞ。西方浄土ケースマイアンを統べる大陸最強の男、“殲滅の魔王”ことターキフ・ヨシュア陛下じゃ」
相変わらず、あまり自分のこととは思えない紹介ではあるが、その言葉を聞いて生き残りの男ふたりは悔しげにこちらを睨み付けてきた。
「……神をも怖れぬ、蛮族どもが。思い上がった妄言を我が魔導で葬ってくれる」
皇帝の声は、それなりに威厳が籠ってはいたが、か細く弱々しかった。既に部下も武器もなく筋力も気力も魔力も感じられない。
「……神?」
ミルリルは不思議そうに首を傾げる。
「ここにきて、妙なやつの名が出てきたもんじゃの。あいにく、わらわたち“魔族”にとって、それは遠い親族のようなものじゃ。助けを求めたいときには傍に居らず、要らぬときにのみ嘴を容れてきよる」
「不遜な! 神罰が下るぞ!」
「だったら四半世紀前、王国に下っておるはずじゃ。いまのいままで貴様に下らん時点で、神罰など妄想じゃな。ええ加減、現実を見んか。あやつらは、居るかどうかもハッキリせんが、居ったとしても何もせんぞ。それに文句をいう気もないがの。運命を握るも手放すも、しょせんは己が器量じゃ」
ギリッと、憎しみを込めた視線が俺たちに集まる。
「異論はあろうが、どうでも良いわ。誰に祈り何を捧げようと、わらわたちは干渉せん。思想・信条・出自・身分の如何を問わず、敵は殺す。それだけじゃ」
「冒涜者め。信仰を持たぬ蛮族に、何をいったところで……」
「ああ、それは違うのう。わらわたちは、確固たる信仰を持っておる」
ミルリルは俺にもたれ掛かり、クスリと笑みを漏らす。
「少なくとも、わらわが心を預ける唯一無二の存在は、ここにおる。他には、何も要らぬ」
ミルリルが、一歩下がって俺に決断を託す。ここは、俺が自分の手を汚すべきなのだろう。
歩み寄る俺に、皇帝は玉座の前で立ち上がろうとする。足が震えているのか萎えているのか、手摺りに縋りながらなんとか身を起こし、老人は必死に胸を張った。
「我こそは、偉大なる……!」
威嚇のためか辞世の言葉か、吠える老人の頭に俺はイサカのショットガンで散弾を叩き込む。
「この期に及んで、能書きは要らん」
重ね掛けの魔導防壁なのか、小さく悲鳴を上げ火花のように魔力光を飛び散らせながらも老人は初弾を防ぎ切った。二発目、玉座の手摺りに付けられた魔珠に散弾が当たり、青白い光が粒子になって跳ね回る。
三発目。ポンプアクションの装填音を響かせながら迫る俺を見て、皇帝は逃げ場を探して目を泳がせる。何かを叫ぼうとして口を開け息を吸い込む。
「こんな、ことが……許される、わけが」
「お前は選択を誤った。最初から、最後までな。いまさら何をいおうと、何をしようと、結果は変わらん。悔い改めるにはもう遅い。お前も、この国も」
皇帝は銃口を見つめる。
「もう終わりだ」
散弾は老人の頭を吹き飛ばし、血と肉片が玉座を汚して飛び散る。もう魔力光は瞬きもしない。
「……くそッ、こんな、ところで……」
床でPMC指揮官が、もがきながら必死に立ち上がろうとしていた。不思議なことに、銃器を持っている様子はない。振り返ると玉座の脇にサブマシンガンが転がっていた。H&KのUMP。盾を保持するため脇に置いて、そのままになったか。不運ではあるが、死ぬときというのは、そんなもんかもしれん。
アングロサクソンのように見える初老の男に、俺はブローニング・ハイパワーを向ける。こちらを見た男は、泣き笑いのような表情で唇を歪ませた。
「……くだらん世界に飛ばされて、自国の銃で殺されるか。出来の悪い、茶番劇だ……」
素早く屈んだ男の頭を撃ち抜くと、足首装着ホルスターから取り出しかけていたリボルバーが転がった。使い込まれてエッジの地金が露出したスミス&ウェッソンのM36、いまどき現役で使ってる奴なんて聞いたことがない。どんなキャリアを積んできたのかは知らんが、何十年も荒事を生業にした人生だったのだろう。
「……同情はするよ、ベルギー人。まさか最期が、こんなんだとはな」




