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【完結&書籍化】スキル『市場』で異世界から繋がったのは地球のブラックマーケットでした  作者: 石和¥
7:からまる紐帯

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290/422

290:遺棄するものと放棄するもの

「……うわ臭ッ」

「まったく、ひどい臭いじゃの」

 ハッチを開けた俺たちは、周囲に立ち込める腐肉と蛋白質の焼け焦げた凄まじい臭気に顔をしかめる。

 城壁から降りてきたエクラさんは、苦笑しながら首を振る。

「たしかに臭いが、手を下した張本人がいうのもどうなんだい」

「そうですけどね。とりあえず他に手がなくて」

「冗談だよ。共和国で対処すべき敵の化け物を退治をしてもらって、礼を尽くしこそすれ文句なんていえる筋合いじゃない。これで借りひとつ追加だよ」

「お気遣いな()

「行き掛かり()ゃ」

 俺とミルリルは、できるだけ口で呼吸しながら首を振る。

「そうもいかないだろうさ。これでも国政を担う身となればね。その……樽みたいなゴーレムもリンコフ嬢ちゃんのお手製かい?」

「原型は、皇国のゴーレムですけどね」

 樽とは失礼なと振り返って見れば、まあ樽である。ただでさえ短い足が自重で雪に埋まっているから、ますます樽っぽい。運動性と防御力を極限まで追求した形状といえなくもないのだが。

「大したもんだね。前に見た皇国のお飾りより、ずっと動きが速くて滑らかだよ。樽みたいな図体にちんまりした手足なのに、えらく面白い動きをする」

 イマイチわかりにくいが礼をいわれてるのだ。お手柄だと褒めてくれている。そして複合素材(ハイブリッド)ゴーレムの素性に探りを入れている。まあ、どれも意図を隠す気はないようだが。

「ヨシュア、いっぺんゴーレムの収納を試したらどうじゃ」

「ぐぇ?」

 振り返った俺が鼻フックでも喰らったような顔をしていたせいだろう。ミルリルは笑って首を振る。

屍肉質ゴーレム(あれ)ではないわ。複合素材ゴーレム(こっち)の話じゃ」

 そうだよね。ハイダル王子が両替(・・)でもしてくれるんならともかく、薄気味悪い上に臭くて汚い腐肉の燃えカスなど、収納のなかに入れたくない。収納内部で接触してるわけでもないだろうけど、気分的にダメだ。いままで何万もの死体を収納しておいて何いってんだと我ながら思わんでもないが。

「収納……」

 しばし試してみるが、反応はない。俺は開いたままのハッチ上に短距離転移で乗り、通信機のスイッチを入れる。モニターをタップしてズームすると、白い双胴飛行船が見えた。まだ上空で待機してくれていたようだ。

「リンコ、そっち、まだ載せられるかな」

“スペースはあるけど、何を載せるの?”

「このゴーレム、収容できない。皇国軍のゴーレムが元々ダメだったから、同じなんじゃないのかな」

“エクラノプランは、収納できたよね?”

 それはちょっと前、ミルリルにいわれて気付いた。皇国軍のゴーレムは、カテゴリーとして生き物だから収納に弾かれたと思ってたんだけど、違ったのか?

「ターキフの悩みの元は、それじゃないかね」

 騎外からエクラさんの声がして、複合素材ゴーレムの腰の辺りを指しているのが見えた。

「エクラ殿、それとは何じゃ?」

「騎体の主幹制御魔法陣に、管理用の識別子(マーカー)が組み入れてあるんだよ。躁騎兵とかいうゴーレムの乗員以外が操れないようにね。その識別子は、外部から魔力干渉を受けると防御用文言(スペル)が起動するんだ」

「う~ん……? リンコ、聞こえた?」

 俺には、ほとんど理解できない話だったが、技術者であるリンコならわかるのかもしれない。

“う〜ん……なんとなく、原因わかったかも。プロテクトは全部外したと思ってたんだけどね。駆動用の紋様(サークル)を組み替えた後、操縦するのに支障がなかったからシステムの根幹までは手を入れなかったんだよ”

 小難しい話が両者で通じているのはわかったが、何をいってるのか俺にはわからん。ミルリルさんにも魔法関連は専門外なのか、いまひとつピンと来ていないようだ。

「わらわも、大筋の理屈は理解しておるぞ?」

 あら、そうだったんですか。分野違いとはいえ腕利きの職人となれば文系脳な俺と一緒にすんなという感じですかね。そうまでは、いうてないか。

「解除できる問題?」

“たぶん。でも、すぐには無理かな。魔法陣の書き換えだから、ぼく専門外だし”

「良ければ、アタシに任せてくれるかい?」

「リンコ、どう?」

“お願いしようかな。エクラノプランと両方デッキに積んで帰るのは大変そうだし”

 小一時間ほどで主幹魔法陣のプロテクト解除――ではないかと思われる作業――は終了し、無事に収納が可能になった。ケースマイアンの防衛は問題ないとのことで俺たちは春まで共和国に残ることになり、リンコと若手ドワーフ技術陣は飛行船で戻っていった。

 戦闘中装甲兵員輸送車(キャスパー)に放置状態だった避難民と子エルフのヒエルマーを回収して、再びホバークラフト(グリフォン)に乗り換える。

「エクラさん、共和国首都(ハーグワイ)の方はどうなってるんです?」

「おそらく皇帝一行がケル坊と折衝の真っ最中だよ。停戦合意の調印まで済んでれば良いんだけど、まあ無理だろうね。要求を全部そのまま呑んでたら、皇国が傾いちまう」

 ケル坊ってのは、ハーグワイ共和国の評議会理事長ケル・メルローだ。年齢は俺と同じくらい、三十代半ばってところ。若いとはいえ坊や呼ばわりされると、さすがに苦笑するしかない。エクラさんにとっては、いくつになっても小坊主なのかもしれんけどな。

「ところでエクラ殿は、ヒエルマーの親戚筋なのかの?」

「血は繋がってないが、そんなもんだね。あいつの母親が、アタシの孫弟子だったのさ。魔導師としてはそこそこだったが、なにより事務やら管理やら調整の能力が高くてね。惜しい人材を亡くしたもんだよ」

 “魔女”をどんだけ怖れてるんだか敬ってるんだか知らんけど、ヒエルマーはツンケンした態度が鳴りを潜め、ビシッと従順な良い子のようになっている。

「母はエクラさんを生涯の師と仰いでましたよ。部屋が汚い以外は、非の打ちどころのない魔導師だって」

「あの子は、もう……息子に余計なことをいうんじゃないよ、まったく」

 俺はグリフォンを発進させて、首都ハーグワイを目指す。例によって道はわからないのでナビゲートはミルリルに任せる。彼女にしたところで西領はほとんどが未知の場所なので、航空地図で位置を確認しながら方向と距離を指示してくれた。

 後部コンパートメントの会話を聞く限り、何人かの避難民は意識が戻ったようだ。ヒエルマーにいって、水分と軽食を摂ってもらう。首都ハーグワイでケイオールの住民たちに合流すると聞かされ、みなホッとしたようだ。状況は理解しきれていないようだが、安全が確保されたことは伝わったのだろう。安静にしていてくれとの指示に、大人しく従ってくれた。

「アンタたち、共和国に来る気はないのかい?」

 エクラ女史は操縦席のところまで来て、あれこれと話し掛けてくる。ほぼフラットな雪原を移動しているだけだから話をするのは構わないんだけどね。問題は世間話の振りをして、俺たちを共和国の政治に取り込もうとしていることだ。

「いまなら南領に西領も付けるけど」

「要らないです」

「もらったところで使い道がないのじゃ」

「アンタたちだけじゃなくケースマイアンの住人も望むだけ受け入れるし、彼らには土地も住居も地位も仕事も出会いの場も用意するよ」

「それはもちろん、希望者がいれば移住を邪魔する気はないですけどね」

 そんなネットショッピングのオマケみたいに領土やら何やらを押し付けられても、メリットが薄くデメリットとリスクばかり大き過ぎる。ここまで気前が良いのは人材枯渇で管理者や統治者がいないことと、損得含めて全部こちらに渡した方が、結果的には双方の利になるという判断だろう。良くいっても抱え込み、悪くいえば思考放棄だ。ミルリルさんのいう“うぃんうぃ~ん”と似ているようで、実質まるで違う。本気で受け入れるとはたぶん、思ってないんだろうけどな。

「俺たちは春になったら、いっぺんケースマイアンに帰りますよ。留守してた間に何がどうなってんだか気になってるし、やりたいこともあるんで」

「戦争じゃないだろうね」

 俺は苦笑して首を振る。攻め込まれない限り、そんなことやらんわ。相手がどこであれ、利益がない。

「ケースマイアンの開発が落ち着いたら、交易路を整備して商売を始めるつもりです」

「サルズの街区長やら商業ギルドのギルドマスターと話は通したのじゃ」

「そうみたいだね。ケルグやイノスが大張り切りだったよ」

「サルズは共和国でも指折りの商都になるやもしれんのう」

 あれ。いま思い出したんだけど……。

「エクラさん抜けちゃったら、サルズの冒険者ギルドって誰がギルドマスターになるんですか」

「ああ、空っぽだよ。いまはハルが代行してる。冬の間は開店休業だから良いけど、雪解けまでには誰か押し込まないとね」

 ピースを紛失したスライドパズルみたいなもんだ。必要な人材をあっちからこっち、こっちからそっちに移動したところで足りんもんは足りんのだ。根本的な解決には時間と手間が掛かる。

「マッキン領主の伝手で、王国から引き抜いてきたらどうです?」

「ああ。エルケル侯爵とは、何度かやり取りをしているよ。あそこも似たようなもんだ。そうなった原因(・・・・・・・)もね」

 俺は聞こえなかった振りをして窓の外を眺める。

 もうすぐ西領と中央領の領境だ。さすがにもう戦闘はないと思いたい。避難民と魔女と子エルフを送り届けたら、サルズに帰ろう。“狼の尻尾亭”で美味しいご飯を食べて、今度こそゆっくりするんだ。

 いまの俺たちにはなんだか、あの町が第二の故郷のような気がしていた。


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