299:裸のエルフ
ローリンゲン氏から聞いた“王国の聖女”改め“イルム城塞の聖女”の状況は、何やらリアクションに困る話だった。かといって放置しておくわけにもいかず、共和国領内に入ったらしい皇国軍の動静も気になるので、とりあえずは現状を確認しにいこうということになった……のだが。
「うぉッ⁉︎」
「きゃあッ⁉︎」
商業ギルドの倉庫でグリフォンを収納したら、裸のエクラさんとヒエルマーが現れた。
何をいってるのかわからないかもしれんが、大丈夫だ俺もわからない。つうか、倉庫まで案内してくれたローリンゲン氏までポカーンとしてるんだけど、何なのこのひとたち。
ちなみに、“うぉッ⁉︎”がエクラさんで、“きゃあッ⁉︎”がヒエルマーだ。秘められたメンタリティを表しているようで面白くもややこしい。
「ちょっとターキフ、何してくれてんだい!?」
「……それを訊きたいのは、こちらじゃエクラ殿」
取り急ぎ木箱の上に置いてあった掛布でふたりを覆って、呆れ顔のミルリルが溜息を吐く。
「大方こっそり乗り込んで一緒に運んでもらおうと思ったのであろうが……なんでそんな面倒なことをするんじゃ?」
「アンタたち、皇帝にカチ込むんだろ? 誰か共和国の人間が付いてないことには、また皆殺しで死体も消えて前後の状況が把握できないじゃないか」
「だったら密航みたいなことしないで、ふつうに話してくれれば良かったんですよ。別に同行者が何人か増えたって大した問題じゃないんですから」
「え?」
「殲滅の魔道具か何かを派手にぶっ放すから、てっきり人払いをするもんだと思ってたんだけどね」
このひとらは、俺たちを何だと思っているのだ。邪魔せず大人しくしてくれるんなら特に拒絶する理由もない。エクラさんが評議会理事としての仕事を放っぽり出して良いのか、とは思うけど。それは俺たちの知ったこっちゃない。
「その、“ほばーくらふと”で行くんじゃなかったのか?」
ヒエルマーが寒さにプルプル震えながら尋ねる。こいつは……たぶん師匠筋の魔女に巻き込まれただけだな。
「あれ、音がうるさいだろ。まだ偽皇帝の一団がいるんなら、ハーグワイを出るまでは目立たないように別の車両にしようかと思ってたんだけどさ」
ハーグワイは路上の除雪もされてるから、サイドカー付きバイクのウラルで行こうかって……ミルリルと話してたんだけど。結局またグリフォンで出掛けることになってしまった。ウラルも三人までなら乗れるけど、四人となると曲技団みたいになってしまう。
ホバークラフトごと収納してしまった服を返して、エンジンを始動する。こちらの動きはバレバレだけど、もうしょうがない。こっそり動いたって、どうせ監視の目は配置されてるのだ。
「……ッくしゅ! あああ、もう! こんなことで風邪引いちまったら、みっともないじゃないか!」
逆ギレなんだか照れ隠しなんだかわかんないけど、エクラさんが後部コンパートメントで着替えながらボヤくのを聞いて、俺とヒエルマーは首を傾げる。何日か前には、エルフは風邪引かない、みたいなこといってませんでしたかね。
「魔王の監視は評議会の都合なのに、なんでぼくまで当然のように巻き込まれてるんだ?」
「うん、気持ちはわかる。でも、それを俺たちに訊くのもおかしくないか?」
「エクラ殿は立場ゆえか、どうも頼みごとをするのが苦手のようじゃの。恥ずかしいのを隠しておるのじゃ。多少は聞き流してやるがよい」
そんなもんですかね。
さて、お見送りに出てきてくれたローリンゲン氏に車両の引き取りと情報のお礼をいって、数日出掛けると伝える。御用があったようだが、話は戻った後にしてもらう。
「……すまんな。あれでエクラも半分くらいは、魔王夫妻を案じての行動なのだ。なんでか知らんがあいつ、私情が挟まると急にやることが子供っぽくなってなあ……」
「余計なことはいわなくていいんだよシューア! アンタは内陸領の再編計画書をまとめときな!」
エルフの巨漢は、やれやれとばかりに肩を竦める。ふたりの交友関係は知らんが、シューアで呼ぶってことは、それなりに親しい間柄なのだろう。回頭するホバークラフトを避けて道の端に追いやられながら、ローリンゲン氏はこちらに頭を下げる。
「エクラさん、俺たちの行き先はイルム城塞ですが、それで良いんですよね?」
「ああ、好きなとこに行って、好きなように動いて構わないよ」
エクラさんは通信魔法陣を手に、難しい顔をしている。共和国評議会は皇国交渉団(という名の撹乱部隊)御一行を国境まで監視付きで送り出すつもりだったらしいが、俺たちから皇国軍の侵攻計画が伝えられると、彼らの身柄を押さえた。緊急事態での保護名目だが、実質は軟禁だ。
「向こうがやる気なら、遊びは終わりだ。戦争に片が付くまで余計なことはさせないよ」
こちらの世界には明文化された交戦規定はないようで、捕虜の処遇は時の運だ。戦争に関しても、どちらかのカネか兵が底をつくまでの局地的殲滅戦になる。幸か不幸か、総力戦というのはない。というよりも、兵站が馬匹頼みなので、よほどの小国でもない限り、できない。
ケースマイアンみたいな例が特殊なのだ。
「しかし、あの様子じゃ捨て駒だ。侵攻を止める役には立たなさそうですね」
「いいさ、皇都には繋がってるんだ。通信魔法陣の代わりくらいにはなるだろ」
俺たちはハーグワイの城壁を出るとグリフォンを北西方向に向けた。砦までは百哩やそこらはあるようで、まだ異変は欠片も見えない。しばらくは雪原を抜けての長閑なドライブだ。
「監視役が必要だったとして、なんでエクラさんなんですか。理事がわざわざ出て来なくても、代理か下っ端を出せばいいじゃないですか」
それこそ、ヒエルマーとか?
グリフォンの後部コンパートメントで、エクラさんとヒエルマーは荷物を広げていた。黒い短弓と矢筒、魔術短杖に、なんか雰囲気の違う黒い外套。魔法陣らしき刺繍がしてるから、潜入作業用のカモフラージュ装備か何かか?
「こんな面白そうなもん、他人任せにしてどうすんだい。こっちは馬鹿の相手と事務作業ばっかでウンザリしてたんだよ」
フラストレーションが溜まっていたのか、エクラさんは妙にノリノリである。ヒエルマーは、頭が上がらない“サルズの魔女”に巻き込まれただけみたいだけどな。
「あの“三万人殺し”“殲滅の魔王”が皇帝に真正面から喧嘩を売ったんだ。そんな大一番を見逃せるわけないだろ?」
いや、それ監視とか関係ない、ただの野次馬根性だって白状してますやん。
「……それは皇国とケースマイアンの問題ですよ?」
「ああ、手出しはしないさ。見てるだけだよ」
この魔女、正直過ぎる。
「こっちの和平交渉を引っ掻き回しておいて、連れないこというんじゃないよ」
それが外交であれ内政であれ、協力関係や友好関係はあるにしても他国の、ケースマイアンの長としての節度は保ちたい(キリッ)。て感じで投げ返そうとしたんだけど。お前がいうなって話だよな。たしかに、共和国と皇国の和平交渉を完全にぶっ壊しちゃったし。でもあれ、評議会理事長の掌の上で転がされた感がしないでもない。
「それ、最初っから既定路線だったでしょう? エクラさんも理事長も、影武者だってわかってて泳がせてたんでしょうに」
「カゲムシャ、てのが偽者って意味だとしたら、そらわかるに決まってるさ。前に謁見で見かけた皇帝と年齢が十以上も違えば一目瞭然じゃないか。隠蔽魔法を掛けてたようだが、それ自体が隠してますっていってるようなもんだしさ」
銃座に腰掛けたミルリルさんも、足をプラプラさせながら鼻で嗤う。
「わらわは皇帝など見かけたこともないがの。あんな貧相な演技では、子供も騙せんわ」
「偽者を立てるにしても、もう少しどうにかならなかったのかねえ。もしかしたら皇国も人材が払底してるのかもしれん……共和国みたいにさ」
なんですかエクラさん、その胡乱な目は。俺のせいだって、いいたいんですかね。ゴーレムやら兵を磨り潰したのは俺たちのせいかもしれんけど、皇帝の替え玉まで殺した覚えはないですよ。
「ヨシュア。東領海域とキャスマイアの内湾で、おぬしが沈めた船があったじゃろ」
ミルリルが、何かに思い至ったような顔で俺を見る。
「ああ、俺たちが沈めた船ね。けっこうあったけど、それが?」
「叛乱軍と皇国軍が共和国を制圧した後、速やかな占領を宣言するのには、皇帝を頭に据えた部隊が首都を占拠するのが最もわかりやすいと思わんか」
「……ええと。それはつまり、吹き飛ばされて海の藻屑になった砲艦には偽者の皇帝が乗っていたと?」
「有り得るだろうね。叛乱軍にとってみても、皇帝とともにいると喧伝するのは統治する上で大きな訴求要素になる」
「巨大なゴーレムもあれば更に良し、じゃな」
負けるつもりなど微塵もなかった皇国軍将軍派は、虎の子を大盤振る舞いで持ち込んだはいいけど、想定外の鬼札を引いて賭け金を全部、喪ったと。それが事実なら、本国にはろくな戦力が残っていない。国内政治的には反動勢力が一掃されたとはいえ、皇帝はもう詰んでるな。
というよりも……これだけの戦力が勝手に離脱して誰も気付かず止めず手を拱いているって、おかしくないか?
「……」
「どうしたんだい、ターキフ?」
「共和国の内乱は、皇国の主流派から転落した将軍派の勇み足だったと聞いてましたが、いままで共和国に侵入した皇国軍は本当に本国と無関係な跳ねっ返りだったんでしょうかね。すべて最初から本国の、皇帝の指示だった可能性は?」
「あるね。指示したかどうかはともかく、ほぼ確実に黙認はしてるさ」
そうだ。皇国は軍権が皇帝に一本化しているから、兵数こそ王国よりも少ないながら効率的で精強とも聞いていた。そんな国で、万単位の陸海軍が指揮権から外れて独自の軍事行動を起こしたのだとしたら、皇帝の統治は崩壊している。そもそも反動勢力が兵を挙げるなら、向かう先は皇帝だろうに。共和国を主導的に占領できたところで、次に本国との戦争が始まるだけだ。
いまひとつ人物像の見えない皇帝が、どういう状況で何を考えているのかまでは読めないけれども。ずいぶんと大掛かりな茶番に付き合わされてきた気がする。




