313:僧院の関
一夜明けて天気は快晴、晴れ渡った空には雲ひとつない。森からキャスパーを引き出した俺たちは、御誂え向きに整備された皇国の幹線道路を利用して皇都へと向かう。路上に積雪はあるが、その下は硬い簡易舗装だ。十トン越えの車体でもちょっとやそっとでスタックはしないだろう。
「良き狩日和じゃ」
「そうね。皇都までは、どのくらいかわかる?」
「細かくは知らんが、およそ百五十哩といったところじゃの」
てことは、だいたい二百四、五十キロか。何事もなければ昼までには着く。けど、当然ながら何事もないなんてことはない。案の定、小一時間も走ったところで前方に装飾過多な城のようなものが見えてきた。
「城砦? ……にしては雰囲気が独特だな」
一キロほど離れた小高い場所で双眼鏡を覗き、他に通過できそうなルートがないか探す。大きく森のなかを迂回する方法もないわけではないのだろうが、現実的には正面突破以外なさそうだ。というよりも、城内を幹線道路が貫いているところを見ると、皇国に入る共和国の人間を取り調べるための関所として作られた施設のようだ。古びた感じからして、その歴史はかなり長い。
いくつか低い鐘楼があるだけで、屋根の高さはさほどない。華奢な城壁に囲まれた面積も、イルム城砦より少し狭いくらいだろう。幟旗が立っているが白地に何かの紋入りで、皇国軍のものではない。
「どこかで見た旗じゃのう。ヨシュア、そのまま前進じゃ」
左右の森に伏兵が置かれている可能性も考え、ゆっくりとキャスパーを進ませる。警戒のため銃座に上がろうとしたミルリルが、ふと思いついて俺を見た。
「“あーるぴーけー”を出してくれんかの」
「へ?」
ボックスマガジン式のRPK軽機関銃と弾倉を渡す。小銃弾を使用するベルトリンク式のPKM軽機関銃は、いざというときに備えるのだそうな。
「弾薬が必要なら調達するよ?」
「なに、非装甲の敵なら、あさるとらいふる弾で十分じゃ」
施設の全容が見えるようになってくると、ミルリルがウンザリした声を出す。
「あれは、皇国正教の旗じゃ。どうやら神殿のようじゃの」
「こんな場所にあるということは、修道院か何か?」
“修道院”はミルリルに通じなかった。この世界での宗教のありようは知らないし、俺も元いた世界の宗教的知識がほとんどないので説明はやめた。
「どんなもんを祀っておるかはまで知らんが、えらく派手好きな神のようじゃの。おまけに、信徒は血に飢えておる」
いわれて双眼鏡を向けると、城壁の上に何かが吊るされている。俺の視力ではシルエットしかわからないが、ミルリルによれば獣人と思しきふたりの女性たちだ。意識を失っているか死んでいるか、脱力したままピクリとも動かないという。
まったく、次から次へと鬱陶しい真似をしてくれる。そんなに血を見たいなら、好きなだけ流させてやろう。
「ミル、援護を頼む」
「任せるのじゃ」
少し避けてもらって銃座に上がった俺は、転移で城壁の上に飛ぶ。周囲の守備勢力が反応するより早く、収納でロープを外すと両脇に抱えてキャスパーまで戻った。
「姉ちゃん!」
人狼の子が、俺が攫ってきた女性のひとりに縋りつく。彼女は声に反応を見せるが、意識レベルは低い。エルフの子ふたりが初歩の治癒魔法を使えるとかで、治療を任せる。
「幼い子供に自爆攻撃を命じておいて、家族まで捨て駒にするか」
エルフの子によると、消耗してはいるが命に別状はないようだ。女性たちが眠ったところで、キャスパーを城壁に向ける。どの道、ここを抜けなければ皇都へは進めないのだ。城壁上で人影が慌ただしく動き回っているのが見えた。何人かは、こちらを指さすような仕草をしている。軍ではないせいか装備の問題か、弓兵が矢を放つような動きはない。
「……何が金貨じゃ、下衆どもが」
RPK軽機関銃が銃弾を吐き出し、城壁の上に身構えた僧兵たちを薙ぎ払う。指揮官らしき墨色の軍服を纏った男が胸壁の陰に隠れて何かを叫ぶ。小型の臼砲や投石砲が引き出されてきたようだが、ミルリルが放ったM79のグレネードで爆散した。
城壁から雪原までビチビチと血や肉片をばら撒いて、神殿の長距離攻撃兵力は壊滅。俺たちはさらに前進する。
「襲撃を察知したら、すぐに騎兵と歩兵が出るところであろうが……鈍いのう」
ノタノタと開き始めた城門の隙間に、M79のグレネードが吸い込まれる。段階的に仰角を付けて三発。門が開くと、のたうち回る僧兵の姿があった。死傷者は三十ほどか。生き残りも同じくらいいるようだが、逃げ惑うだけで向かってくる様子はない。
距離を詰めてRPK軽機関銃でとどめを刺す。
「呆気ないのう」
「まだ序の口だからね。気楽にいこう」
街道を跨ぐように建設された神殿を、キャスパーはゆっくりと通過する。反対側の城門は閉じられたままだが、木製の扉など装甲車を止める役には立たない。降りずにバンパーで閂ごとへし折る。思い出したように追い縋ってくる騎兵を、ミルリルが呆れ顔で見た。
「ヨシュア、“ぺーぺーしゃ”と弾倉をいくつか出してくれんか」
抱えていたRPKとUZIをひとまず助手席に置いて、ミルリルが要求してくる。
「ここから先で必要になるのは、おそらく精度でも威力でもなく無数の雑魚を殲滅するだけのタマ数じゃ。いまは“とかれふ弾”が、もっとも潤沢なのであろう?」
「弾薬の節約を考えてくれるのは、ありがたいんだけどさ。無理しなくても良いんだぞ?」
「たしかに、先を見据えてのこともあるがの。“ぺーぺーしゃ”も用途を選べば悪くない銃じゃ。連射速度が早くてバラ撒くのに向いておるしの。“とかれふ弾”は貫通性能が良いのですぐには死なん。ということはつまり、敵の戦力を大きく削ぐことになろう?」
元いた世界でも、現代になって広まった考え方だ。即死させるより負傷者を出した方が、敵軍により多くの被害と混乱を広範囲に、長期的に与える。
「そっか。じゃあ、頼む」
武器も兵器も弾薬も足りなきゃ買えば良いとはいえ、正直あのトカレフ弾二十万発なんて総力戦でも起こらない限り消費し切れる気がしない。そんときはそんときで、拳銃弾だけ潤沢でもどうにもならんのだろうけどさ。
「同じタマを使う銃で、ビゾンてのもあるけど」
試しに出してみた銃床のない短縮版AKMみたいなサブマシンガンを見て、ミルリルは苦笑しながら首を振った。
「面白そうじゃがの。初めての武器を、戦場で使うのはやめておくのじゃ」
うむ、正論である。とりあえずPPShー41サブマシンガンを三丁、箱入り弾薬や予備弾倉と一緒に渡す。ミルリルは二丁を背負って一丁に装填。弾薬と弾倉は携行袋に詰め込む。
「ヨシュア、速度そのままじゃ」
ミルリルは怯える子供たちを宥めながら後部コンパートメントに向かい、銃眼から騎兵を狙い撃ちし始めた。
「……こ、殺されちゃう……!」
「なあに、あんなもの怖るに足らぬわ。おぬしらはもう魔王の庇護下にあるからの。ほれ、そこの窓から見ておれ。そこの武器には触るでないぞ」
持ち替えたPPShでもミルリルの射撃センスは健在で、的確な点射を加えては敵の騎兵だけを射殺してゆく。俺の腕なら絶対、馬も殺しちゃってたな。あまりにスムーズな殲滅ぶりに、子供たちも困惑した声を上げる。
「「「「……え、えええ?」」」」
「魔王の力をもってすれば、あっという間に脅威排除じゃ」
早いな。三十近い騎兵を相手に弾倉二本も使ってないし。ミルリルさんは助手席に戻ってくると、空になった弾倉に次々と装填しては携行袋に詰め込んでゆく。
「さて、ここからじゃな。あの僧兵どもの役目は、敵の足止めと皇都への警報じゃ。この先は、出せるだけの兵をぶつけてきよるぞ」
危機的状況を予想しながらも、その顔は穏やかに明るい。
「たかが人の身で、魔王を止められると思うておるなら、じゃがのう?」




