325:七面鳥とわたし
「炙り出すって、どうやって」
距離を置いて装甲兵員輸送車から対処するのはいいが、逆にいえば決め手に欠ける。なにせ相手は多数、しかも城に籠っているのだから両者睨み合いで時間ばかりが過ぎるという膠着状態になりかねん。別にいいけど、俺たちの目的は皇帝の討伐であって召喚傭兵とのお見合いではないのだ。
「見ておれ、すぐに出てきよるわ」
PKM軽機関銃で皇宮の中腹に数回、上部の物見塔に数回、ミルリルが指切り点射で小銃弾を送り込む。距離は二、三百メートルあるのでどうなってるのかよく見えんが、塔から数人の人影が転げ落ちるのはわかった。
「監視がいたか……あれは人間? それとも魔珠を埋め込んだ動く死体?」
「“ぴーえむしー”の射手と助手じゃの。“狙撃用ライフル”に似た物を持っておった」
狙撃手と観測手か。生身でウロウロしていたら撃たれてたかもな。
「さっき下の階を撃ったのは?」
「わらわたちが出てきた穴から狙おうとしていた奴がいたのでな。もっと低い位置の窓から覗いておったのは、皇国軍の砲兵か攻撃魔導師かのう。なにやら筒が見えておるじゃろ?」
見えん。双眼鏡で確認するが、俺の視力ではハッキリしない。壁から少し奥まったところに銃眼か何か開口部が並んでいることくらいしかわからない。
「ここは良い距離じゃの。あやつらからすると、屋上から狙うには遠過ぎ、地上に降りてくると近過ぎて的になる」
どこに居ようと的にはなるんじゃがの、とミルリルさんはPKMをあちこちに向けながら短く点射し続ける。その度、着実に敵を削っているようなのだが、いかんせん俺には遠過ぎて視認できない。
「向こうからすれば、籠城するにもおぬしの転移が厄介なんじゃ。安心できる安全な場所がどこにもない状況で壁を撃ち抜くようなタマを撃ち掛けられてみい、打って出ようとするはずじゃ」
「いや、下っ端はともかく指揮官は止めるだろ」
そこなんじゃがの、とミルリルは皇宮の尖塔に掲揚された幟旗を指す。
「あの紅い旗は、皇帝やら王族やら、その国の首長が城に居ることを示すもの。そして、その下の黒いのは、その国の最強戦力が布陣していることを示すものじゃ。要は、示威用じゃの」
「なんだ、最強戦力って。近衛師団とか?」
「近衛に当たる兵は、いるとしたら皇帝の身を守っておるのじゃろ。そうではなく、あの旗が示すのは皇国の、“ぴーえむしー”の扱いじゃ。あやつら……少なくともあやつらの指揮官は、“勇者”として扱われておるのではないかのう?」
ええと……そうか。召喚されたのが最強戦力だとしたら、おそらく外部からの攻撃に黙って耐えていることは許されない。ミルリルのいっていた“打って出ようとする”は自主的な判断でなく、強制もしくは強要によるものも含めてだ。
拒否権があるのかどうかは知らん。きっと、ないんじゃないのかな。上階で射殺した男の死体を、キャスパーの運転席横に放り出す。
「……ああ、やっぱり」
「隷属の首輪を噛まされておるの」
見知らぬ世界の滅びかけた国に呼び出されて、老害の命により突撃か。他人事ながら、哀れだな。
「ヨシュア」
皇宮の裏口が開いて、兵士らしき集団が姿を見せる。左右前面に押し出されてきたのは車輪の付いた移動砲台。防楯が装備され、砲身が細く長い。おそらく、共和国で自走砲みたいなゴーレムに積まれていたものと同じ後装式の新型だ。見た感じ、青銅砲だけどな。
「あれを直撃されたら、キャスパーでも無事では済まんかもな」
「それはそうじゃがの、それまで黙って見ておるわけがなかろうに。射程の長い武器を前に出してどうするんじゃ、阿呆が」
いってる端からPKMの掃射で砲兵が薙ぎ倒され、シュポンとM79が鳴るとわずかな間を置いて後方で大盾に守られていた装薬の台車が爆発する。粉々になって吹き飛んだ台車や移動砲台の周辺に転がっているのは、墨色の外套を身に付けた皇国軍兵士だけ。PMCの戦闘要員はいない。
「おらん……わけはないんじゃがのう」
銃座のミルリルが、警戒を強めるのがわかった。周囲に動く者もないなかで、妙な緊張感だけが高まる。
「最強戦力として、城内で皇帝を守っているとか?」
「王侯貴族を守る部隊は、盾になることを求められるはずじゃ。おぬしの居ったところの戦争がどんなものかは、触れてみた武器からの想像でしかないがの。兵士の攻撃能力こそ凄まじいが防御能力は重装歩兵に劣るのではないか?」
「劣るね。機動性を維持するために、せいぜい硬い丈夫な板を胴体の前後に付けるくらいだ。それも、PMCでは一般的じゃない」
やっぱり、打って出ることを強要されると考える方が自然か。このまま待っているだけで良いのか、それとも……。
「ヨシュア! 前進じゃ、急げ!」
銃座のミルリルが転がり落ちるように車内に戻ってきた。俺はアクセルを踏んでキャスパーを発進させる。
「右手、城壁に向かうのじゃ!」
いったい何がどうしたのか説明を求めようとした俺は、バックミラーに写る爆炎に度肝を抜く。あれはグレネードやロケットランチャー程度の威力じゃない。
「……手製爆弾? あの場所に仕掛けられていたのか⁉︎ どうやって位置を特定……」
「しとらん!」
「は⁉︎」
「位置は特定しておらん、気付けば車体の後ろにIEDが転がっておった。どこぞから放っておったのであればもっと早く気付いたはずじゃ。リンコのような認識阻害で忍び寄ったか……いや」
それが違うことを半ば確信しているのだろう。ミルリルは首を振った。
「おぬしの収納の逆で、なんぞ出現させる異能があるかじゃ」
その不吉な予想は正解だった。走るキャスパーの目前に、宙から手製爆弾が出現する。ハンドルを切って避けるが、通過し切るより前に車体後部で爆発が起きる。揺れた車体から異音が出てガクッと速度が下がる。ダメージを受けたのはタイヤか、駆動系か。なんにしろ、敵はこちらを追い込むだけの被害を与えたようだ。俺は周囲を警戒しながら、可能な限りの速度を維持する。高まる金属の軋みを聞く限り、そう長くない。
「ミル、降車戦闘の用意」
「望むところじゃ」
ミルリルさんはニンマリと笑う。敵射程外からの一方的殲滅だけで生きていこうと思っていた俺にとっては、あんまり望むところではないのですがね。




