305:フォーギブ&テイクダウン
城砦前の中庭は、不死兵と衛兵が入り乱れてグチャグチャになっている。死人はいないが捕まってタコ殴りにされていたり齧られていたりで阿鼻叫喚の地獄絵図だ。逃げ惑う衛兵たちの周囲に、俺は剣や槍や弓を収納からゴソッと取り出してバラ撒く。こいつら、呆れたことに三割がたが丸腰だ。
「何をしている、それでも共和国の兵士か!」
俺たちを最大の脅威と見たか、不死兵の一団が向かってくる。とはいっても二十やそこらだ。鼻で嗤ったミルリルさんの銃弾で、あっという間に殲滅されてしまった。
「武器を取らんか、腑抜けども! 貴様らのために、聖女が戦場に立っておるのじゃぞ! 貴様ら、それでも元衛兵か! 恥ずかしくはないのか!」
その間もミユキは魔術短杖で不死兵を叩きのめし、負傷した衛兵に治癒魔法を掛けている。戦う者がいないのに戦線が崩壊していないのは、それ自体が奇跡といってもいい。まあ、前門のゾンビに後門の魔女で下がる先がないというのもあるが。
「この期に及んで逃げるならば、わらわがこの手で殺す!」
震えて逃げ惑うだけの衛兵たちに業を煮やしたのか、ミルリルさんが不死兵の一団を蹴り飛ばして吠える。
「もう逃げる先など、どこにもないぞ! ここが貴様らの最終防衛線じゃ! 聖女を守り、敵を討ち果たしてみせよ! その気概をもって貴様らの死罪を免除し、新しい生を与えてやろう!」
「「「「え!?」」」」
思わず漏れた声には、俺も混ざっていた。聖女ミユキはともかく、こいつらにもチャンス与えちゃうの?
「すまぬヨシュア、勝手なことをした。わらわたちも、一度は名誉挽回の機会をもらったと思い出してしもうての。この責は、わらわが……」
「いや、さすが妃陛下ってとこだな」
「ぬ?」
ミルリルの宣言を聞いて、固まっていた衛兵の一部に急激な変化が見られた。剣や槍を手にした彼らは悲鳴か喊声かもわからない喚き声とともにヤケクソな勢いで滅茶苦茶に振り回し始めたのだ。
「よし、やるぞ! 俺はやるぞ! やってやるんだ!」
「おう! どうせ死ぬんだ! 今度は、最期まで、一緒に行く!」
泣きそうな声で叫ぶ男たちは、不死兵の一団を急速に押し返してゆく。しかし逆上した苛められっ子のようなそれは、あまり長く持ちそうには見えない。
「今度は、自分で、決めたんだ!」
男は吹き飛ばされても立ち上がり、両手で剣を振るう。剣筋も間合いも関係ない、敵すら見えていない。それはただ、何かに対する、抵抗の意思として。
「お前ら、信じたんだろ! 見付けたって、思ったんだろ! 今度こそ! 命を懸けられる、旗を!」
なんのこっちゃわからんことを喚き散らしながら、彼らはまだ怯んでいる脱走兵連中を振り返って怒鳴りつける。おかしなことに、最初に肚を括った兵の方が体格も装備も貧弱で頼りない印象を受ける。兵士としての資質に恵まれた男たちの方がグズグズと煮え切らないままでいる。そんなもんなのかもしれん。
「「うぉおおおッ!」」
動きが鈍った不死兵を突き刺し、首を刎ねる。不死とはいっても、急所がないわけではないようだ。
「頭を潰せ! それでこいつらは死ぬぞ!」
「「「「おおおぉ……!」」」」
「良いぞ貴様ら、その調子じゃ!」
「ちょっと待ちな、魔王⁉︎ こいつらを許すつもりかい⁉︎」
エクラさんが俺たちの横に出てきて、呆れた声を上げる。その意見は、ごもっともである。
「たぶん、聖女だけ連れ出しても潰れちゃいますよ。いまのミユキは助けを求められることを求めているし、それに応えることでしか生きる価値を見出せないんですから」
「それは……そうかもしれないけどさ」
「北方エルフの何やらいう魔法を解けばどうにかなるかもしれんがの。エクラ殿にできるか?」
「……できる、とは思うが数日は掛かるよ」
「だったらダメじゃ。その頃には決着がついておる」
ミルリルの視線を受けて、俺も覚悟を決めた。こんなはずじゃなかったんだけど、それはいつものことだ。ミルリルが望むなら、多少の面倒なんて笑顔で背負ってみせよう。
「戦勝の暁には!」
俺は、魔王のように叫ぶ。笑みを浮かべ、決然とした声で。
「貴様らには、ローゼスをくれてやる! 聖女を旗頭に再生を図るというなら、評議会の承認は、ケースマイアンの魔王が、必ずもぎ取ってきてやる!」
「「「おおおおおォ!」」」
う〜む。これは、やってもうたなあ……。ミルリルの笑顔を見て、俺は結果オーライと小さく呟いた。
「エクラさん、お願いが」
「腰抜けどもに手を貸せというならお断りだよ」
「そんなことは頼みませんよ。ただ、聖女だけを守っていただければ結構です」
いまも最前列で衛兵たちを鼓舞し治癒し杖を振るっているミユキを見て、エクラさんは溜め息を吐く。
「“根だけに水を求む”ってことかい」
「へ?」
「あまり意味のない譲歩を表す言葉じゃ。根は枝葉まで繋がっておるからの」
そうね。死に物狂いで脱走兵たちを支えてる聖女を守るってことは、結果的に彼ら全体を守っているのと変わらない。
「まあ、いいさ。騎兵と砲兵は頼めるんだろうね」
「無論じゃ」
「すぐに済ませますよ」
俺とミルリルは転移で北側外部城壁の上に立つ。屋上から見た限り、展開した砲兵陣地は三十ほど。そこを守る歩兵が五百に、残敵掃討の騎兵が五百といったところか。北側城壁から視界に入る砲は十五、残りは東側と西側に回り込んだ位置にある。
「えむななきゅー、かのう?」
「頼む」
ミルリルにM79擲弾発射器を渡して、俺は援護のためRPK軽機関銃を出す。少し距離があって、AKMでは心許ない。弾薬は同じアサルトライフル弾だが、RPKなら少し射程が長く連射性能も高い。
さらに射程も威力も連射性能も高い小銃弾仕様のPKM軽機関銃もあるにはあるのだが、弾薬が高価なのだ。成り行きで行きずりの戦闘に、無駄なカネを掛ける気にはならん。
「こういうとこが、俺の人間の小ささを表わしてんのかもな……」
「ヨシュア、何をしとる」
砲座が次々に爆発し、誘爆で周囲を巻き込む。あっという間に北側の砲兵部隊は壊滅した。
「次は、東か西か」
「いっぺんヒエルマーのところに戻るのはどうかの。キャスパーであれば、ついでに騎兵も屠れて一挙両得じゃ」
ミルリルさん合理的。俺はお姫様抱っこで南側に飛び、キャスパーの屋根に降りる。子エルフのヒエルマーは、銃座で退屈そうに座っていた。
「お待たせヒエルマー」
「遅い! 忘れられたのかと思った」
「すまん、半分忘れておったわ」
「おい!」
笑いながら冗談だと伝えて、ミルリルさんが銃座に付く。俺はエンジンを始動して、雪道を探りながらキャスパーを前進させる。大径タイヤで全輪駆動とはいえ、重量があり過ぎるキャスパーは深い雪原を走るようにはできていない。城塞に籠城した連中の巡回ルートか、踏み固められた轍を踏んで進む。雪の下がどうなってるのかも知らないので、可能なら路外には出たくない。まあ、スタックしたら、そのときはそのときだが。
「東から北側に回り込んで、西に抜ける。埋まらんように、移動は轍の上だ」
「了解じゃ」
「なあ魔王、向こうはどうなってるんだ?」
どうといわれても説明に困る。
「不死兵とかいうのが城壁を越えて入ってきよったが、そんだけじゃな」
「そんだけのはずないだろ!? 戦闘音は聞こえてくるのに、最初の騎兵たち以外、全然こっち来ないし」
「それはそうじゃ。あやつら城壁の前で、なかの連中が逃げ出してくるのを待っておるからのう」
南から回り込むと、城塞の中心に向けて傾斜を登ってゆくことになる。雪原に点在する砲兵陣地と、その周囲に展開する歩兵や騎兵が見えた。馬橇の轍が縦横に走ってキャスパーのルート取りを迷わせる。
「騎兵と砲兵を潰すんじゃ。砲兵陣地に火を放ってもらえると助かる」
「そこの銃眼から? ぼくは外でも良いけど」
「悪いが、車内で我慢してくれ。何かあったらエクラさんに怒られる」
銃座でPKM軽機関銃が発射され、次々に騎兵が倒れる。ヒエルマーの攻撃魔法が砲兵陣地を炎上させ、火薬が弾けて粉微塵に吹き飛んだ。
「砲座と騎兵さえ潰せば、歩兵は無理に殺さなくていいぞ」
「了解じゃ」
とはいえ騎兵だけでも五百、いくらか削ったとはいえ三百以上は、いる。……しかも。
「……皇国軍は、どうかしておるのう」
残る騎兵のうち百ほどは異常なほどの速度と敏捷性で、人馬一体となって向かって来る。文字通りの意味でだ。
「なにあれ、ケンタウロス?」
「けんたうろす、というのが何かは知らんがの。厄介じゃな、あの化け物、魔力を見る限り身体強化の塊じゃ」




