304:迷走オブザデッド
“不死兵”とやらはバラバラに歪な隊列を組み、城壁を乗り越えて入ってくる。壁に取り付いていた先頭集団を踏み台にしているが、仲間はどうなろうと知ったことではないという感じである。
「エクラさん、死なない兵士といわれましたが、あれ製法は」
「魔珠を持った虫の魔物を頭に埋め込むらしいね」
「うげぇ……完全にゾンビじゃん」
ゲンナリ顔の俺を見て、ミルリルが首を傾げる。
「ぞんび、というのは何じゃ?」
「俺のいたところにあった、古い伝承だ。呪法で死体を蘇らせる。ゾンビに齧られると、生きた人間もゾンビになる」
「それは大丈夫だね。齧られても虫は感染らないよ、大きいから」
大きいんかい。エクラさんは笑うが、何の安心材料にもならん。
ヒョコヒョコした動きで迫る不死兵は二百から三百ほど。ミルリルから聞いた“二百の馬橇”に乗せるには少ない。俺は双眼鏡で城壁外を見渡す。五百はいるはずの騎兵はといえば、外部城壁の周囲で隊列を組んで周遊している。不死兵を降ろした以外の馬橇も、外壁から距離を取って兵や臼砲を降ろしているところだ。
「なにあれ、自分らは攻めてこない気か」
「見たところ、“不死兵”とやらを城壁内に送り込んで、逃げ出す敵だけを騎兵で潰す算段じゃの。こちらが逃げずに籠城の構えを見せれば、そこに砲撃を加えると。理には適っておるわ」
まあね。道理には反してる気がするけど。
とりあえず砲兵を潰すか。それとも、城塞も脱走兵も丸っと無視して聖女だけ持ち帰るか。ヒエルマーのいるキャスパーのとこまで行けば、もう俺たちにとって皇国軍は何の脅威でもない。そもそも関係も関心もない。
「「せ、聖女さま!」」
情けない声が上がり、衛兵の一団がドヤドヤと屋上に姿を現す。色の違う外套を身に纏っているが、みんな共和国の脱走兵だ。国を裏切ったんならその外套も脱げよと思うが、外気温を考えると防寒衣は捨てられんか。
「ようやく出てきよったかと思えば生贄の要求とはのう……」
ミルリルが銃口を向けると、彼らは手を上げて必死に首を振った。
「ま、待て待て、攻撃の意思はない!」
「知らぬわ。命乞いには、もう遅いのじゃ」
「我々は、ただ聖女に救済を求めているだけだ!」
イラッとした俺が声を上げるより前に、ミルリルが踏み込んで男の横っ面を張り倒す。吹っ飛ばされた衛兵は仲間を巻き込んで転がり、白目を剥いて失神している。辛うじて死んではいないようだが顔は歪み、頬にはクッキリと平手の跡が付いている。
「……ただ、だけじゃと? 戦う力も仲間もない女子に全部ひっかぶせて、自分たちは何もせずに高みの見物か!」
「それ、は……」
「この戦いに勝とうが負けようが、貴様らの罪は消えん。処刑されて終いじゃ。せめて最期くらいは戦おうとは思わんのか!?」
男たちの目が泳いで、聖女ミユキに向かう。大の男が――一応仮にも戦闘職に就いていた人間が――何十も揃って小娘に縋るような態度を取っているのには苛立ちを通り越して空虚な笑いが出てくる。
「勘違いするでないぞ。聖女は共和国の人間ではないし、敵前逃亡した卑怯者でもないからの。評議会理事長の決を待つことになろうが、貴様らとは別じゃ」
「魔王妃陛下、待ってください」
ミユキは俺たちの前に立って、衛兵たちを守ろうとする。どんだけ強い思いをぶつけられたのやら、この状況でもブレないのは感心するしかない。
「彼らは、わたしに救いを求めたのです。それを無碍にはできません」
「ご立派な心掛けだね。抹香臭い連中が好きそうな綺麗事だ」
エクラさんが、中庭を見たまま呆れ声で聖女に告げる。
「アンタがそいつらを救うのは勝手さ。守り切れるかどうかはともかく、それはアンタの問題だ。けど、その後はどうすんだい。二百……いまは百五十やそこらかね。それだけの所帯を支えるカネと物資と安全の確保を、どうするかは考えているんだろうね?」
「……そ、それは」
「当たり前だが、共和国の支援はないよ。皇国は論外。王国もアンタを召喚した連中は死んで、いま国をまとめてる貴族たちも賠償に応じるかどうかはわからない。まあ、出たところで見舞金が金貨数枚ってところかね」
「我々に、死ねと」
思わず漏れた衛兵たちの声に、ミルリルが拳を握りしめる。さっきのビンタで半死半生だったのだ。今度は死ぬ。
「貴様らの死は確定じゃ、阿呆。無謬の聖女と同列に語るでないわ!」
ミルリルが殴りつける直前、エクラさんが振り返ってパンパンと手を叩いた。
「おしゃべりは終わりだ。不死兵が城壁内に入ったよ。戦の時間だ。さあ、支度しな!」
笑顔のような表情を浮かべてはいるが、“サルズの魔女”が振り撒いているのは極寒の冷気だ。目は全然笑っていないし、周囲には魔力光が瞬いている。小馬鹿にしたような顔で首を傾げると、衛兵たちの足元に魔法陣が浮かんだ。
「なあに、たかが二百の薄ノロどもだ。ちょっとばかり踏ん張れば、生き残れるさ。この戦はね」
騎兵と砲兵が相手の二回戦以降は、どうなるか知らんと。そらそうだ。
「い、嫌だ!」
「死にたくない!」
「それだけのことを聖女ひとりに強いたのは貴様らじゃ。自分らだけ安全な場所で守られる道理はなかろうが。エクラ殿」
「転移」
魔女の声とともに衛兵たちの姿が消え、城塞前の中庭に現れる。悲鳴が上がって、我先にと逃げ惑う。
無表情で見下ろすエクラさんの傍に駆け寄り、ミユキが頭を下げた。
「わたしも、お願いします」
「どこまで馬鹿なんだい、アンタは⁉︎」
「誰かが助けを求めている限り、わたしはそれに応えたい。応えなければいけないんです!」
「……」
魔女の反応がないのを見て、ミユキは階段を振り返る。転移で送り込んでくれないなら自分の足で降りるだけだ。俺たちには彼女を止められない。あんまり、止める気もない。
「……まあ、良かろう。ヨシュア」
「エクラさんは、ヒエルマーのところで待っててもらえますか。すぐ済むので」
エクラさんは俺を見て、ミユキを見て、また俺を見て首を振った。
「不死兵は、そうだろうさ。もしかしたら騎兵や砲兵もね。だけどアンタたちが関わったら、そこから先が、すぐには済まなくなっちまうんだよ。そんなこた、わかってんだろう⁉︎」
「無論、覚悟の上じゃ。これもまた、魔王の業じゃからの。困った男を愛してしもうたものよ」
「……ふむ、さすがは我が妃。死地に向かうたびにそなたへの思いが」
「ああ、もう。鬱陶しい顔で惚気てるんじゃないよ。アタシゃ知らないからね!」
魔王夫婦の小芝居をスルーされ、俺たちは送り込まれる。乱戦の、さなかへと。




