323:主なき犬
ミルリルは、不思議そうな顔で首を傾げる。
「ヨシュアの居った世界の、兵士か。それは、興味があるのう」
「そんな悠長なこといってる場合じゃないですよミルリルさん。相手が何人でどんな装備でどこの国のどんな兵種なのかで全然話が変わってくるんだから」
「たしか、騎兵はおらんのじゃろう?」
「いないことはないけど、馬には乗ってないな」
「馬に乗らん騎兵というのもよくわからんが、別の乗り物に乗るわけじゃな。であれば、城のなかに布陣はするまい。弓兵もおるとは思えんから歩兵であろう?」
まあ、そうだ。まず陸兵の、おそらく軽歩兵である可能性が高い。
「任務やら編成やら装備によって、いろんな歩兵がいるんだよ。国によっても、ずいぶん違うしな」
「ほう」
世界各国の軍や軍事組織について、俺は正直そんなに詳しくはない。各国軍の特色も知らんし、どこの軍ならどう対処するというような戦略も当然ない。人種偏見は持っていないつもりだが、日本の自衛隊員との殺し合いは勘弁してほしいとは思う。
そんなん、この世界の軍も含めて、どことも好きこのんで戦いたくはないのだが。
「降伏勧告でもしてみるかの?」
「え」
相変わらず俺の胸の内を読んで、ミルリルは笑いながら宙に円を描く。
「こんな滅びかけの国で無駄死にしたいというのであれば、そやつらの勝手じゃ。そのときは全力で戦うだけじゃがの。誰が見ても皇国の惨状は一目瞭然であろう?」
どうかな。皇宮の窓から外を見れば、この国が破滅への道を進んでいるのは理解できるはずだ。一国の首都だというのに、通りにも建物のなかにも、人っ子一人いない。声も物音も聞こえてこない。
問題は、そいつらが窓から通りを見るような状況なのかだ。周囲が見えないか見せてもらえないか、視野狭窄状態だとしたら冷静な判断など期待できない。
「聞こえておるか、雇われ兵士どもよ!」
ミルリルが廊下の先に、良く通る声で告げる。
「わらわたちの敵は、皇帝とその取り巻きだけじゃ。邪魔をせんのであれば、放っておいてやっても良いぞ! 即座に返答せい!」
即座に返ってきた返答は手榴弾だった。型式まではわからんが筒型のタイプが三本、廊下を跳ねながら、俺とミルリルが隠れていた角まで転がってくる。
「しゅ、収納ッ」
「交渉決裂じゃな」
それどころか、完全に戦闘開始の合図となってしまった。爆発と同時にこちらが浮き足立ったところを仕留める算段だったらしく、廊下を四名の兵士が凄まじい速さで突っ込んでくる。
「ミル、耳押さえて」
収納した手榴弾を廊下に放り返して物陰に隠れる。スタングレネードを使われた可能性も考え耳と目を塞いで備えたが、破片手榴弾のみだった。転がって呻く男たちを、ミルリルが射殺する。
男たちの死体と装備を収納して、一時撤退する。フロアをひとつ下がり、待機用と思われる広く簡素な部屋に入ってミルリルに警戒を頼んだ。
射殺されたばかりの死体を転がし、素性がわかるような特徴がないか調べる……つもりだったのだが。
「……ああ」
武器は光学サイト付きのM4アサルトライフル。カーキのワークパンツにタクティカルブーツ。胸下吊り下げ弾帯に山ほど予備弾倉は所持しているが、ヘルメットはなし。通信機やバックパックもない。
「……民間軍事企業か」
死体は南米系に見える浅黒い顔のがふたりと、白人がひとり。アジア系と思われるがよくわからんのがひとり。所属も国籍も不明。当然ながら徽章もネームプレートもドッグタグもない。どこでドンパチしてた連中なんだか。
「ぴーえむしー?」
「雇われ兵士、みたいなもんだ。ミルリル、正解だな」
揃いのTシャツにベースボールキャップだが、マークやロゴはなし。書いてあったところでPMC各社についての知識などないので、どうというものでもないけれども。知ってる社名なんてエグゼクティブ・アウトカムズとブラックウォーターくらいだ。どちらも、もうない。
「通常の兵士と比べて質はどうなんじゃ」
「元兵士が多いと聞いてる。質は……雇う側の基準と懐具合によるな」
「幸か不幸か、なかなかの精兵に見えたがの。身のこなしは獣人並みで、連携も取れておった。“ぐれねーど”を投げた後、迷いなく突っ込んできよったであろう? こちらを低く見ているせいもあったかもしれんが、指揮する者を信頼しておらねば、あんな真似はできん」
嬉しそうにいうけど、それ俺たちピンチですやん。こんな廊下での戦闘じゃキャスパーとか出せないし。
「この銃は、ケースマイアンで配備した“えむよん”と同じものかの?」
M4を指して、ミルリルが尋ねる。有翼族やケースマイアンで小柄な者に支給していたから、見覚えはあるんだろうけどPMC仕様はパーツの色や形が違い、アクセサリーも付いているため印象が変わっている。「ああ、それはハンヴィーを作った国の軍隊が制式採用してる銃でな。俺のいた世界じゃ最大最強の国なんで、凄まじい量が生産されて、いろんな派生型や改造部品がある」
正確にいえばM4自体が派生型なのだけれども。話が面倒になるので省略。AKの生産数はさらにすごい、なんて話も後回しだ。ミリオタの語りは大概、女子をゲンナリさせる。
「これから、向こうの出方次第で……」
ミルリルが、手を上げて声を落とさせる。
「動きよった」
俺にはわからない音か気配を読んで、ミルリルの視線が天井を動く。
「四……六人じゃの。わらわたちの下りてきた階段に向かっておる。別動隊が、反対側からも来るのではないかの」
この部屋の前の廊下、逆側にも階段があるのか。このままだと、挟撃されるわけね。
「収納で床や柱を抜くのはどうじゃ? 丸ごと崩せば殲滅できると思うんじゃが」
「ああ、それはさっき試したけど弾かれた。騎乗ゴーレムと同じで、防衛拠点の建材には何か魔法的な防壁が組んであるんじゃないのかな」
リンコの改造ゴーレムはエクラさんの調整で収納可能になったけど、この状況ではどうしようもない。
「片側を押さえられんかの」
挟み撃ちにされると面倒だ。何も好きこのんで不利な室内戦に付き合う必要はない。広い場所に出る手もあるが、どういうわけかこの部屋は窓がない。思い出せる限りでは、開口部は階段近くにしかなかった。
降りてくる足音と気配が感じられるようになった。最初に使った側の階段まで出る、と身振りで示すとミルリルが頷いた。
「「うおぉッ!?」」
飛び込んでくる寸前、俺は進路を塞ぎに掛かった。廊下を埋めるようにキャスパーの巨体が出現して、音もなく進んできた攻撃部隊から悲鳴に近い声が上がる。横倒しにしたので、隙間から撃たれることもない、はず。というか、車体を叩きながら名前を呼ぶ声が聞こえたところからして、何人か車体で潰してしまったようだ。
「KPVを出す、射撃を頼めるか」
「了解じゃ、急げヨシュア」
彼女は遠い方の廊下の端を指す。いまいる場所からは二百メートルほど距離があるので、何を示しているのか俺にはわからない。
「こちらを窺う鏡や銃身の先が見えておる」
重機関銃を収納から出すと、ミルリルが素早く装弾を確認する。俺は少し考えて、購入後に一度も使ってなかったドラグノフ狙撃銃を選んだ。視力と射撃の腕を考えると、これくらいが現実的だろう。
「射撃開始じゃ」
発砲すると、狭い空間に凄まじい轟音が響いた。14.5×114ミリ弾の威力は銃というより砲に近い。そのエネルギーを撒き散らかされて、熱と圧力が空気を掻き回す。廊下の奥で焼夷徹甲弾が壁ごと撃ち抜き燃やし始めている。平衡感覚を失い始めた俺は、廊下の端で膝をついて狙撃姿勢を取った。
「ヨシュア、大丈夫か!?」
「大丈夫に決まってんだろ、ミルリルちゃ〜ん!」
クラクラしているのを悟られたくなくて、俺は精一杯の虚勢を張る。
「お前とふたりなら、俺は、何だってできるんだぜぇ⁉︎」
「それでこそ、わらわが見込んだ男じゃ!」
笑みとともに撃ち出された重機関銃弾が、廊下の隅を完全に崩落させた。




