293:蘇る怨念
「……は?」
聖女の使徒? なにそれ。
「うむ、そういう反応になるのが当然じゃな」
ミルリルも頷く。まあ、いうてる意味がよくわからんというか、聖女どっから出てきたとしか思えん。だいたい、自ら工具を持って現場に出ているケースマイアンのポンコツ聖女の話であれば、他人を使役している姿がイマイチ想像できん。あえていえばリンコ自身が使徒だな。創作的衝動かなんかの。
「どうやら、その話がヒエルマーの誤解の元だったようじゃ。評議会とかいう共和国の上層部が情報を小出しにしよるから、現場が混乱するんじゃ」
ミルリルさんに呆れられ、近くでビスケットを齧っていたヒエルマーが不満そうな顔でボヤく。
「共和国に、聖女と呼ばれる者はいない。共和国で暗躍する聖女と聞いたら、ふつうはセーグスリンコフだと思うだろう!?」
いや、知らんがな。そのロシア人みたいな発音がいまだに馴染まんけど、まあリンコも実際に暗躍してはいるかもな。主に技術的な面で、だけど。
「“皇国の悪魔”と怖れられたセーグスリンコフは、ある時期を境にしていきなり表舞台から消えた。軍に粛清されたという噂も流れていたけど、調べると情報統制が杜撰で時期も状況も罪状もバラバラだった。姿を消した後も各地で散発的に奇妙な異端技術や異常な戦闘状況が発生していたから、評議会も魔導学術特区も、“皇国の悪魔”リンコフの生存には確信を持っていたんだ」
「まあ、生きてるよ。元気でやってる。でも、その異常な技術や戦闘って、半分くらいは俺の調達した兵器じゃないかな?」
「半分どころか、ほとんど全部じゃないか。聞いたらリンコフの技術は、ほとんど戦闘に関与していないそうだよ」
エクラさんが呆れ顔で首を振る。駆けずり回って無駄足を踏まされた子エルフは恨みがましい目で俺を見た。
「そんな情報は、共和国に入っていない。皇国の聖女が叛乱軍を集めているという話だけだ」
それが敗残兵の野盗化ならともかく、皇国政府が関与しているとなれば放ってはおけない。というわけで評議会から“魔導学術特区”に調査依頼が出て、ヒエルマーが送り込まれた。そこまではいい。
「ぼくが調査を進めるうちに、“リンコフは魔王に篭絡されてケースマイアンに連れ去られた”という話が出たんだ」
「そこから話がズレてる」
「ケースマイアンに連れ去ったのは事実だろ!?」
ぼく悪くない、みたいな顔で口を尖らせるけど、そこは一応仮にも面識あるんだから、何か変だなと思わんのか。
……思わんかもな。
「リンコは自分の意思で皇国からケースマイアンに逃げ延びたんじゃ。その後は、えらく楽しそうに暮らしておるのう。共和国に来たのは数回、それも空飛ぶ船の船長としてじゃ」
「アタシが間違いを指摘してはおいたけど、あの子に面識のない連中は、いまだに疑ってるだろうね。何せ相手は、“皇国の悪魔”だ」
何度か聞いたけど、その二つ名そのものは誤解ではなくリンコに付けられたもののようだ。本人を知ってたら、そんな呼び名は付けないと思うんだけど。
「その悪魔って、どういう由来なんですかね。あんまり本人の印象と合わないんですが」
「ゴーレムが持っている武器を開発したんだろ? 表向きは、別の奴が功績を奪ったようだけどさ」
「そのようですね。悪魔かどうかはともかく、技術開発能力はドワーフ並みです」
「ドワーフ以上じゃ。治癒魔法はエルフを超える。ターキフと同郷だけあって規格外の化け物じゃの」
「「なるほど」」
おい、そこの残念エルフふたり。なるほどじゃねえ。リンコはともかく俺自身は商取引に恵まれただけで能力は一般人に産毛が生えた程度しかないんだが……いっても通じないだろうな。
「その“皇国の聖女”本人は、目撃されているんですか?」
「ああ。常に甲冑を身に纏っているから、顔は見えんそうだけどねえ」
へえ……って、あれ?
何か嫌な予感がする。例によって例のごとく、それは予感ですらないのだろう。さりげなくミルリルを見るが、ついっと視線を逸らされる。明らかに、動揺している。
「え……エクラ殿。甲冑の他に、その……“悪魔”について、なんぞ聞いておるかの?」
「名は“ビューギー”とかいうらしい。皇国軍の黒い外套に銀の甲冑で、モジモジしたおかしな歩き方をする」
「「……ごふッ」」
おい、マジか。その特徴、諸部族連合領タランタレンからの帰路で遭遇した、王国の元聖女じゃん。ミーニャが再起不能にしたとは聞いたが、死体ではないので回収していなかった。その後どうなったか知らないままだけど、ムッチャ元気に生き延びていたようだ。この期に及んで蘇ってくるとは、季節外れの幽霊のようなやつだ。
「……魔王陛下、妃陛下」
ヤバい。思っきりバレた。エクラさん、慇懃無礼モードになってる。
「またアンタたちが関わってるのかい!?」
「いやいやいや、関わっては、いない……です、けど……」
俺の視線を受けて、ミルリルは小さく首を振る。これは、下手にいい逃れしない方が良い。
「皇国軍装備を身に纏ってはいても、そいつらは皇国に召喚された訳じゃないですね」
「ビューギーが何者か、知っているのかい?」
俺は頷く。
「おそらく、わたしと同じときに異界から召喚された、王国の聖女だと思います」




