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【完結&書籍化】スキル『市場』で異世界から繋がったのは地球のブラックマーケットでした  作者: 石和¥
7:からまる紐帯

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306/422

306:逃げる魔王

「なんだ、あれ」

 その騎兵……と呼んで良いのかは微妙な代物は、通常の橇馬よりひと回り以上も大きい皇国馬の下半身に、走行の都合か割と細身の人体を合わせてある。バランスの問題だろう、いわゆるケンタウロスよりも人体部分が短く、鳩尾あたりまでしかない上半身が前傾状態で繋がっていた。

「へえ、人馬兵か」

 軽甲冑を身に纏った皇国軍のケンタウロスの姿に、子エルフのヒエルマーは冷めたリアクションを見せた。自称“魔導学術特区の新鋭”からすると、あの程度は“へえ”で済む話なのか。俺たちは初めて目にする異常性とピーキーそうな性能に敵ながら(興味本位ではあるけれども)食いつかざるを得ない。

「あれが何だか知ってんのか」

「いや。人馬兵というのは古い神話に出てくる化け物だよ。世界を滅ぼした魔王の眷属、だったかな。それを再現したんだろ」

 銃座から降りてきたミルリルの視線が俺に向く。

「いやいや、知らんし。その場合の“魔王”は俺じゃないだろ」

 ヒエルマーは笑って首を振る。

「わかってるよ。ただ、珍しいなと思って」

「珍しい?」

「魔導師は、特に魔導学術特区の爺さんたちは揃って偏屈で独りよがりで衒学(げんがく)的だけれど、それでも何か目的をもって魔法と向き合ってる。でも皇国では違う感じがするんだ。あいつらなりに、何らかの目的はあるんだろうけど」

 衒学的。マウンティングのための学問というか、ドヤ顔したいがための知識というか。なんかそんないけ好かないチンケな学者根性なんだろうけど、それはそれで身内の評価としてはどうなんだ。とはいえ。

「皇国の魔導技術って、他人の頭を弄り回したり、死なない兵士を作ったり、人間と馬をくっ付けたりか。最大限、好意的に見れば……“人間の可能性を広げる”とか?」

 実際、皇国の持つ技術そのものは広義の医療に近い発想な気がする。あの皇帝、平和利用する気は微塵もなさそうだけど。そもそも、次から次へと人間を化け物にして可能性もクソもないわな。

「何がしたいのかは知らないけど、あの人馬兵は、なんだか少しだけ毛色が違う気がする」

 そんなもんかね、とミルリルを見ると、彼女は首を振った。

「わからんのう。あやつら、珍妙な発想で人を人でなくするのに一生懸命じゃ。わらわが興味を引かれたのは青銅砲とゴーレムくらいかの。それ以外は、ただ胸糞悪いだけじゃ」

 俺たちがなんやかんやというてる間に、怪物を含む騎兵部隊はキャスパーを標的に定めたらしい。頼みの砲兵陣地をあっという間に潰したのだから、相手にとって脅威なのは明白だろう。

「なんぞ企んでおるようじゃの」

 前面に出してきたのは、長槍を抱えた重装騎兵。隊列を組んでひとつの生き物のように突進してくる。その間に、人馬兵とやらは砦の周囲に広がる森のなかに姿を消した。回り込む意図は明白だが、キャスパーの巨体では森のなかに入り込めないし、馬鹿正直に追う気もない。ミルリルは銃座に上がってPKM軽機関銃を正面に向ける。

「ヒエルマー、おそらく化け物どもは後方右の森から向かってきよるぞ。狙えるようなら牽制だけでも頼む。ヨシュアはキャスパーの頭を少し右に向けてくれんか」

「「了解」」

 キャスパーの銃眼(ガンポート)は左右に六ケ所ずつ並んでいるが後方にはない。後方の森からは可能な限り距離を取ったが、轍から大きくは離れられないために確保したのは百メートルほどしかない。停車させた後で、俺も銃眼からRPK軽機関銃で支援攻撃に入る。正面から来る重装歩兵に対して、ミルリルが射撃を開始する。悲鳴と金属音が上がってはいるが、そちらを見ている余裕はない。

「前方脅威排除(くりあ)じゃ、後方から人馬兵四十、来よるぞ!」

 ミルリルの声とほぼ同時に、数十の巨体が群れで飛び出してきた。

「速ッ!?」

 人馬一体を地で行く人馬兵、その突撃はオフロードバイクの全力疾走より速い。すれ違いざまに投擲された手槍らしき物が車体にぶつかって鈍い音を立てる。反撃のためにRPKを発射するが、一瞬で散開して躱されてしまった。俺の腕では、狙っても当たらない。進路上に置きに行く(・・・・・)のが良いんだろうけど、そんなもん艦艇の機銃手でもない俺にできるわけもなく。

「ふたりとも、少し目を塞げ!」

 ヒエルマーの声がして、俺は腕で視界を覆う。パシュンと発射音がして一瞬、車外が明るく照らし出された。まるで音響抜きの閃光弾(スタングレネード)だ。

「よし、良いぞ」

 ヒエルマーの声に外を見ると、よろめきながらバラバラに逃げ惑う人馬兵の姿があった。顔を押さえて獣のような悲鳴を上げている。知能がどの程度かは不明だが、閃光に視覚を奪われているのは明白だった。ヒエルマーは銃眼から攻撃魔法の炎弾を発射し、俺も近場の敵にRPKのアサルトライフル弾を送り込む。ようやく数体を射殺する頃には、銃座のミルリルがPKM軽機関銃で残りを殲滅していた。フルサイズの小銃弾であるPKMの方が射程も威力も高く、また射手の腕も上なので戦果も桁違いだ。

「後方脅威排除(くりあ)、ヨシュア前進じゃ」

「了解」

 砲座は西側に残っている数カ所で最後だと思うが、騎兵も人馬兵も、まだ半分以上が残っている。キャスパーがあれば大きな脅威ではないとはいえ、歩兵もだ。

「前方で歩兵が密集陣形を組んでおるな。百ほどが……三ヶ所じゃ」

「ミルリル、危なそうなら車内に入ってくれ」

 敵対するなら、迷わず轢き殺す。

「弓兵や歩兵なら問題ないのじゃ。予備の弾帯をくれんか」

 銃座から伸びてきた手に百発連結の箱入り小銃弾をふたつ渡して、俺は運転席に戻る。

「射程に入り次第、M79で散らす。速度そのままじゃ」

「了解」

 俺たちはキャスパーを低速で前進させ、砦の北側に向かう。馬鹿正直に轍の上を走ってくる俺たちは、敵にとって攻撃のタイミングを取りやすいのだろう。身構えているのを見ると、盾を組み合わせた密集陣形の後ろで、弓兵が一斉照射を狙っているようだ。

 シュポンと間の抜けた音が響いて、敵陣の中央で爆発する。転がった歩兵は悲鳴を上げ身悶えながら這いずり回る。予想してもいない攻撃に戦意を喪失し、逃げようと浮き足立ったところで小銃弾で薙ぎ払われる。

「直近の歩兵集団、脅威排除(くりあ)じゃ。速度そのまま、二番手の密集陣に向かう」

「いや、さすがに逃げるだろ」

 追撃のためにアクセルを踏み込む準備をしていたが、敵に動きはなかった。

「……あれ、動かないな。なんでだ?」

「密集陣の後方左右に、魔導師がいる。魔王妃の武器が魔道具かなんかだと勘違いしてるんだ。防御魔法陣か魔導防壁で打ち消せると思ってるのかもな」

 ヒエルマーの予想を裏付けるように、兵士は少し中央に集まり、青白い魔力光に包まれる。

「それはケースマイアンでの戦闘でも何度か経験したのう。王国軍の魔導師が得意げな顔のまま死んでいったわ」

 魔力光が大きく瞬いて、攻撃魔法らしき炎の球がこちらに向かってきた。ソフトボールサイズが二十ほど。

「ミルリル、車内に入れ!」

「大丈夫じゃ。魔力も魔圧も飛距離も足らん」

 余裕の声でいった通り、垂れ落ちる軌道で失速した炎弾はキャスパーの前方に落下してポスポスと雪煙を上げた。銃座から発射されたM79の擲弾は山形の弧を描いて密集陣の中心に吸い込まれ、血飛沫と悲鳴を撒き散らす。ダメ押しで放り込まれた次弾がその悲鳴すらも刈り取った。這いずる生き残りを小銃弾で打ち倒すと、いくぶん疲れた声でミルリルが前方を示す。

「奥の密集陣形は解かれたようじゃ。しかし……どうしたもんかの。あやつら、馬鹿正直に轍を逃げて行きよる」

 なんぼ低速とはいえ、雪の上を徒歩では車から逃れられるわけもないのだ。

「敵対するなら射殺、向かってこないなら無視しても良い。最優先は西側の砲座だしさ……」

 悪い癖が出ている自覚はあったが、無抵抗の敗残兵を背中から撃つとか轢き殺すとかは、どうにも夢見が悪い。

「良いのか?」

 背後でヒエルマーが怪訝そうに訪ねてくる。良くないよ。わかってんだよ、そんなことは。でも、これ共和国の人間でもない俺が背負わなきゃいけない罪悪感か?

「いまさらじゃ、ヨシュア。関わってしまったもんは、しょうがなかろう?」

 そうね。まったく、その通りだね。心を読むとかいう問題ではなく、俺の考えは見え見えなのだ。相変わらずのヘナチョコっぷりを認めたくなくて、俺は無理目な魔王ヅラで笑う。銃座からは、見えてないけどね。

「無論わかっておる、我が妃よ。どのみち皇国軍は……いや皇国は、灰燼に帰すのだ。遅かろうが早かろうが、それは単に順序の問題でしかない」

 これで問題先送り、と胸を撫で下ろした俺だったが、当然そんなわけもなく。可哀想な子を見るような目で見てるんだろうなというような間の後で、銃座から溜め息交じりの声が上がった。

「いいや、おぬしは絶対にわかっておらん。その順序を(たが)えて山ほど後回しにした負債(もん)が帰ってきた結果が、現在の状況(これ)じゃ」

「……」

 そうなんだろうな。騎乗ゴーレム部隊の侵攻を受けた後、皇国を放置するべきではなかったのだ。そのせいで、俺は皇帝に誤った政治的意思を送ってしまった。これは、負債だ。俺の愚かさと、甘さが招いたものだ。

「前言撤回だ、ミルリル。()()()()()を、殲滅する。誰ひとり生きて返さん」

 振り向き怯えて恐慌状態のまま逃げて行く皇国軍歩兵部隊に向けて、俺は暗澹たる気持ちでアクセルを踏んだ。

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― 新着の感想 ―
[一言] ヨシアキは優しいな!俺ならこの寒空に 裸で放り出すよ?ストレージに装備収納して 雪の中に裸で放置すれば?翌朝に凍って居るよ? 侵略軍の末路を味あわせるよ?之が帝国軍の様に 解放軍なら温情もあ…
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