289:ヘルダイバー
「よし、行くぞ」
覚悟を決めて踏み出そうとした俺に、複合素材ゴーレムの搭載通信機からリンコの声が聞こえた。
“大丈夫、問題ないよ。できるだけ地表近くまでは自然落下を試してくれるかな? 転移タイミングはこちらで伝えるから”
「……? ああ、了解」
“よーし、そんじゃ行こっか。3、2、1……”
俺は思い切って、宙に飛び出す。
“バンジー!”
「バンジーじゃねえ!」
大質量のわりに、複合素材ゴーレムの落下は比較的ゆっくりしているように思えた。手足を広げたといってもたかが知れている。空気抵抗になるようなものは、ほとんどないはずなのだが。
“……七百、……五百、……三百、いいよヨシュア、転移して!”
「了解!」
地表近くまで来たところで、ケイオールの城壁近くに転移を掛ける。けっこうゴソッと魔力を消費するかと思ったが、俺も成長しているのか体調にも感覚にも変化はない。大質量の騎体にもかかわらず、雪原に埋もれることもなかった。
……けど、あれ? でもこれ、大質量を抱えて転移するよりも収納した方が魔力消費が少ないのであれば……。
ふと視線を逸らした俺は、首を傾げたミルリルさんと目が合う。
「いっぺん生身で降りてから、そこで収納から出せばよかったのではないかの?」
「そうね。いま俺も思った。いまさらだけど」
操縦席の計器盤が赤く点滅して何かを伝えている。記号はコーン入りアイスクリームに似てるが、何だこれ。
「リンコ、右端にあるアイスのマークが点滅してる」
“それね、新開発の落下抑制魔法陣。名付けてマギパラシュート。もうすぐ切れるよー”
「え」
騎体に小さく振動が走ると同時に、複合素材ゴーレムはグボッと膝まで埋まった。
「先にいえよ、もう……」
「ヨシュア、あの化け物が来よるぞ!」
姿勢を制御しながらよじ登ると、百メートルほど離れた場所に案山子が四つん這いで降り立つ。グリンと顔を上げて、首を傾げるようにこちらを見た。魔力に寄って来るという話は本当だったようだ。周囲の生き物を取り込んで稼働用の魔力を貪るわけだ。最強の魔女であるエクラさんが魔力切れから回復しきってない以上、魔力供給源は俺とミルリルを含む複合素材ゴーレムだ。
這った姿勢のまま、案山子の化け物は真っ直ぐに突進してくる。
「避けるのじゃ!」
「ひゃいッ!」
俺は操縦桿を引きながらゴーレムの四肢に魔力を流した。ブウンといくつものアクチュエーターが唸りを上げて、複合素材ゴーレムが素早く身を捩る。屍肉質ゴーレムの突進を躱し、泳いだ騎体の足元を殻竿で薙ぎ払うと呆気なく雪原に転がった。たしかに反応速度は上がっている。出力も上がっているのか、打撃の当たった案山子の脚はおかしな方向に曲がっている。気にせずジグザグの脚で飛び跳ねているのが気味悪い。殴り掛かってくる拳を弾き飛ばして体を入れ替える。追撃で振り回した殻竿の一撃が後頭部に叩き付けられ、ゴキリと妙な鈍い音が伝わる。外部の音を拾ったというよりも、武器を通じて接触した騎体間を振動として伝わってきたような不快感があった。頭部からポワリと青白い光が吐息のように漏れる。状況からして魔力光なのだろうが、俺には末期の息のように見えた。
「うえぇ……何なんじゃ、あれは……」
俺の横でミルリルが思わず呻き声を上げる。実際、俺も同感だった。屍肉質ゴーレムの後頭部はボッコリと陥没して歪み、首の部分が折れ曲がって人間ではありえない角度になっている。人間ではないのだから、そこに違和感や嫌悪感を持つ必要はないのだが。素材も雰囲気も挙動も、どうにも機械や魔道具という感じがしないこのゴーレムは、見ていて激しく気持ち悪かった。魔珠なのか知らんが光を失った石がいくつも細い糸のようなもので顔面から垂れ下がっているのが、もう最悪である。
「うぉぇええッ、キモチ悪ッ!」
ブルッと身を震わせて膝を落とした死体ゴーレムはそのまま崩れ落ちるかと思ったが、ビンッと跳ね上がるように直立して痙攣し始めた。
「「おわあああああぁッ!?」」
手当たり次第に振り回した殻竿はジリジリ近付いてくる屍肉質ゴーレムを滅多打ちにする。最初の何発かはそれでも青白い魔力光が漏れていたが、血なのか体液なのか腐汁なのかわからない何かがビチャビチャと飛び散る。肉片らしきものがこちらの騎体に付着したが、それが糸を引く体液で引かれ騎体を絡め取られそうになる。
「くそッ!」
力尽くで引き千切って距離を取る。クリンと首を回して全身を振るわせる姿は案山子の化け物が笑っているようで背筋にゾワリと冷えた恐怖感が走る。
ひょいと伸び上って手を差し伸べるが、その手は指のようなものもそれを支える腕もグシャグシャに砕けて曲がったところから大小の白い断片が突き出している。
それが折れて露出した骨なのだと認識したとき、俺のなかでプツリと何かが弾けた。
「うわぁあああッ!!」
殴っても殴っても屍肉質ゴーレムは首を傾げ、光を失った魔珠をぶら下げた顔を振りながら近づいてくる。突き放しても腕に絡みつき、蹴り飛ばしても転がってすぐに立ち上がり、最後は抱擁しようとでもいうのか両腕を開いて飛び掛かってきた。
「パイルバンカー!」
内装の杭打ち機が射出され、二メートルほどの鉄杭が案山子の頭を打ち抜く。引き抜いて首を刺し、胸を刺し、腹を刺して横に引き裂く。どろりと赤黒い塊が零れ落ちたが知ったことではない。あらん限りの魔力と腕力で操縦桿をレバガチャし、敵の全身を滅多刺しにして振り払う。騎体に付着した体液や肉片までもが不快で我慢できなかった。雪原に転がってこそぎ落とし、最後は魔導防壁で弾き飛ばす。
「はあ……はあ……」
気付けば、屍肉質ゴーレムは原形も留めないズタボロの残骸になって、動きを止めていた。
「大丈夫か、ヨシュア」
「……だ、大丈夫じゃ、ないけど……これで、もう死んだだろ。……最初から、死んでた、かもしれんけど」
“ヨシュア”
搭載された通信機から、リンコの声が聞こえた。
“離れて、スーパーナパームで焼く”
「だから、お前は何歳だよ」
呆れ声で応える俺に笑いながら、ポンコツ聖女は魔法陣の無効化効果があるという増粘剤入り特殊焼夷弾を投下した。姿勢制御を受けながら弧を描いて落ちてきた樽のようなものが、案山子の残骸に命中して青白い炎を吹き上げる。
“ネーミングは適当だけど、効き目は確実だよ。魔珠を侵食して魔力を放出させる”
爆炎のなかで、白い光が瞬いて弾ける。効果範囲から離れた俺たちの騎体からも、わずかに魔力を持っていかれる感覚があった。
「あれ、そういやエクラさんは?」
「あそこじゃな」
俺たちと別れた崩れかけの城壁の上に、頭を抱えている魔女の姿があった。




