287:残党と残骸
とりあえず、音源が何であれ現状こちらに向かってくる様子はない。俺はグリフォンから降り、壊れた建物の陰にキャスパーを出す。まだ皇国軍は残っているようだが、装輪装甲車であれば多少の攻撃でも跳ね返す。動けない非戦闘員の保護には役立つだろう。
「ヒエルマー! ミルリル! 収容者をこちらに移してくれ」
「わかった」
「了解じゃ」
俺も数人を抱えて往復し、避難民をキャスパーの後部コンパートメントに毛布を置いて寝かせる。まだ意識を取り戻してはいないが、子エルフの見立てでは容体は安定しているようだ。
「海賊砦でも見たけど……何なんだい、それは」
早くも魔力が回復し始めているのか、エクラさんはグリフォンを降りると自分の足でキャスパーのところまで歩いてきた。
「……なんというか……馬無しの馬橇に、ちっこい城壁を乗っけたみたいな……」
「アタシに理解させようとしてるんだろうが、噛み砕きすぎだよ。却ってわからないじゃないか」
「ああ、失礼。でも説明がしにくいんですが、丈夫な外殻を持った乗り物です。ちょっとしたゴーレム程度の強度はあります。敵に襲われても防げますんで、ここで待っていてもらえますか」
「アンタたちは?」
「狩り、じゃな」
楽しそうなミルリルの声に、エクラさんは首を振る。
「助けてもらったことには礼をいうがね、これは共和国と皇国との問題だよ。だいたいね、皇帝は和平交渉を呑んだんだ。条件の調整はあっても、基本的には合意に至ってる。あの魔導師どもは、上の決定に反抗した軍閥の残りカスに過ぎないのさ」
「それこそ、わらわたちの知ったことではないわ。敵は敵じゃ」
「皇国ごと滅ぼすつもりかい? 少なくとも本国の連中は矛を収めようとしてる。いま必要なのは決着じゃなく妥協点だよ」
「皇国との交渉は、いつ、どこで行われるんですか?」
いまやサルズや南領のみならず共和国の重鎮になりつつある魔女は、俺を見て少しだけ迷った。
「ご心配なく。聞いたところで皇帝を襲いやしませんよ」
「わかってるよ。あの魔導師どもが皇帝の指示で動いた陽動か、和平を阻止しようとしてる跳ねっ返りかを知りたいんだろ?」
また顔にでも出てたか。俺は黙って肩を竦める。
「後者のようだね。いま事を起こされて皇帝に利はない。むしろケイオールを襲った連中は、交渉の場を壊して皇帝の顔を潰すのが狙いなんじゃないかね」
「となると、皇国の交渉団は共和国に入っているのじゃな」
今度はエクラさんが黙って首を傾げる番だ。好きに判断しろという姿勢だが、否定しない時点で認めているようなものだ。
「ヒエルマーがリンコを探してたっていう件は」
「それは事前交渉で皇国側から出た話さ。賠償の条件を有利に進めようとして悪手を選んだ、てとこかね」
うちの聖女を拉致したんだから皇国側にも侵攻の名目はある、みたいな? 共和国からしたら、“誰だそれ”ってことでしかないんだろうけど。
「リンコフ嬢ちゃんは、皇国軍内で死亡の公報が出てる。こっちに知られてないとでも思ったんだろうが、聖女の話を持ち出した時点で負けさ。ケースマイアン討伐戦で敵前逃亡のため刑死、だったかねえ。あの子のいた実験開発部隊ってのは、実地検証部隊ってとこと波風立ててたようだから、大方そっちも馬鹿な上役があることないことでっち上げたんだろうさ」
「……度し難いのう」
俺はミルリルと顔を見合わせる。あんだけの逸材を無駄に使い潰して放棄するってんだから、皇国も滅びるべくして滅びる国なのかもしれん。
「まったくだ。でもまあ、あいつはもうケースマイアンの身内だ。手を出す奴がいたら、殺すだけだ」
共和国の人間は、出さないと思うけど。
「ヒエルマーも何をどう聞いたか知らんが、無駄足を踏まされたもんじゃの」
「“魔王”に“悪魔”じゃ、誤解もするさ。アタシも会うまでは魔王の眷属かと思ってたくらいだ。……けど、話してすぐわかったよ。あの子は、同類だねえ」
「リンコとヨシュアかの? そうじゃな。まったくその通りじゃ」
なんでだよ。一緒にすんな。
「たしかに同郷ではありますけど俺は商人で、物作りや技術開発に関しては門外漢です。あいつはドワーフの親戚みたいなもんで、珍妙なものを山ほど拵えては嬉しそうに遊んでる……」
「そういう話じゃないんだよ」
「自分の姿は見えんもんじゃ。ほれ、行くぞヨシュア」
俺はホバークラフトを収納して、ケイオールに向かう。後ろから、苦笑まじりでエクラさんがボヤくのが聞こえた。
「そりゃ龍にも色々いるってような話だろうよ。人の身からすりゃ、龍はどれも龍さね」
ケイオールに向かう途中で、また青銅砲らしい発射音が響いた。領主館で組み上げられた(と思われる)ゴーレムが振り回しているのだろうか。何のために? 見せしめに町並みを破壊しているのか、領府の残存兵力か何かと戦っているのか。何にしろ戦術的に意味があるとは思えん。ガン無視で放置してもいいのだが、休暇を過ごす環境に害虫が飛び回っているのは気分として鬱陶しい。そいつらが振り回しているのがリンコの開発した兵器というのも地味にこちらを苛立たせる。
「ミルリル、武器はどうする?」
「相手を確認してからじゃな」
それも道理だ。ミルリルをお姫様抱っこして、俺は崩れた城壁の上まで転移で飛ぶ。まだ俺の目に動くものは見えない。そこから建物の屋上に飛び移って、戦闘もしくは破壊が行われているらしい場所を目指す。ケイオールの領主館があるのがどこかは知らんが、中心部で炎と煙が上がっている。おそらく、あそこが領府の中枢だろう。ときおり重たいものが地面を打つ音が聞こえていた。
「視界が悪いな。あの音からして、暴れてるのはゴーレムか」
「そうかもしれんの。そうじゃヨシュア、おぬしゴーレムならば収納できるのではないかの」
「いや、無理だと思うよ? 前に試したときは、生き物の範疇だからか弾かれてたし」
「えくらのぷらん、とやらを収納しておったではないか」
いや、だってあれは乗り物だし……って、あれ?
「リンコたちが、樹木質ゴーレムの親戚みたいなものだというておったではないか。おぬしの能力が上がって、誤差の範疇が広がったやもしれんぞ」
ふむ。もしゴーレムなら、試してみてもいいかもな。
「……と思ってたときも、ありましたなあ」
「何をいうておる」
「だって、あれじゃ無理だろうよ」
煙った廃虚のなかに、歪なシルエットが立ち上がるのが見えた。直立したときの体高が十メートルくらいか。立つと頭の部分が二階建ての建物を少し超える。生木と死肉を繋ぎ合わせて金属で固定した案山子、というような外見だ。身体を傾けて小さく跳ねるような、妙に不規則でぎこちない動きをしている。負傷している人間の動作に似ているが、理由はわからない。バランスが取り難いのか、手にした長い杖のようなものに縋っている。生皮を切り貼った球形の頭は妙に大きいが、目鼻口はない。サーバーかなんかのように、全身で大小の光がランダムに点滅を繰り返していた。
「いろいろとおかしいけど、ホントにゴーレムか?」
「人間が騎乗しておるようには見えんが、ゴーレムという以外に呼びようもないのう?」
「そうね」
南大陸で見た傀儡……とかいう、死者の恨みを動力にして動かす砂人形みたいなやつの方がイメージ的には近いけど。
「手足と胴体に光って見えるのは騎体維持用の紋様と、攻撃用文言じゃな。魔導防壁を組むためのものはなさそうじゃ……の?」
膝を曲げて腰を落とし力を貯めたゴーレムは、凄まじいバネで空中に飛び上がった。呆気にとられる俺たちの上で、縋っていた長い棒を振りかぶる。
「ヨシュア」
転移で避けると、ブンッと風切り音がして、俺たちが直前まで屋上にいた家屋が破裂するように姿を消した。また全身がチカチカ光って、俺たちを振り返る。顔で明滅する無数の光が目のようで気持ち悪い。
「人間は……乗っておらんようじゃの」
「無人の魔道具か? 魔導師連中はどこ行ったんだ」
「いや、騎乗しておらんというだけじゃ。皇国軍の魔導師たちなら、そこにおる」
「え」
ミルリルが指した案山子ゴーレムの胸と後頭部に、もがく人間のようなものがいくつも埋め込まれているのが見えた。逃げようとしたところで力尽きたのか、埋もれた身体を必死で引き抜こうとして悶絶する姿のまま固まっている。
……キモッ! なんだ、あれは。
「なあミル。まさかあの魔導師たち、あの状態で生きてないよな」
「ゴーレムが生きているというのならば、生きているのじゃ。意識があるかどうかは知らんがの」




