301:銀の操り人形
祝、かどうか知らんけど300話&100万字オーバー。
ひと区切りついたらオネエ魔王、って思ってたけど……どこまで続くのこれ(ボソッと
「「え」」
エクラさんが、王国の元聖女を助けたい?
ことの是非はともかく、心情的な流れがイマイチ理解しにくい。皇国の改造手術だか魔法処置だかで変わり果てたとはいえ、元は日本の女子大生かなんかだったはずだ。白亜の間で初対面のときリクルートスーツだったしな。そんな聖女とエクラさんが面識あるようには思えん。となると、助けたいと思うに至った理由は?
「ターキフは、反対かい?」
「反対も賛成も、相手をよく知りません」
王国に召喚されて以来、体の良い広告塔として使役されている以外に何をしてきたのかは知らん。表立って敵対してきたら殺すが、特に恨みも……少なくともいまは、ない。皇国軍の走狗として対峙したあのとき、ミルリルに擦り傷ひとつでも付けてたら、タダでは済まさなかったけどな。
「アタシも、ビューギーと会ったことはないよ。名前も姿もやろうとしていることも、調査部隊からの情報としてしか知らない。でもね、いま彼女がやろうとしているのは、行き場を失くした敗残者の救済だ。身分も出自も能力も何もなかったとしても思うように生きていっていいんだ、ってイカレた扇動だよ」
「それで、先ほどの質問じゃな」
エクラさんは頷く。
「なにやら呆れた魂胆でもあるんじゃないかと思ったがね。さらに呆れたことに、どうやらイカレてるとしか思えないお題目を、本気で唱えてるようじゃないか」
エクラさんが指差す方向に、砦の全容が現れる。ひとつ丘を挟んだ先、森に囲まれた二重の城壁があった。そのなかに、バケツを逆さにしたような形の簡素な城砦が聳えている。周囲にいくつも篝火が焚かれているが、遠景で見える砦に目立ったひと気はない。
「……おるのう」
ミルリルにいわれて、俺は双眼鏡を向ける。砦の最上部、ちょこんと飛び出した鐘楼の上に、白銀の甲冑を身に付け、黒い外套を身に纏った魔女がひとりで立っていた。
彼我の距離は、五百メートルほどだろうか。レミントンでなら、楽に狙撃可能な距離だ。だがミルリルは動かず、こちらに視線だけを投げる。目顔でノーと伝えたが、そうだろうなというような頷きだけが返ってくる。
かつて日本の女子大生として何不自由なく権利と選択肢を得ていたであろう彼女の周囲に、いまは何もない。仲間も従兵も護衛も、吹きっ晒しで屋根も遮蔽すらもない。それがいまの彼女に対する、“使徒”たちの扱いなのだろうと、思った。
「神の下での平等、ですか。いまの彼女の状況では、ただの夢物語ですよ。本気でいってるなら、やはり正気じゃないんでしょうね」
反応に困る俺を、同じように困った顔でエクラさんが振り返った。
「だとしても、だ。アタシが聞いた術理を考える限り、いまビューギーが周囲の人間に広めている寝言は、かつてあの子が、周囲の人間に、そうして欲しいと思ってたことだ」
「……そんな、勝手なことを、いまさら」
「そうだね。いまさらだ。そして、たしかに勝手な話さ。だけどね、魔王陛下。ビューギーが以前アンタたちにぶつけた感情は、怒りでも憎しみでも殺意でもなかったんだよ」
「……」
ああ、聞きたくないな。
でも俺はエクラさんを止めない。その資格は、たぶん俺にはない。こういう話が出る日は、いつか来るんじゃないかって、思ってたから。
「あの子はね。アンタたちと対峙したそのとき、“助けて”って、叫んでたんだよ」
◇ ◇
「……ごめん」
「謝ることはないぞ。わらわとて当事者じゃ。むしろ、おぬしよりも、ずっとのう」
ミルリルはいつものUZIとスター自動拳銃だけ。俺はMAC10、ショルダーホルスターにはブローニングハイパワーの代わりに22口径のスタームルガーを突っ込む。
「ヒエルマーはどうする」
「ぼくの出番はないだろ。ここにいるよ」
「うむ。エクラ殿の安全は……まあ、わらわたちが保証するまでもないかの」
「むしろ城砦を吹き飛ばしたりしないように押さえてくれ。あそこは、まだ共和国が使うから」
「了解じゃ」
「……アンタたち、アタシを何だと思ってんだい」
文句をいいつつも、エクラさんは穏やかな顔で首を振るだけだ。おそらく、殲滅の意図はないのだろう。少なくともいまのところは、だが。
「出てきよった。騎兵が二十というところかの」
ホバークラフトを収納して、代わりに稜線の陰に装甲兵員輸送車を出した。ヒエルマーはそこで目立つ的になる。まあ、多少の攻撃ではビクともしないので、相手の出方を探る以上の役割は求めていない。
「向かって来る敵以外は手を出すでないぞ。己が身の安全を最優先に考えよ」
「子供扱いするな! ぼくは“魔導学術特区”の新鋭だぞ!?」
自称してるだけかと思ったが、エクラさんが苦笑しつつも否定しないということは事実なのだろう。
「わかったよ。もし負傷者や収容者が出たら、そのときは頼む」
「うん」
ミルリルとエクラさんを両脇で支えて転移で砦の屋上に飛ぶ。この場合、一気に距離を詰めることができる転移能力は有用だが、いくらなんでも不用心に過ぎた。歪な魔術短杖を後ろ手に持って、静かに城塞内部を見下ろしている。待ちぼうけを食らっている女の子のような姿勢で、考え事でもしているのかこちらには気付いていない。……ように、見える。
「……アンタが、ビューギーかい?」
ふと視線を上げた元聖女は、完全装備の銀甲冑を身に纏ったまま、こちらを振り返る。攻撃してくるどころか、身構える様子もない。俺たち三人を見て、ひどく女の子っぽい仕草で首を傾げた。顔も見えない甲冑姿なので、違和感ハンパない。
「皆さん、そう仰いますけど。“ミユキ”、です」
ああ、そうだろな。日本人で“ビューギー”ってまたどっかで伝言ゲームがあったんだとは思ってたけど。穏やかに笑みを含んだような反応を見る限り、正気を取り戻しているように思えなくもないが……逆にいうと違和感もあった。この状況で無防備過ぎ、穏やか過ぎる。
「たけふ魔王さんと、ミルリル妃陛下ですね? それに、特級パーティー“道化”の魔女、エッケンクラート様」
「また、えらく古い呼び名を出してきたねえ……」
エクラさんというのは略称というか、愛称なのか。それはともかく、問題は聖女がその古い呼び名を知った情報源だ。エクラさんは、俺にチラリと目を向けて不機嫌そうな顔になる。
「……なるほどね。それでわかったよ。アンタ、いま皇帝と繋がってるわけだ」
「はい」
ひどく幸せそうな声と仕草で、甲冑の聖女は魔術短杖を掲げた。




