326:勇なき勇者
遮蔽の陰で停車し、俺たちは周囲を警戒しながら車体の確認をする。ダメージは思ったより大きいようだった。後輪が片側だけ傾いてシャコタンみたいになってる。後部上面にスペアタイヤは設置されているが、タイヤ交換では済まない。どうも車軸が曲がっているようなので、この場での修復は無理だ。
「なに、心配するでないぞ。この野豚の親分は、いずれわらわがキチンと修復してくれるわ」
「ああ、頼む」
どうするにせよ、まだ見ぬ敵との戦闘が済んでからの話だ。キャスパーを降りた俺たち目掛けて手製爆弾が降ってくる。俺は咄嗟に車体ごと収納し、ミルリルを抱えて城壁の上に飛んだ。
「敵の位置はわかるか」
「読めんのう。皇宮の上層階に居るとは思うがの。“けーぴーぶい”で炙り出すつもりであったが、まだ仕留めたのは顔を出した下っ端だけじゃ。このまま手当たり次第では、弾薬の無駄遣いじゃの。作戦変更じゃ」
ミルリルさんは肩に掛けた携行袋から革ベルトのようなものを出す。というか、ベルトそのものだな。ミルリルさんが使うには、なんぼなんでも長すぎるのだが。
「大型の銃器を運ぶのに使えるかと思って手に入れておいた革帯じゃ。良いことを考えたのでな、ここで試してみるのじゃ。少し屈んでくれんか」
負ぶい紐とでもいうのか、母親が赤ん坊をホールドするように自分と俺をたすき掛けに結んで、ズレが出ないよう細い紐で何箇所か縛る。
「おお、なかなか良さそうじゃ」
満足そうに笑う声が耳元で響いて変な感じ。なにしてますのん、あなた。
「これで転移の最中でも銃を撃つことができるのじゃ! ほれ、両手で撃ちながら転移しておれば相手がどこに現れようと即座に仕留めてくれるわ!」
「わらわが弾倉交換するとき以外、ヨシュアは収納と転移に集中しておればよい。目の前に現れた敵は、全てこちらで倒すのでな」
すげえ、生自動砲台だ。背後から両肩の上に突き出された二丁のPPShを見て、俺は思わず振り返って声を上げる。
「おおおぉ……これ、のじゃロリキャノンじゃね!?」
「何をいうておるかわからんが、右手奥の箱まで転移してくれんか」
通じるわけないのは理解しているものの、全力でスルーされると少し寂しい。ちなみにミルリルのいった“箱”というのは、城壁の上に一定間隔で配置されている監視哨だ。前に隠れ場所として利用したことがある。石造りだが白い漆喰のようなものでコーティングされ、壁と天井に魔導防壁か何かが仕込まれている。俺はその脇まで転移で飛んで、なかの様子を探る。
「脅威なし」
「敵方は動かんのう。向かってくる気配もなしじゃ」
いまのところ、敵はIEDを放る以外に目立った行動をしていない。さすがに万からの一般市民を贄にして召喚した奴がアイテムを撒く以外に能力がないとは思えないから、向こうは向こうで、こちらの出方を見ているのだろう。
ミルリルが周囲を見渡しながら、右手奥の監視哨を指す。
「あの監視哨まで転移したら、そのまま次の監視哨に向かって歩いてくれんか」
「了解」
了承はしたものの、いまいち状況がわからん。そんな俺の首を後ろから抱きしめるようにして、ミルリルが耳元で囁く。
「監視哨には、出入り口のアーチに魔珠があった。あやつら、こちらの位置を設置された魔珠から把握しておるようじゃな」
ミルリルが背後からつついて、皇宮の方角を指す。
「ほれ、動きよった」
正面側から裏手に回り込んでくる一団。彼らは、真っ直ぐこちらに向かってくる。
「二十ほど出てきたが、あれは“ぴーえむしー”であろう?」
「たぶんな」
まだ距離が三百メートルほどあって顔や装備はよく見えないけど、統一された服の感じからして皇国兵ではなさそうだ。
「なんじゃ、手下だけで親玉は出てこんのか⁉︎」
ミルリルの呆れ声は、監視している親玉に聞かせるつもりか聞こえよがしのアピール感があった。
「姿を隠して爆弾を撒くくらいしかできん者が、召喚勇者だとしたら笑えるのう!」
「俺としては、腰抜け腑抜けは歓迎だよ。あのまま引き籠っていてくれたら、城ごと潰して楽に勝てるしな」
挑発に付き合うが、演技が苦手なので控え目に。
見ると、向かってきていたPMC戦闘要員は二百メートルほどのところで停止し、建物の陰に隠れる。
「もうすぐ手製爆弾が降ってくるわけだな」
「そのようじゃの」
あそこまであからさまな退避行動を見せるくらいなら出てこなきゃいいのにと思わんでもないが、隷属の首輪を使ったクライアントからのゴリ押しがあったのだろう。“魔王の死体を確認するまで帰ってくんな”、みたいな。
「先ほど収納するところを見られたので、今度はおそらく複数、それも出現してすぐ爆発するはずじゃ」
「ちょッ、待て、それどこに……⁉︎」
「収納すると思われての対抗手段じゃ。馬鹿正直に付き合う必要もなかろう。降ってくると同時に皇宮の上まで転移してくれんかの」
「爆発の瞬間なら、監視の目が離れるから?」
背中でミルリルが、くすんと嬉しそうに鼻を鳴らす。
「その通りじゃ。そこから先は、どこまで見つからずに行けるか、じゃの」
「転移はいつでも行ける。けど……」
出現と同時に爆発するとしたら、タイミングを外せばお終いだ。どうすんの、それ。どこに出てくるかもわからんのに。
「収納も転移もできんくらい一気に大量にバラ撒かれるのではないかの。わらわであれば左右後方、頭上の死角を狙うがの」
その瞬間、十数個のIEDがミルリルの言葉通りの位置に出現した。俺は全てを無視して転移。わずかに爆発の余波を食らって姿勢が崩れた。着地した皇宮の屋上で尖塔の壁にぶつかりそうになる。
「……ふぃ〜ッ、危ねえ」
「第一段階は成功じゃの。あれを見る限り、わらわたちもしばらくは死亡扱いになるはずじゃ」
ミルリルの声に振り返ると、皇都の城壁が一区画丸ごと吹き飛んでいた。




