322:垂直の戦場
「可能性は……あるのう。むしろ、これまでの手段と静まり返った都市を見れば、ほぼ確定じゃな」
実はどこかに避難させたんじゃないか、なんて考えるのは逃げだ。そこまで外道な為政者など存在するわけがないと思いたかっただけ。
「前に皇都を訪れたとき、魔導障壁が張っておったのは覚えておるか?」
「うん。住人には識別子を持たせてるとかなんとか」
「その反応が消えておる。一定周期で回ってきておった探知魔法もじゃな。無駄な魔力消費を止めたか、もう下っ端の魔導師がおらんのであろう」
そうまでして召喚したのは何者だ。勇者か賢者か聖女か他の何かか。そもそも選べるものなのかも知らんけど。その召喚者が俺たちに何人も殺されてるのは、さすがに皇帝も理解してると思うんだが。反省なんて、するわけないよな。そんな殊勝な奴が、いままで見せられてきたような手を使うわけがない。
「最後まで動かんかった木偶人形どもは、上で待ち構える者に伝える斥候か監視かの」
上階で待ち受けている召喚者への、身体を張った情報伝達。あるいは襲撃を妨害する囮。どちらにせよ、捨て駒だ。
「嘘か真かまでは知らんが、費やした贄の数だけ高位の者を召喚できると聞いておる」
「しかし……皇都の住人って、どのくらい?」
「全てとなれば、万は居るのではないかの」
そんだけリッチな対価で購えば、日本の会社員やら就活学生じゃなく伝説の勇者が降臨したりするのかもな。しかし……どうにも腑に落ちん。
「臣民を贄として召喚というのは、最低の下衆だとは思うけど、とりあえず意図は理解できる。でも、なんで貧民窟は見逃したんだ?」
「あやつらの魔力は、使えんのではないかの」
「ん〜? そうか? 獣人やドワーフなら、並みの人間より魔力は上だろ。拾った子たちのなかには、さらに魔力が豊富そうなエルフもいたけど」
「使えんというたのは資質ではなく、皇国民の忌避意識からじゃ。あやつらは、“穢れ”とかいうておるがの」
「は?」
「皇国の馬鹿どもは亜人が生き物として魔獣と同じか、それ以下の存在だと思うておる。そんな奴らに大敗を喫したことで引くに引けなくなっておるのじゃろうが……この期に及んで穢れた魔力など使えんとか抜かしておるのではないかの」
くだらん。まあ、こちらとしては結果的に助かったけどな。
「右奥に六、階段脇に四じゃ」
ミルリルが囁いて、俺たちは廊下の両側に分かれる。俺はAKMで階段脇の壺ごと敵を撃ち抜き、ミルリルは覗き込もうと顔を出した四名の目玉を拳銃弾で正確に貫いた。
「廊下の両側から来よるぞ」
ドアが蹴り開けられて、左右それぞれ十名近い重装歩兵が手槍を抱え込んで突進してくる。全自動射撃で放たれたAKMの7.62ミリ弾が重甲冑の胸甲をアッサリと貫いた。俺の担当した七名の死体が轟音を立て廊下に転がる頃には、ミルリルの方も決着がついていた。
「脅威排除じゃ」
十数名が相手でも単発で対処できる凄腕ガンマンのミルリルさんは、ようやくPPSh最初の弾倉を交換したところだ。俺は手を伸ばして、空の弾倉を受け取る。
「いよいよ手駒が尽きてきたようじゃな」
近付いて確認すると、兵士というより文官のような雰囲気の死体が混じっていた。屈強な兵士たちは使い潰して底をついたのか、どこかで他の業務を命じられているのか。
「階段の上、ひとり隠れておる」
互いにカバーし合いながら階段を上ると、気配を察して逃げてゆく足音が聞こえた。甲冑の金属音もないのに重くて動きが鈍い。ミルリルが踊り場から顔を出して一連射を加えると、悲鳴を上げて転がる太った男の姿が見えた。
「ひぃッ!」
のじゃロリさんが首を振るのを見ると、あのデブ被弾はしていないようだ。というより、これは意図的に外したか。
「首魁の下まで案内させるのじゃ」
「名案だ」
逃げる指揮官を追って、俺とミルリルは皇宮の階段を進む。フロアを三階ほど上ると、すぐ先で足音が廊下の先に向かった。これは当たりだな。
「お助けを、勇者様!」
やはりか。もう召喚は済み、新しい勇者とやらが俺たちを待ち構えているわけだ。ミルリルを見るが、彼女の表情に変化はない。皇帝を殺すまで終わらないし、妨害や護衛がいることくらいは想定している。
「魔王が、ケースマイアンの……」
悲鳴のような叫びが、爆音に掻き消された。ビチビチと血や肉片が飛び散り垂れ落ちる音が響いてくる。
「……ヨシュア、あの音は」
俺が頷くと、ミルリルの顔色が変わる。
「……“くれいもあ”か?」
少しだけ顔を出して、廊下の先を見た。いまの爆発は、黒色火薬のものではない。リンコの技術を流用した武器なら、今頃は狭く換気もない廊下に煙が立ち込めているはずだが、漂ってくるのはわずかな白煙と、どこか甘いような嗅ぎ慣れた硝煙の臭い。
「ああ、たぶんそうだな」
実に鬱陶しいことになった。遠くで一斉に響いた小さな金属音。それは初弾を薬室に送り込む音に聞こえた。すぐには動かないだけの理性と余裕。声を出さない意思疎通。
どうしたもんかな、と俺は考える。いつかこういうときが来ることも想定しておくべきだったのだ。想定したところで、どうなるもんでもないにしてもだ。
「この先で待ち構えているのは……俺がいた世界の、兵士じゃないかと思う」




