291:残党と残滓
西領府ケイオールから共和国の首都ハーグワイまで向かっていた俺たちは、途中で夜営の準備に入っていた。中央領に入ってからはルート上にいくつかの市街地があり、面倒を避けて迂回しているうちに陽が傾き始めたのだ。
「最寄りの町に入る手もあるがの」
「町中なら温かい飯も食えるし、ベッドで寝られるよ。カネがないならアタシ出すが……そういう問題じゃなさそうだねえ?」
「ええ」
俺はエクラさんに懸念事項を話す。
「途中で隊商と、すれちがったの覚えてます?」
「馬橇の連中だろ。もちろん覚えてるけど……それがどうしたんだい?」
最初に行き過ぎたとき、御者の頭の上に赤いバーが見えたのだ。そのときは見知らぬ乗り物に乗った見知らぬ人間を警戒しただけと思ったが、二回目に遠くで停まっているのを見たとき首筋がチリチリするような感覚があった。念のためミルリルに目をやると、小さく頷いた。やっぱり、あいつらは敵だ。
「ヒエルマー、避難民の様子はどうだ」
「みんな意識は取り戻した。疲れてはいるけど健康状態は問題ない」
風を避けられる森のなかにキャスパーを出し、エンジンを掛けて暖房を入れる。南大陸でエアコンが効かず暑さに参ったけど、暖房は問題ない。
「全員をそこへ移す。手を貸してくれ」
「市街地であれば住民を戦闘に巻き込みかねん、ということじゃな」
小さな声で伝えるミルリルに、俺は頷き返す。共和国の一般市民は、俺たちの敵ではない。相手が何者かは知らんけど、周囲の被害を気にするような奴らだとは思えない。
「共和国に入り込んだ敵だっていうなら、アタシが出るよ。これでも荒事には慣れてるし、自分たちの問題だ。体調も戻ったし魔力も回復してる」
「だからですよ」
やる気を出してる“サルズの魔女”に、俺は首を振ってお断りする。
「ここ街道ですよ。さっき森の奥に見えてたのは牧場か農場でしょう。いくつか小道が通ってたから、近くに集落もあるはずです。こんなとこで道に大穴開けたり森を吹き飛ばしたりされたら住民が迷惑でしょうに」
「アタシを何だと思ってんだい。力加減くらいできるさ。ねえヒエルマー?」
「あ……いえ、はい」
どっちだよ。“あんまり機嫌を損ねたくないけど諸手を挙げて賛成でもありません”、という感じの困った顔で子エルフは避難民たちの方に戻っていった。
「エクラ殿。共和国内に、政府に対して反意を持っている連中はおるのかのう?」
「いないことはないが、それは政治的にだねえ。武器を持って事を起こそうってのは聞いたことがないよ」
「それじゃ、あいつら皇国かな」
「わからんのう。馬橇の轍を見る限り荷駄の重量は商人として不自然ではない範疇じゃな。ゴーレムやら兵を積んではおらんかったようじゃ」
幌を掛けた荷台のなかまでは見ていないが、武装した人間が乗っているとしても数人、御者を含めても十人以下だ。
「皇国の戦闘員だとしたら、魔導師の可能性はあるな」
「やっぱりアンタたち、狙われ慣れているんだねえ。それか、アタシが鈍っちまっただけか……」
「エクラさん、首都との連絡は?」
「問題が起きれば通信魔法陣で連絡してくるはずだけど、いまのところは何も」
やっぱ通信魔法陣があるのね。でもまあ、皇帝一行に異常事態は起きていないということか。皇帝を陰で守るために配置された戦力かもしれん。こちらに向かって来なければ放置しても良いのかもしれなけれども……そんなのを他国に送り込むのはマナー違反ではある。それをいうたら俺たちも他国の人間だけどさ。
「ヨシュア。監視されておる間は、こちらから殺しには行かん、というのでどうじゃ。身を守るためであれば致し方あるまい」
とりあえずは、それで行こう。グリフォンを収納して野営用テントを出す。サイモンから買った越冬用の(サイモンのいる地域ではなかなか出回らない)貴重品だ。キャスパーの車内は暖房が効いているが、戦闘や事故で外気に晒されたときのために防寒用の寝袋と追加の毛布を出して避難民たちに配布する。
「飯は、悪いけど携行食かな」
ストーブを出して大鍋で雪を溶かし、缶詰やレーションを温めて配る。病み上がりではあるがそれなりに体力は戻ってきているらしく避難民はそこそこ食欲もあった。味の方は、喜ぶほどでもないが不評でもない微妙なところ。
「なんだか少し妙な匂いがするけど、悪くはないよ」
エクラさんのコメントに同意する。保存料なのか香料なのか生産国の香辛料なのか、不味いとまではいわないけど連食したいとは思えない味だった。
お茶を飲んで、そのまま非戦闘員は灯りを落とした車内で眠りにつく。夜半から大粒の雪が降り始め、外の暗闇が深くなる。痛し痒しといったところか。雪は視界を悪化させるが、消音効果でエンジン音を掻き消す。
俺とミルリルとエクラさん、それと自分から手を挙げたヒエルマーは運転席で一刻交代の不寝番に当たることにした。最初に寝るのは子エルフとエクラさんだったが、魔女は眠くないとかで俺たちのいる運転席に屯している。
「嬢ちゃん、何だいそれは」
「“れみんとん”じゃな。静かで威力もあるが、取り回しが面倒なんじゃ」
エクラさんとヒエルマーの武器は自前の魔術短杖だが、ミルリルはいつものUZIとM1911に加えて夜戦用に暗視照準装置と減音器が付いたボルトアクションライフル、レミントンM700を装備している。俺はバックアップ兼ドライバーなのでいざというとき手を空けられるようにMAC10を肩に背負っている。
野外戦闘に備えて、暗視ゴーグル付きのヘルメットも用意しておいた。朝まで何事もなければいいのだが、そうもいかないような予感がしていた。こういう予感は、ネガティブなものほど当たる。
「あれは仕舞わないのかい?」
エクラさんは、道から目立つ場所に張られたままのテントを指す。五、六人用の中型で民間用の派手な黄色。なかにランタンを吊るしてあるので遠くからでも良く目立つ。キャスパーを停めたのは森のかなり奥だから……。
「敵が狙うなら、あそこでしょう」
「もったいない」
元いた世界の俺なら、エクラさんの意見に賛成していただろう。でも人的被害を抑えるためにできることは何でもやる。それが結果的に俺とミルリルの幸せに貢献するのであれば、だ。
「この際カネで済む話なら、どうでもいいですよ」
「魔王陛下は太っ腹だねえ。ミル嬢ちゃんが惚れ込むわけだ」
「わらわが惚れておるのは、こやつの全てじゃ。カネ遣いなど些細なことじゃの」
むふんと胸を張るのじゃロリさんを見て、エクラさんは呆れ顔で笑う。
「……ご慧眼てとこだね。掛かったよ」
魔力光らしき青白い閃光の後、テントが吹き飛ぶ。ランタンが消えてすぐに暗闇が広がった。
「魔力の練り込みも精度も並みだが、隠蔽能力だけは優れてるようだ。共和国でいう専属監視者みたいな連中だね」
「ミルリル、射出位置は把握できたか?」
「それはそうじゃ。どれだけ阿呆なのかこちらを舐め腐っておるのか、攻撃の後でその場に留まっておるからのう。あれでは良い的じゃ」
ミルリルは鼻で笑って屋根の銃座から静かに身を乗り出す。俺の目にはべッタリと黒い闇が広がっているだけにしか見えん。7.62ミリNATO弾が立て続けに撃ち出されると、遙か彼方で青白い光が散った。
「脅威排除じゃ」
「見事なもんだね。全部で三人かい?」
「四人じゃな。指揮官らしい甲冑付きだけは生かしてある。この先……」
銃座から降りてきたミルリルは、暗闇の奥を手振りで示す。
「真っ直ぐに五十尺ほど進んだところじゃ。悲鳴を上げて転がっておるので、すぐにわかるはずじゃ」
「ああ、それじゃアタシが行くよ。アンタたちは、ここにいておくれ」
銃座からヒョイと外に飛び降りて、魔女は魔術短杖を振ると雪原を飛び去っていった。
「甲冑付きってことは、皇国軍の指揮官かな」
「そうだといいがの」
「……え?」
「“ないとびじょん”で色まではハッキリせんが、あの着衣は皇国軍装備というより、東領の外套のように見えたんじゃ」




