327:突撃自動砲台
皇宮の屋上は弓兵を並べて防衛戦でも行う想定なのか高い胸壁に囲まれ広さもテニスコート二面分はある。中央に物見櫓と鐘楼を兼ねた尖塔があって、その基部にミルリルが射殺したPMCの狙撃手と観測手の死体が転がっていた。その近くには、俺がサイモンから調達したレミントンにそっくりのボルトアクションライフル。銃身が曲がって、スコープも砕けている。奪って使うつもりはないから、別に良いんだが。後で素性を調べようと死体や装備を収納、階下への入り口を探す。
「停止じゃ、ヨシュア」
言葉と同時にPPShが一発だけ発射され、屋上の隅で青白い光が瞬く。
「よし。あそこが階段に続く扉じゃ」
さっきの光は監視用に填められていた魔珠が砕けたものなのだろう。よく見えたな。
「急ぐのじゃ。次々に目が潰されれば、見つからんでもこちらの存在は知れる」
そらそうだ。IEDの爆発で監視の目が俺たちを見失っているいまがチャンス。転移でドアまで飛び、内部を確認する。どこかで駆け回る音はしているが遠い。俺は減音器付きのMAC10を出す。相性が良いスタームルガーMk2と迷ったが至近距離での遭遇なら弾幕が必要になるかもしれないとの判断だ。
「敵が三名以下なら、これで音を立てずに対処。それ以上なら音は気にせず殲滅だ」
「了解じゃ」
「よし、突入」
屋上から降りる長い直線の階段を短距離転移で飛び、踊り場から下を覗き込む。遠くで駆け回る音が聞こえているが、こちらに向かってくる様子はない。むしろ階下に遠ざかっていっているようだ。
「外を確認しに兵を出したのか?」
「そうであっても、皇帝の周囲を空にはするまい。奥に気配が……」
いってる端から廊下の先でドアが開き、PMCの戦闘要員が二名、M4を肩から下げて現れる。ベルトの位置を直しながら笑顔で話しているあたり、まだ内部に入り込まれたという認識はないのだろう。彼らは部屋から出ると、俺たちとは逆方向に緊張感のない動きで歩いてゆく。
「ったく、死体なんか残ってるわけねえだろうが」
「それでも肉片のひとつくらいは見せねえと、爺さんのヒステリーが……」
MAC10を単射で発射し、崩折れたふたりの死体と装備を収納する。
「部屋のなかに、もうひとり居る」
ミルリルの指摘通り、開いたままのドアから男が出てくる。手にしたブッシュナイフには血痕が残っていたらしく、男はワークパンツの裾でぞんざいに拭って腰の後ろに付けた鞘に戻す。
「おい、贄が足りねえって皇帝に伝えとけよ。追加がなきゃウチの小隊は動かねえって、“勇者様”にも……」
先に出たふたりの後を追っているつもりなのだろう。返答がないことに気付いて周囲を見渡し、こちらを振り返って固まる。
「な」
四十五口径拳銃弾で額を撃ち抜かれた男は困惑した表情のまま脳漿をぶち撒けて倒れた。
男の出てきた部屋を覗き込んで、俺とミルリルは思わず呻き声を上げた。血塗れのベッドには、嗜虐趣味の犠牲になったのであろう死体が転がされていた。原形を留めていないために、それがどんな素性の相手だったのかはわからない。
「……そうだよな。滅びかけの国を好む奴もいるんだ」
「何の話じゃ」
「最初に接触したPMCの戦闘要員が、降伏勧告に乗ってこなかったのは兵士の矜持からじゃないってことだよ。ある種のクズは、破滅への道を突っ走るのが好きなんだ。そして、他人のそれを見ているのもな」
良くいえば、台風の前にハイテンションになる小学生みたいな。あるいは大量の金と時間と労力を掛けて積み上げられてきた全てがご破算になる感じ、巨大なものが終焉に向かう光景に愉悦を覚えるのだろう。自分たちの惨めさから目を逸らせるから。そして……。
「もう全てが滅びるのだから、何をやっても良い。そういう状況が、好きなんだろう」
そんなわけはないんだけどな。以前いた会社が倒産する寸前、えらく嬉しそうに火事場泥棒に励んでいた上司がいたことを思い出す。盗んだところで換金価値がある物などたかが知れているのだが、問題は額ではなく一種の報復なのだろう。自分を虐げてきた(と思っている)組織や社会に対する……。
「良かったのう、ヨシュア」
「え?」
「こやつらも、皇帝ごと皆殺しにして良いとわかったのじゃ。これは、ひとつの朗報じゃの」
「……そうだな」
死んだ三人が向かうはずだった方向に短距離転移。ひとの気配がある方に進む。角を曲がると歩哨が三名いたので、即座に無力化する。いまのところ、ミルリルの出番はない。
「静かに」
ミルリルが背後で、歩哨が立っていた両開きのドアを指す。なかから男たちの声が聞こえてきた。
「第三小隊は一階、第四小隊は二階で待機中。現状で侵入者なし」
「カメラゾンビどもは」
「配置はしてますが、受像側がパンクしてます。動かせる魔法使いが残り少ないとか」
「知るか。戦闘に出てこないなら、自分の役割を果たせ。使えないようなら殺すと伝えろ。勇者様はどこにいる」
「大佐は、玉座で指揮を執ると」
その報告を聞いて、室内に呆れたような嘲笑うような声が上がる。話の流れからすると、なかにいるのは現場を指揮する下士官あたりか。PMCに階級制があるのかは知らんけど、将校と下士官の間で断絶が起きているような感じが窺える。
「壁の観察は原住民にやらせとけ。こっちは魔王を狩り出す」
振り返ると、ミルリルは突入準備よしという顔で頷く。俺がドアを蹴り開けると、室内にいたPMC戦闘要員たちは一斉にこちらへと銃口を向けてきた。民間人を殺して喜んでいたクズどもとは違って、ここにいる連中の練度は高く、反応も早い。
「はッ」
勝ち誇った顔で発射されたM4の銃弾は扉を穴だらけにしただけで終わった。俺は部屋の奥まで転移で飛んで、振り返ったのと同時に両肩から突き出された“のじゃロリキャノン”からの掃射がPMC戦闘要員たち十数名を薙ぎ払っていた。
「キャノンなのに拳銃弾とはこれいかに」
「訳のわからんことをいうておる場合ではないぞ。いまので“ぴーえむしー”の親玉に露見したのは間違いない。あまりに大き過ぎて逆に見落としておったわ」
何の話かとミルリルの指す方に目を向けると、部屋の奥に地球儀のような物を持った皇帝像が置かれていた。この世界の人間に天文学的素養があるのかは知らんが、世界を征服するというような感じのイメージなのだろう。その地球儀的なものは……。
「龍種の魔珠を磨き上げたもんじゃの。おそらくは、あの老害がこの部屋の密談を盗み見るためのものじゃ」




