30:戦列奴隷とエルフの娘
休憩を終えて魔力の回復を確認すると、俺はミルリルに収奪作戦を再開すると伝えた。
「敵に被害を与えるという点では有効であろうが、こちらとしては、もう物資は必要ないぞ? これ以上は、置くところがないのじゃ」
「わかってる。次から車体は置いてくるよ」
「それに、向こうも警戒を始めたようじゃ」
それはそうか。戦線を支える輜重部隊の物資が1/4も消えれば、気付かないわけがない。ミルリルが、高台から双眼鏡で敵陣を見る。
「残った馬車は、重装歩兵の部隊が取り巻いておるわ」
「う~ん……それじゃ、次は暗くなってからかな」
ひとまず休憩、ということで獣人の子供たちがイモの皮剥きのお手伝いをしている教会前に戻った。教会内はギューギューだった食料その他の物資を倉庫や大きめの家屋に移したため、空いたスペースを使って、避難所兼食堂になっている。
「わーヨシュアだー」
「ヨシュアご飯食べる? シチューわたしが手伝ったの」
「おやつもあるよ?」
「飲み物もそっちにあるよー。今日は香草茶だって」
騒がしいといえば騒がしいけど、子供たちが楽しそうでなによりだ。
獣人は肉が好きで、ドワーフとエルフはイモが好きらしく、そのふたつはメニューとして可能な限り用意されている。保存食やら軍用携行食ばっかり食べ続けたいとは思わないので、俺としてもありがたい。シンプルに焼いた肉と茹でたイモ、もしくはシチューなのだが、素材が良いのか調理が上手なのか、わりと美味い。
女性陣も調理は一段落したのか、いつでも食べられる用意だけして配膳その他は子供らに任せているようだ。シチューと薄焼きパンと香草茶で軽く食事を摂る。
「ヨシュア疲れてる?」
小さな獣人の女の子が、椅子に掛けた俺の足元で首を傾げる。マルコちゃんだっけ、丸い耳と茶色い毛がモフモフして小熊ぽい。かわいいなオイ。
「いや、平気だよ。でも、ちょっと緊張してるかな。ここまで大きな戦争に加わるのは、初めてだからさ。上手くいくように、足りない物がないように、少しでも多くの準備を済ませておきたいんだけど、なにか忘れているんじゃないかって、あれこれ考えてた」
失礼な話だけど、そのときの俺は犬猫に話しかけるような感覚だったんだと思う。独り言というか、自分に対する再確認のために話し続けていただけ。でも、彼女はにっこり笑って俺を見た。
「ヨシュアなら大丈夫」
「え?」
「わかるの。大丈夫。ぜったい、大丈夫よ」
おかしな話だが、俺は泣きそうになった。彼女のちっちゃな膝にすがりそうになるのを必死に堪えて、ありがとうと笑う。こんなに幼くて愛らしい子にもしっかり母性はあるんだなって、彼女の4倍は生きているであろうオッサンは、感心させられたのである。
ロリコンだからではない。断じて。
周囲が薄暗くなった頃、俺は第二回の収奪作戦に出た。
最初は順調だった。問題も発生せず、成果もまずまず。包囲も警戒も転移で潜り抜け、収納で着々と馬車を奪い続けた。何人か見張りを片付けたが、超短距離の転移で背後に回り、着衣を収納して混乱しているところをナイフで刺す、というものだ。
死体は収納に入れられなくはないが、不快なので森のなかに捨てる。
自分でも、慣れてゆくのがわかる。銃を使わない殺人でも、いまではさほど抵抗はない。どうせこいつらを殺し尽くすしか、生き延びる道はないのだ。
不要になった車体は砦まで持ち帰らず、車輪を外した後に平野部で積み上げて、底部に手製爆発物を仕掛けた。飛散用の銑鉄片やら折れ釘やらのおまけつき。
この方法も設置位置の選定も、いまや俺よりずっと爆発物に詳しいドワーフの発案によるものだ。
遮蔽物を求めて集まった敵兵を一気にドーンと吹き飛ばし、錆びた鉄片で二次被害を発生させる。
うん、悪くない。そして、えげつない。
「あれ?」
異変があったのは、輜重隊の最後の一団から収奪を始めたときだった。ルーティンワークで荷馬車を収納していたところで、車体があった場所にボソッと、ひとかたまりになった人影が転げ落ちるのが見えた。
意識のない獣人が5名とドワーフが4名、エルフが1名。みな全裸だが、それは生き物だけが収納から弾かれた結果だろう。それ自体は王国兵でも起きていた現象だが……
「……もしかして」
隣の馬車を覗くと、手枷足枷と首輪を付けられ檻に入れられた獣人が10名、またその隣の馬車にも。全裸で弾き出されたからわからんかったけど、最初の人たちも同じ境遇だったんだろう。
みんな反応はないが、死んでいるわけではなく薬物か魔法かなにかで眠らせられているようだ。
まずい。これは、まずいぞ。
手早く確認しただけで7台の馬車に68名。わざわざ開戦前の前線に対戦相手の虜囚を運んでくるのなんて、よほどの意味がないとやるわけがない。
これ、なんかの映画か漫画で見た。軍の最前列に敵の捕虜を縛りつけて弾除け&攻撃阻止に利用するやつだろ。銃を想定してるかどうかは知らないけど、エルフの矢を想定してたら一緒だ。
どうやって逃がす? 起こして……いや、ここは敵陣だ。マイクロバスを出して……はいいけど、全員を積む作業は俺には無理だ。ひとりを起こして運ばせるか? いや、目を覚ましたとき、人間である俺の説得に耳を貸すとは思えない。騒ぎ出したらお互いに危ない。戦闘が始まったら彼らを巻き込んでしまう。
「ああ、もう……」
とっさに転移で戻って教会前にいたミルリルを呼び止め、ついでに虎娘ヤダルをとっ捕まえて教会前まで引きずってきた。なんとなく、こいつは信用できる気がする。間違いなく、体力もあるしな。
「おい、いきなりなにすんだバカ、放せ!」
怪訝そうな顔のふたりに俺は頭を下げる。時間がないし、心にも余裕がない。この間にも彼らは虜囚の辱めを受けているのだし、その一部は――俺のせいだが、全裸で放置されているのだ。
「頼む! 手を貸してくれ。王国軍に囚われていた獣人たちを救出したい。お前らの助けが必要なんだ、いますぐ!」
「「は?」」
よくわかっていないふたりを抱えて、有無をいわせず強制転移。かなりの魔力消費があったようだが、いまは構っていられない。転移で酔ったのかふたりとも気持ち悪いとか文句をいっているが、スマンそれも無視だ。
「これ、は……」
「戦列奴隷じゃな。忌々しい真似を……」
全裸の亜人たちと、その横の檻付移送馬車を見て、ふたりはすぐに状況を察してくれたようだ。
先ほど見つけた馬車の横、道から陰になる位置にマイクロバスを出した。
「彼らを救出するのはわかった、おいヨシュア、この檻を開ける方法は?」
「わからんし、時間がない。馬車を丸ごと収納する。ヤダルは弾き出されたひとたちをバスに乗せてくれ。服は後から返す」
「……わかった。ぜんぜんわからんけど、なにをしなければいけないかは、わかった」
「十分だ。ミルリル、援護を頼む。積み終ったらすぐ逃げるが、たぶん、その前に発見される可能性が高い」
「むふふ……」
え、なに笑てんの、この子。
のじゃロリ改めドヤロリとなった彼女は、薄い胸でふんすとふんぞり返って、満面の笑みを浮かべる。
「110と7人までなら、わらわに任せておけ」
さすがに輜重の護衛は、そんなにいねえよ。……って、ああ、そっか。UZI(予備弾倉込み)と1911の装弾数ね。狙いを外す気はないし、すべて1発で無力化するってか。
どんだけの自信なのよ。
「いままでの感じじゃ、せいぜい2~30ってとこだろうが、甲冑着きの歩兵か騎兵はいると思うぞ?」
「まったく問題ないのじゃ。おぬしらも、早う始めんか」
ヤダルの方を見ると、早くも最初の獣人たちはマイクロバスへの積み込みが終わっていた。俺に身振りで続きをやれと促す。まずい、出遅れたか。
俺も次々に馬車を収納し、ヤダルも手早く積み込んでいく。やはり虎娘の体力は人間の比じゃない。
それも3両目になると、異変を察した馬が騒ぎ出した。拘束は外したんだから、さっさとどっかに行ってくれればいいのに、仲間のそばを動こうとはしない。
不満そうな足踏みと嘶きが高まり、それがどんどん大きくなる。
「馬を殺すか」
「ダメじゃ。奴らに罪咎はない。殺すのであれば、向こうであろう?」
見張りは最初に殺したが、森のなかに野営しているらしい兵たちからも不審そうな声が上がり始めている。笑顔でそちらを見るミルリルちゃんに、ヤダルも冷静に頷く。
「おい、コールマン! うるせえぞ、馬を黙らせろ!」
「なにかあったのか? 返答しろ!」
見張りを呼ぶ声も聞こえてくる。俺が返答して誤魔化せるものか?
「急いでくれ」
搬出に小一時間は掛かっただろうか。次々に収納し、救出しては積み込み、最後の一両を調べていたときに、それは見つかった。
瀕死のエルフ。男性で、腕をグシャグシャに砕かれている。その傷のせいか、意識を奪われていない。
「薬物か魔法か知らんが、意識を奪われることを必死に拒んだんじゃな」
「え? じゃあこれ、自分で?」
「見上げた戦意じゃ。しっかりせい、助けに来たぞ?」
「……た、頼む。妻と、娘が……やつらの、慰み者に」
積み込みは終わっている。後は逃げるだけだ。でも……女性ふたりにはもう、火が着いてしまっている。
「ああ、ヨシュア。おぬしはあやつらを連れて逃げよ。わらわは、少しだけ、用が出来たのでの」
「いやいやいや、待って待って。さすがにそれは……」
「ヨシュア、さっさと馬車を収納しろ。すぐ追いつく」
ヤダルさんは獣の殺気を撒き散らしながら、笑顔で俺の肩をつかむ。本人は軽くやってるつもりだろうけど、痛いなんてもんじゃない。砕けるから、マジで壊れちゃうから! だいたい追いつくって、誰が? どこに? どうやってよ!?
俺が馬車を収納すると、ヤダルは片腕に2~3人ずつ抱えて数秒で積み込みを済ませた。その頃にはもうミルリルは野営地の方に駆け出している。
「ああ、もう……バカ、俺のバカ!」
「当たり前のことを確認しても意味はないぞ? ほら、お前も招待してやる。ケースマイアン流の、“舞踏会”にな」
俺とヤダルが野営地に踏み込むより前に、最初の銃声が上がった。
すぐにAKMを出して援護に入ろうとしたが、もう射程内に立っている兵はひとりもいない。地べたを転げ回って呻く王国兵士たちは、それぞれに正確な一撃を、股間に受けている。
「くたばれ、このチビ……」
「射て射て射て……!」
タン、タン、タン、タン……落ち着いたリズムで銃声が上がり、そのたびに敵が倒れる。ミルリルに剣を振り上げ踏み込もうとした重装歩兵が崩れ落ち、矢をつがえようとしていた軽歩兵の一団が弾け飛ぶ。
フルオートなど使わない。楽に死なせたりしない。ミルリルの怒りと憎しみが宿った弾丸は非情に正確に男たちの逸物を吹き飛ばしてゆく。
正直、見ているだけで腰が引ける。タマひゅんどころではない。
剣を抜きかけたまま固まっている新兵らしき男に、ミルリルは穏やかに話しかける。
「エルフの娘はどこじゃ」
「誰が、貴様なんか、にぃ……ッ!?」
バンと銃声が鳴り、股間に45口径が撃ち込まれる。ショックによる即死くらいはあってもおかしくないのだが、興奮状態の彼らは身悶え悲鳴を上げて転げ回る。股間から吹き上げる鮮血が夜目にも鮮やかで怯む。そうね。内腿にはデカい動脈が走ってるから、たぶん死ぬのも時間の問題なんだよね。
「あああああああぁッ!!」
「エルフの、娘は、どこじゃ!」
そのとき、天幕を蹴り飛ばして、乱れた甲冑姿の男が飛び出してくる。
この部隊の指揮官なのか甲冑の意匠は凝ったものだが、間抜けなことに下半身は剥き出しのまま、剣を持った手で下履きを押さえ、あわあわと周囲を見渡している。
「なにごとだ! こいつらは……」
「いた!」
ヤダルが男の出てきた天幕に駆け込み、エルフの女性ふたりを抱えて飛び出してくる。毛布に包まれているが、全裸にされていたらしいことがわかった。
幼い方のひとりは泣き腫らした顔がグシャグシャに歪み、年かさの方のひとりは意識がないのか、手足は揺り動かされるままプラプラと揺れている。
「……殺したな」
猛獣の唸り声に似た、低い声が上がる。ヤダルはエルフの女性を地面に横たえた。
「わしは王国軍輜重大隊長、メーケルモン子爵であるぞ! たかが亜人の扱いで、貴様らにとやかくいわれる筋合い、はぐッ!?」
虎娘の拳が顔面を打ち抜き、男は転がって痙攣する。
もがきながら立ち上がろうとしているところを見ると、手加減をしたようだ。あの怒り狂った状態でよく自制を……と思ったところでその目的がなにかに思い至る。
エルフの少女を痛ましい目で見ると、ミルリルはうずくまる彼女の前で頭を下げた。
「エルフの少女よ、辛い目に遭ったな。助けが遅れて済まぬ。この通りじゃ」
「……うッ、……う」
ドワーフ娘は泣き崩れる少女に、腰のナイフを抜いて差し出す。自分に柄を向けて提示されたそれの意味を、エルフの娘は正確に理解したようだ。
「おぬしには、やらねばならんことがあろう? 無理だというのであれば、わらわがいつでも手を貸そう。しかし……」
「やる」
短く答えて、エルフの少女はナイフを受け取る。毛布を投げ捨て、全裸のままで男の前に立った。
肌は土に汚れて髪は乱れ、首輪と手枷と足枷だけを身に付けたその姿は、しかし俺の目には神々しいばかりの輝きを放っているように見えた。
「お、おう……お前か、よかった、話を聞いてくれ」
見上げた男は混乱しているが、生き延びられる道でも見つけたと思ったのか、歪んだ笑みを浮かべて少女に話しかけた。
「そ、そうだ、お前を、わしの妾にしてやろう。世界最強最大の国の、貴族の妾だぞ? 母親のことは不幸な事故だ。お前を守ろうとして必死に抗ったが故の、不幸な……」
エルフの少女は無表情のまま、大きく足を上げて、男の股間を踏み潰した。
「ぎゃああああぁ……ッ!」
もう一度足を振り上げて、彼女は鼻を踏み潰した。今度は鈍い呻きを上げただけで、男は悲鳴も発しない。
痙攣しながら、必死で起き上がろうとする男の胸に、エルフの娘は腰を下ろす。
「わたしを見ろ」
彼女は静かな声で、いった。むしろ穏やかしさえ聞こえるその声が、俺の背筋を凍らせた。
「そうだ。わたしを、見ろ。お前が汚そうとしたエルフ、お前が凌辱し殺した、優しく美しいエルフの、娘だ」
「た、たしゅ……け」
「いいや、それは筋が通らない。母は、助けを呼びはしなかった。慈悲も乞わなかった。ただ、契約を求めたのだ。自分が身を投げ出せば、娘を……わたしを助けるとな。そしてお前は、それを受けた」
「そ、……そう、だ。だから、わしは……」
「母を蹂躙し、首を締めながら、いったな。“娘を助けるといった約束……あれは、ウソだ”と。」
「ち、違う……そうじゃ、な……」
「お前の下卑た笑い声を聞きながら、母は絶望と憎しみのなかで死んだ。その借りは、返さなければいけない」
ナイフの切っ先が、男の目に近付く。悲鳴を上げることも逃げることも出来ず男はそれを真っ直ぐに見据える。
「……破られた契約の報いを、受けさせねばならない」
「や、やめ……てぇッ!」
ずぶりと、切っ先が眼球を貫く。男は海老のように反り返り跳ねて振り落とそうとするが、エルフの娘は全く動じる様子もなく男の顔に体重を掛ける。ずぶりと、さらにナイフが埋まる。
「いまここに、約束しよう。わたしは、お前の軍を、お前の国を、お前の家族を、必ず、この手で焼き払う。わたしを恨め。わたしを憎みながら死ね。それがお前の、報いだ」
「……けだ、も……のッ」
最期にビクンと痙攣して、男は死んだ。
エルフの娘は脱力したまま、虎娘に助け起こされて再び毛布に包まれた。
「よくやった。お前の母親は丁重に葬ろう。あたしも、お前に約束するぞ。その復讐に、全力で手を貸すことをな!」
「うむ、その通りじゃ」
……え? なんですかおふたりさん、その目は。
ああ、遺体を収納しろと。あ、はい。そうですね。武器も渡せと。わかりました。ついでに生き残りの後始末もしておけ? いや、冗談ですよね? もう帰らないと。
アタフタする俺を、エルフの娘が不審そうに見る。そらそうだ。いろんな意味で、俺この場では浮いてるし。
「この男はヨシュア。人間ではあるが、わらわたちの最大の理解者で、最も頼りになる魔導師じゃ。おぬしを、我がケースマイアン解放軍に迎えよう。そしてこれが、その証しじゃ」
ミルリルは俺から取り上げたソウドオフショットガンを、エルフの娘に持たせる。
いいのかな。いいんだろうか、それで。ああ、散弾もありったけよこせと。わかりましたよ、もう!




