29:戦場の略奪者
さて、今回の戦争。
敵である王国軍からすると戦争ともいえない、数に任せた討伐という認識だろう。実際、俺たちから見ると、ハッキリいって自殺行為でしかないのだ。
つまり、この戦いは開戦前に敵の戦力をどれだけ削ぎ、混乱させ、機能停止させられるかが、カギ……いや、生き延びるための唯一の拠り所だ。
天然の砦のようなケースマイアンは、敵の動線が限定された上に、100mほどの見下ろしになる高い位置にある。いくぶん有利なかたちで始められるのだが、戦力差を考えると楽観できるものではない。
なにせ、気が遠くなるほどの多勢に無勢なのだ。総勢で100もいない俺たちが3万の軍と正面から当たれば、地形的優位があろうと機関銃があろうと、数の暴力に呑み込まれて終わりだ。
脳筋の獣人なんかは“ひとり300の兵を殺せばいいのだろう?”とかほざいてくれちゃってますけど、そんな問題じゃない。もし仮にそうだとしても、向こうには1ターンに3万回のチャンスがあり、こちらには100(実質40程度)のチャンスしかないのだ。そんなのはアホでもわかる――そして我らが解放軍の面々にはなかなか理解してもらえない、確率の問題だ。
「ということで、ひと仕事しましょうかね」
「ふむ、それは興味深いの」
「うひゃいッ!?」
こっそり出かけようとした俺は、虚を突かれて思わず悲鳴を上げた。いつの間にやら背後に回っていたミルリルが、俺の肩をガッシリと押さえている。
満面の笑みを浮かべているけど、可愛らしいおでこに青筋が浮き、背中には怒りのオーラをまとっている。正直チビりそうなレベルで怖い。
「いまにも戦端が開かれようというときに、おぬしはいったいどこへ行く気じゃ?」
「俺には戦いの前に、どうしてもやらなければいけないことがある。悪いけど、いまの最優先事項だ。止めないでくれ」
せいいっぱいの二枚目顔でキメた俺に、ミルリルは戸惑いつつ納得したような表情になる。
「そ、そこまでいうなら、邪魔はせんが……目的は、なんじゃ」
「金目のもの!」
「……は?」
うん、台無し。
サイモンに追加オーダーするのに――というか既に足が出ている予算の赤字を補填するのにも、早急にカネが要るのだ。手っ取り早い方法として、輜重部隊を急襲する。
エルフの斥候からの報告によれば、先遣隊はいくつかに分かれてこちらに向かっているが、その先頭はなぜか護衛がろくに付けられていない輜重部隊。ケースマイアンから15哩のあたりで、野営を続けているのだとか。
哩というのが、ニアリーイコールでマイルだとして、24キロてとこか。
いまのところ俺は技能として、視界内なら転移出来る。距離と回数は、残存魔力量しだいだ。
転移で飛んで、収納して、転移で戻る。だから、誰も連れて行けない。自分の技能や魔力の限界がどれくらいなのかもわからないから、試しながらのぶっつけ本番だ。上手くいけば、敵の戦力を大きく削ぐことが出来る。
……はずだ。
小一時間後に教会前に行くと、ドワーフたちがIEDの埋設について地図を前に議論の真っ最中だった。
簡単な原理と使用方法を教え、火薬・炸薬や雷管のサンプルを渡しておいたのだが、何回かの実験と分析を経て、いまでは俺より詳しくなってるようだ。
正直、爆弾なんて詳しくないので、すごく助かる。
「おうヨシュア、まだ出掛けておらんのか?」
「いや、行ってきた。これ、まず1回目の分な」
「お、おおッ!?」
ミルリルと愉快なドワーフたちが、あんぐりと口を開けているが時間がないのでスルー。
「ヨシュ、あ!?」
また行って帰って荷物を降ろして、また行って帰って荷物を降ろす。
ときどきどこかでミルリルの声が聞こえたり、視界の隅に姿が見えたりするが、構ってはいられない。心を無にして機械的に繰り返す。これはただの作業だ。それも、敵が警戒し始めるまでのスピード勝負。
「ちょ、よよヨシュア、ちょっと待たんか!」
「後でな、いま忙しい」
何度か往復しているうちに、収納の容量と転移の距離が上がり、逆に技能で消費する魔力が少しずつ低下しているような気がする。魔力総量も増えているのだろうが、いまはステータスを見ている暇がない。急いで戻って、また……
「待てと、いっとろうがぁああッ!!」
「げふッ!」
転移で帰還した先に待ち構えていたミルリルから、鳩尾目掛けてタックルされ思わず悶絶する。
「おぬしは、いったいどこまで続けるつもりじゃ!?」
気付けば全部で7~8回は往復しただろうか。少し身体がダルい感じがする。魔力低下の症状だろうと思って、いっぺん休憩を挟むことにした。
「う~ん、でも出来れば、もうちょっとだけ……あれ? ここ、なんか暗くない?」
「当たり前じゃ、阿呆! わらわが何度も止めようとしたのに聞く耳も持たなかったではないか!」
……ふむ。
見渡すと、教会の前庭には俺が転移と収納で持ち込んだ王国軍の馬車がうず高く積み上げられ、分厚い壁のようになっていた。縦3段積みとかした記憶はないんだけど、俺がやったんだろうな。
「お前は、ワシらを圧死させるつもりか」
「まあ、開戦前にこの大量の物資は、とてつもなくありがたいがのう」
1回の転移で最低20、最大30前後の馬車を収納してきたはずだから、ここにはざっくりいって200台分くらいはあるわけだ。たしかに、これ崩れたら死ぬかも。
生き物は収納できずに弾かれる、というのは経験でわかっていたので、手当たり次第に収納を掛けては転移で逃げるというのを繰り返していた。繋がれていた馬は迷惑そうに逃げて行ったし、ときどき馬車の荷台で寝ていたか隠れていたかした兵士が全裸で(装備は収納されたままなのだろう)ペッと弾き出されていたから、持ってきたなかに敵兵は含まれていないはず。
とにかく必死で数をこなすことしか考えていなかったから、こちらの状況は目にも耳にも入っていなかった。ケースマイアン住人たちの手で荷物の整理は始められており、使わない馬車は建材や薪にするのか丁寧に解体し分類されていた。
「ああ、うん。……ごめん」
「なにを考えて……おるかは、まあわかるがの。わからんのは、なぜここまでせんといかんのかじゃ」
なんか軍隊ネタであったね、そういうの。
でも、いまなら理解できる。たぶん必要以上に膨大なバッファを持ちたがる人種って、怖いんだろうと思うよ。
「食料は、もう教会にも入りきらんのでな。近くの商家にあった倉を空けて、そこに収めることにしたぞ」
「水の樽もあったが、腐るのは時間の問題じゃ。ここに置いて、沸かして使うかの」
「武器は、ほとんどが低級量産品の剣とペラペラの盾じゃ。でもまあ、龍鱗状に組めば銃座の補強には使えそうじゃな」
ドワーフのお爺ちゃんたちの会話は、一人称が“ワシ”な以外ミルリルと同じ口調で面白い。
というか、若いドワーフはわりとふつうに話してるみたいだし、なんであの子はお年寄り口調なのかしらん?
「ミルリル、金貨はあったか?」
「おう、そこの空き樽にまとめておる」
ミル姉さんの指した先にあるのは、水を入れていたらしい大樽だ。前いた世界ではワインとか入ってるの見たことあるけど、容量は……忘れた。1バーレルだとしたら120リットルくらいだっけ。
金貨の量は、それの半分弱というくらい。何枚あるかまではわからないけど、樽いっぱいまで溜まったら絶対に運べる重さじゃなくなる。その前に市場で丸投げしよう。
「銀貨や銅貨は要らないから、みんなで分けて……」
「わらわたちも使い道はないわ」
「ですよねー。店とか行商人とか、あるわけないもんね」
「積み荷の確認が済んだ馬車は何台目?」
「10くらいかの。この調子でいけば、処理には、明日いっぱい掛かるぞ」
「そっか。じゃあ、作業は一時中断。中身だけ残して馬車は収納するよ。確認や整理は、必要なものだけで良い。遮蔽物が必要な場所は?」
「坂の下の阻止線と、前線に置く馬防柵じゃな。後は、戦場に配置して罠を仕掛けるか」
「わかった。場所を指定してくれたら、馬車は車輪だけ外してそこに置こう」
敵の資産を奪って、敵への攻撃に対抗する。一石二鳥どころじゃない。それ以前の問題として、敵から奪うのは単純に楽しい。
ケースマイアンの陣地は明るい空気に包まれていた。




