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【完結&書籍化】スキル『市場』で異世界から繋がったのは地球のブラックマーケットでした  作者: 石和¥
7:からまる紐帯

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314/422

314:平原の墓標

 砦を出てからは、しばらくは起伏もない直線が続いた。風が粉雪を運んで、彼方の輪郭が霞んでいる。進路上に降り積もった雪はフラットで足跡ひとつない。少なくとも俺の目には、何者かが待ち受けている感じがしない。そんなわけはないのだが。

「ミルリル、こんな地形で待ち伏せがあるとしたら、どこかな」

「わからんが、気にすることもあるまい。待ち受けるとしたら殲滅された部隊の情報によるものじゃ。よほどの阿呆でもなければ馬防柵のような遮蔽を組むであろう。見ればわかるのじゃ」

「皇帝の突撃命令で、バラバラに突っ込んでくるだけかも」

 俺が半分冗談でいうと、ミルリルはゲンナリ顔で首を振った。

「……皇国で厄介なのは、それじゃな。愚かな死兵ほど動きの読めんもんもないわ」

 とかなんとかいってるとこでドーンとトラブル発生するのがこれまでの流れだと思ったんだけど、さすがに地平線まで先が見える状況では襲ってくるものもない。ミルリルによれば、左右の森にも潜伏する敵の気配もないようだ。俺はアクセルを踏んで、王都に向けてキャスパーを進める。

 まっすぐに伸びた道の幅は二十メートル以上、その両側に広がる森は(きわ)が直線的に残されているため、平地が人工的な伐採によるものなのは明らかだ。ケースマイアンから皇都に向かったときに見たのと同じ皇国の道路規格なのだとしたら、道そのものは中心に幅七、八メートルほどで作られ、その両側にある平地部分は視界確保のために固められた路肩だ。

 これだけ執拗に視界を確保したところで、それが有効に働くのは、敵の射程外(アウトレンジ)からの攻撃能力を持った側にだけだ。砲兵もゴーレムも底を突いたいまの皇国では、無意味な魔王の花道みたいになってる。観客も役者もいないんだけどな。

「こんだけの道路整備は万全の態勢で迎え撃ってこそだろう。いまは完全に裏目に出てるよね、これ。皇国側の読みが外れたのはわかるけど、少しくらいは有事の対策とか考えなかったのかな」

「貴族中心の国では無理な話じゃ。負けたときのことを考えて備えれば、惰弱と見られる。獣人にもそういう傾向はあるがの。勇猛果敢で怖れを知らぬ者こそ敬意を受けるに足る、という阿呆な考えじゃ」

 脳筋タイプですか。ナチュラルでやってる連中にどうこういう気は無いけど、階級社会だと脳筋を演じなくちゃいかんのか。俺には無理だな。

「そもそも無敵のゴーレムと精兵魔導師部隊で知られる皇国じゃ、負けるとは思っておらんかったかもしれんがの」

「まあ、そうね」

 万全な状態の皇国軍なら、王国や共和国を蹂躙できただろう。皇帝がそれをしなかった理由は不明だけど、たぶんコストが見合わないか継戦能力に欠けるか二正面戦になるのを嫌ったか、そんなとこだろう。

「騎乗ゴーレム部隊との最初の戦闘あたりまでは、もしかしたら凄い国かもって思ってたんだけど……えらい短期間に落ちぶれたもんだな」

「ほぼ皇帝ひとりで動かしておる国じゃからの。傾き始めると王国より脆い、というおぬしの読み通りじゃ」

 その皇帝が成した偉業といえるのか、綺麗に整備された道の上を俺たちは苦もなく走り続ける。むしろ道路だけを見る限り大陸全土をいっぺん征服してくれてたら良かったのにと思わんでもない。

 簡易舗装路の総延長が何キロか知らんけど、この世界でこんだけの土木工事を行うインフラ能力(と予算と、何より意欲)があるとは思えんから土魔法か何かで達成したもんなんかねえ。

「ヨシュア、道が曲がっておる。ちょっとだけ右じゃ」

 いわれて少しだけ軌道修正する。いまは雪でうっすらとした窪みにしか見えないけど、道の両脇には幅と深さが一メートルほどの溝があるはずなのだ。水捌(みずは)けと馬車の通行を制限するためじゃないかと思うが、真相は知らん。キャスパーのタイヤ幅ならスタックしないだろうし、したところですぐ戻れる。

 せっかく爆薬を手に入れたってのに、皇国は何か対策を考えんかったのかね。自分で考えた技術じゃないから、応用が利かないのかもな。俺も他人のことはいえんが。

「何やら、しょうもないことを考えておる顔じゃな。眉毛が“もにょーん”となっておる」

 ほっとけ。なんだ、もにょーんて。

「こんな道路を作っといて勿体無いと思ってな。元いた世界なら、あの両脇には地雷を埋めるとこだけど、たぶん土を固めただけで何もしてないよね」

「じらい、というのは人や馬を吹き飛ばす罠じゃな?」

「そう。あれを埋設しておいたら移動ルートを制限できるし、ほんの数個でも道にも埋めれば、進軍速度を半分以下にできる」

「やはり、“じらい”の目的は敵の殺傷ではなく、“進むと死ぬぞ”という恐怖の伝播なのじゃな」

 ミルリルは呆れ顔で首を振る。

「おぬしから聞く異界の戦争は、悪魔同士の遊戯じゃの。わらわには悪い冗談にしか思えん」

 まあ、同感ですな。


 ずっとフラットな直線で揺れもなく、後部コンパートメントが静かだと思ったら収容者たちは眠っていた。

 待ち受ける勢力も見当たらないので、ミルリルは助手席に座って使用済み銃器の簡易分解と清掃、弾倉への再装填を始めた。丸腰にならないように順番に一丁ずつ、テキパキとこなしてゆく。

 さすがドワーフ、機械の扱いは適性の高さが他種族の比ではない。新しい機械でも慣れるまでが早いし、慣れた機械に対しては作業速度と技術向上が凄まじい。速過ぎて俺の目では追えん。

「いずれ時間ができたら、PPSh(これ)を改造させてもらえんかの」

 銃火器を触ってゆくうちに、ミルリルを含むドワーフたちから性能向上プランが続々と出てきたのだとか。いままでは“防衛の主幹に関わることなので時期尚早”と銃器の改造は自粛していたが、そろそろ知識的にも技術的にも取り掛かれる自信が出てきたのだとか。

「へえ……」

「わらわも、いくつか試してみたいことがあるのじゃ。主に銃身の延長と冷却の試験じゃな」

「構わないよ。PPSh-41は七十丁もあるし、大半は使い道もないから」

 程度も状態もバラバラなんで、いっぺんドワーフのみんなで再整備してもらうのも良いかも。防衛用に設置型の機銃を作ってもらってもいいし……ってとこで以前ネット画像で見た“航空機銃として鈴生りになったPPSh”をイメージしてしまうあたりがヌルい軍オタである。

「大規模な改造を望んでるひともいる?」

「前にカレッタ爺さんからM1903(らいふる)の機関部に手を加える案が出ておったが、実質あれは新造じゃ。ドワーフは凝り過ぎる癖が問題じゃの。性能は上がってもドワーフしか扱えんでは無意味じゃ」

 彼らは対戦車ライフルにボルトアクションライフル、重機関銃に軽機関銃、アサルトライフルにサブマシンガンと一通りの銃器を目にして触ってきているのだ。あの頭脳とセンスと技術力(と、相談役マッドエンジニアのポンコツ聖女)が組み合わされば、驚くような物が生み出されるに違いない。

 楽しみだけど、少し怖いな。

「わらわたちが共和国に来てからも、試作案は山ほどできておるらしいのでな、春から着手しようかと思うのじゃ」

「いいね。試作で性能向上が証明されたら、ミルリルも愛用の銃に手を加えてみたらいい」

 分解清掃の済んだPPShを結合をしていたミルリルが、手を止める。

「それが悩みどころじゃの。UZI(うーじ)M1911コピー(すたー)の改造案もあるにはあるがの。こやつらは手を加えず、このままにしておきたいんじゃ」

 車でもバイクでも他の工業製品でも、工場出荷状態(ストック)が最高だとする考え方もある。それは趣味の問題だ。俺はカスタムにあまり関心がないけど、改造したいのも、したくないのも理解はできる。

「ちょっとだけ、違うのじゃ」

 ミルリルが珍しくモニョモニョと言葉を濁す。

「どこかを変えると……“ヨシュアにもらった銃”でなくなる気がして、嫌なのじゃ」

「ごふッ」

 ヤバい、少し心に刺さった。

 ああ、うん。それは、あれですな。テセウスの船、的な。精神的イコンとしてのアイデンティティはどこに宿るのかという。ナニいってんだ。動揺して頭が空回る。

 嬉しい反面、照れ臭くなってミルリルの頭をワシャワシャと頭を撫で回した。

「ありがとな。その気持ちは、すごく嬉しいけど、銃身とか主要部品には寿命もあるから、必要なら迷わず手を加えてくれ」

「……あぅ。わかったのじゃ」


 昼近くになって、いきなり目の前に現れたのは宿場町のような小集落だった。森の少し奥にあって街道からは直前まで視界に入らない。妙な違和感があったのでキャスパーのハンドルを切って、集落の手前で停車する。入り口の木柵は開かれているが、その先に立ち並ぶ十数軒の建物にも露天の店先にも人影はない。小道の先には教会のような建物が見えていて、鐘楼の上には白い旗が揺れていた。

「ミルリル、あの町なんか変じゃないか?」

「……変、ではないが、遺棄されたように見えるのう」

「廃墟にしては新しいし、略奪とか襲撃とかの痕跡はないけど」

 人間だけが消えた? 魔王軍(俺たち)が皇国に攻め込んでくるとの(しら)せがあったからか? しかし、緊急避難なり家屋内への退避なり、慌ただしく人が動けばそれなりに荒れた感じが残ると思うんだけど。焦土戦術の発想があるのかどうか知らんが、むざむざと敵に物資を明け渡すくらいなら隠すか持ち去るか焼くかするだろう。

 嫌な予感しかしないが、それが何であれ関わるべきではないと直感が教えてくれる。

「……これは、近付かん方が良さそうじゃの」

 まったくもって、同感だ。しかし、街道に戻ろうとバックしかけたとき、もう手遅れだという感じがした。村の奥にある森のなかで、何かが動いているのが見えた。

「下がれヨシュア、全速後退じゃ!」

 ギアをリバースに入れてアクセルを踏み込む。スリップしながら後退した車体の目前に、巨大な影が音もなく着地する。反応が少し遅かったら、車体にのし掛かられていた。

「……‼︎」

 その巨獣とフロントガラス越しに目を合わせて、俺たちは思わず息を呑む。キャスパーと大差ないほどの巨体。憤怒と殺意に爛々と光る眼。真っ赤に染まった口にずらりと並ぶ大剣のような牙。

 ミルリルが、困惑した声で小さく呟いた。


「……す、……白雪狼(スノーウルフ)?」

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