32:王国軍の布陣
「――じゃあ、残りは12時間後には調達する」
「おう、よろしく」
縁があったらな。光のなかに消えたサイモンに、俺は笑って手を振る。
必要な物資は、もう手に入れた。残りは、緒戦を生き延びたときの保険でしかない。戦争前に身辺整理をした奴はあっさり死ぬって聞いたが、ある意味そんな死亡フラグを作らないために残した半端仕事だ。
あ、そうそう。前回の赤字分と今回&次回引渡しの代金として渡した金貨が半バーレル、ドルだと幾らになるんだかな。樽に半分で60リットル、っていっても金貨を容量で数えたことなんかないから知らん。
お前の貢献次第では今後も格安で渡してやるぞ、なんつっといたけど。金貨1枚500ドルは調べると思った通りのボッタくり価格だったので、サイモンをつついて1枚千ドル換算で話がまとまった。
どっちにしろそれも、戦争後に残してある縁起担ぎの余禄だ。そもそも、こんな価格交渉はすること自体に――唯々諾々と受け入れるわけではないという――多少の意味があるのであって、金額は大した問題ではない。俺はアフリカだか中東だかでの金のレートも知らないし、金貨のグラム数もわからない。武器の価格もさっぱりだ。そして、どれだけ詰めて交渉したところで、相手のいる世界には触れないのだ。俺もサイモンも、お互いに利益を切り取り合っているふりをしているだけ。ただの遊びだ。
「ヨシュア、来たぞ」
傍らで動きを止めていたミルリルが、ふっと笑みを浮かべながら静かな声で伝える。
現実逃避は終わり。ここからは、戦争の時間だ。
ケースマイアン城壁南端。俺たちは新たに作った銃座に布陣している。長距離攻撃兵器をありったけ掻き集めて、撃ち降ろしのアドバンテージでなんとか勝利をつかもうという、まあ浅知恵の集大成である。
たったいま新兵器も手に入ったし、昨夜とっ捕まえてきたピカピカの新兵たちも加わった。3万対40(非戦闘員除く)が、3万対100になったくらいだが。
「……ついに、始まったな」
「うむ、待ちかねたぞ。これはわらわのために用意された舞台じゃな」
そうだ。始まってしまった。
ワクワクしている“のじゃロリ”ドワーフの隣で、俺のなかでは弱気の虫が騒ぎ立て、怯みと怯えが足をすくませる。
俺も精いっぱい頑張ったし、皆もムチャクチャ頑張ってくれたが、準備は予定の半分も済んでいない。ケースマイアンの皆に通知徹底してあったように、平原の向こう側に敵軍が入った時点でタイムアップ。平地での作業は中止だ。それ以降はもう、城壁内での作業だけになる。
高地の城壁を補強して銃眼を開け、城壁から少し離した東側に銃座を組んだ。高低差がありすぎて生半可な武器では意味がない。敵からしてもそうだが、こちらからの攻撃も限定はされる。そもそも俯角がキツすぎて二次被害が出にくいのだ。平地からの掃射だと抜けた弾丸が後続も傷つけられるんだが。45度近い見下ろしじゃ、ほぼ狙い撃ちオンリーになる。
そこで、新たな銃座(砲座)に置かれたのは、サイモンから手に入れた隠し玉の迫撃砲。同じ60ミリの軽迫撃砲だけど片方は東欧製のM57で、もう一方はアメリカ製のM2。三脚付きの砲身は各3基で計6基、砲弾はM57用が190発、M2用が120発。これは敵が密集している序盤で使い切るつもりでいる。
東欧製の方はアメリカ製M2のコピー(さらにいえばM2もまたフランス製迫撃砲のライセンス生産品)なので弾薬共用できるはずとサイモンはいっていたが、“はず”で何か起きたら砲座が吹き飛ぶ。念のため砲弾は混ぜないように徹底した。
こちらが準備を進めるなか、王国軍も平原を埋めるかのごとく続々と進軍してくる。
俺が奪ってきた補給物資やら潰してきた兵やらは敵にどの程度の被害を与えたのか現状では不明。不足分を後続が埋めたのか追加部隊が間に合ったのか、遥か彼方の補給線では整然と並んだ馬車から物資が運び出され、奴隷なのか工兵なのか統一された服を身に纏った一団が着々と移送させては陣地構築を進めている。
マジで、これシャレにならん。
王国軍の総兵力は3万ほどと聞いていたが……その規模がどれほどのものか、リアリティとして理解していなかったのだ。頭を抱える俺に、ミルリルが不思議そうな顔で首を傾げる。
「いや、こんなんウソやん」
「ん? なにがじゃ?」
「ガラガラ気味のさいたまスーパーアリーナくらいだから、どうにかなるかなーとか、思ってたんよ。ウソつけよ、これ全ッ然、多いじゃん! こんなん絶対スタジアムに入るわけないじゃん!?」
「は? ……入る? なににじゃ? “すたじあむ”というのは?」
「……ああああああ、バカバカ俺のバカ。そらそうだよな、たまアリのお客さん槍持ってないし馬乗ってないし甲冑着てないし、そもそもあいつらシートに嵌んないしさ……だから数は合ってるとして、そもそもその基準に何の意味があんだよ!?」
「落ち着かんか、ヨシュア!」
「あいい痛たたたたたッ、み耳みミルリルちゃんストップ耳それ取れる、ちぎれるって!」
「ええい、さっきからなんの話じゃ! おぬしの話は固有名詞が全部なにをいっておるかサッパリわからんわ!」
……キレられた。
ひとりでワケわからんことブツブツいうなって怒られて、訊かれて内容説明したら、このクソ忙しいときにワケわからんこというなってまた怒られた。
説明した後の方が、より一層ワケわからんとか、ひどくね?
ともあれ、敵の最前列は平野のなかほど、渓谷入口から1km強の距離を取って停止している。こちらの長弓の射程外という判断なのだろう。そこから後ろで続々と各部隊の戦線投入と展開と整列が進められている。この世界のセオリーからすると当然なのかもしれないけど、舐められたもんである。
これ、片っ端から撃っちゃおうか。ダメかな。ダメだろうな。警戒されたら序盤の展開が台無しだもんな。うちの主要弾薬である30-06の備蓄は、試射やら訓練で使った分を除くと残り6万発ちょっと(プラス重機関銃用ベルト弾薬が追加含めて1万2千発)。3万人を確実に殺すには心もとない。
ふつうの戦争なら、半分も殺せば降伏するもんだと思うんだけど、世界最大最強の軍を自称する彼らが同じように冷静な判断をするとは考えにくい。
まあ、それはそれとして……
「……なあ、ミルリル。こっちの軍隊って、なんであんなにカラフルなの?」
「からふる、とはなんじゃ?」
「色だよ。どの軍勢も赤青黄色と、えらく派手だろ。戦場で悪目立ちしたところで、なんにも良いことないと思うんだけど」
「なにをいうておる。数万の軍を編成するというのは、いくつもの貴族領軍を借り出したり傭兵を雇ったり戦奴を買い上げたりしてその戦力を統合するということじゃ。どこのどいつかひと目で判別も出来んで、どうやって指揮や差配をするというんじゃ?」
「ああ、なるほどね。あれは所属を示してるのか」
「……そこからか。むしろ、おぬしのいたところでは、どういう戦争をしておったのじゃ」
どう、といわれても。
高度な情報化や機械化は進んでいますが、あっちはあっちで持てる者と持たざる者の格差はこちらの世界以上の歪みを生んで、非正規戦やら非対称戦やらで泥沼化しておりますよ、ええ。
「野営陣地には、旗も立てるがの。戦闘が始まれば、そんなものいちいち探しておれん。外套の色で陣営を識別するんじゃ。黄がなんだかいう伯爵領軍、青がどこぞの公爵領軍、緑がたしか辺境伯領軍で、銀甲冑に赤の外套が近衛じゃな。他の色は、わらわも知らん」
「……え? なにそれ、バカなの?」
「だから、なにがじゃ!?」
「近衛ってことは、あのアホみたいに目立つ赤い群れの先に、王族がいるってことだよね? 狙い撃ちし放題じゃん」
ミルリルが一瞬ポカンとした顔になり、すぐに呆れ顔で首を振る。
その発想はなかった、って感じかな。たぶん、俺が考えてたのとは違う意味で。
「王国軍では……というか、どこの軍でも同じだろうがの、長弓以上の射程は想定しておらん。敵の鏃が届かん距離で陣を敷き、主君や指揮官を守っておる。どこからでも狙い撃ちする、などというおぬしの発想自体が異常なんじゃ」
「そうなの?」
「わらわが作った機械弓でも使えば別じゃが、あれは数も知れておるし、図体もデカいので近付けば遠くからでもそれとわかる。王国軍の布陣も戦術も、概ね間違ってはおらんのだ。こと常識でいう限り、間違っているのは、おぬしじゃ」
なにそれ、ひどい。




